あなたはユニバース時代の悪魔と聞いた。それでか?
ちゃんと反応している。手応えにポクの顔も明るい。もしやと思ったが推測通りだ。
次に火を点け水を温めていく。前回の反省を活かし弱火で徐々に上げていく。クツイスの実の精油はおそらく熱に弱い。そのため高温で精油を抽出したため前回は失敗してしまった。
だが今回は実自体が活性化している。
「出てきたズラ」
そのため以前よりも低い水温でも油が出てきた。変色しないよう気を付けながら油を出し切る。最後に蒸気とともに揮発した油が容器のチューブを通って別の容器に移っていく。
「リトリィ!」
「あいよ!」
ポクの合図を待ってましたとリトリィが指を向ける。
「アイ!」
リトリィの氷結呪文によって別容器が冷やされる。急激に冷やされ蒸気は水滴に戻り油も元に戻る。チューブから水滴がぽたぽたと落ちてくる。
それをポクが注意深く見つめる。緊張が伝わる。最後のチャンス。成功か失敗か。
水が少しずつだが溜まっていく。その上を見てみると薄くだが油が浮いていた。変色なし。綺麗な紫の油の膜が出来ている。純粋なクツイスの実の精油だ。
「やったズラー!」
エッセンスの抽出は成功だ。これでアスタロトの香水が作れる。
「マスター、やったズラ!」
振り返り喜ぶポクへ向け駆は親指を立てて喜びを表す。それを見てポクも嬉しそうだ。
ここまでくればあとは簡単で別容器から水分だけを取り除き精油を無水アルコールと混ぜて小瓶に入れる。これで対アスタロトの香水は完成だ。これさえあれば魔王と対等に戦える。
「では、行くのですね」
迷いの森の出口。駆はフンヌに見送られていた。仲間たちは指輪にしまってある。
「お気をつけて。香水で彼の体臭は消せるはずですがそれでもアスタロトが強大な魔王なことは変わりません。油断なされないように」
駆は頷き迷いの森を後にした。魔王城へ向け歩き出す。これでこの道を通るのも三回目。二度目の時は気を失っていたが一度は通った道だ、迷いはなく足取りは確かだ。その姿勢からでも自信が感じられる。
歩き進め駆は湿地帯に付く。ここまで来ると臭いがきつく感じる。しかも前来たときよりも明らかに臭いが強い。門を破壊したせいで臭いがさらに漏れ出している。
そんな悪臭にもめげずついに駆は魔王城の前にたどり着いた。門は倒壊し中から黒い瘴気が漏れ溝に溜まっている。細い橋は健在だが落ちた時のことを考えたら。ただ落下するだけでなくここから出られないのだからぞっとする。
駆は橋を渡り中庭に入る。そのまま通過して城の階段前に立った。
この先に魔王がいる。アスタロトとの再戦だ。前回は戦いにすらならなかった。惨敗だ。でも今回は違う。情報がある。そして対策もしてきた。あとは純粋な力と力のぶつかり合い。油断はない。
駆は改めて気合いを入れ目つきをきつくする。そして階段へと足を進ませた。
階段を上りきり城へと入る。豪華絢爛なエントランス。赤の絨毯に巨大なシャンデリア。奥にある二階へと伸びる二つの階段。そして一際巨大な扉。
駆はエントランスの中央で立ち止まる。自分たちが来たのはすでに伝わっているはず。駆は奥の扉を注視した。
すると地面を這う音と共に悪臭が強くなる。近づいているのがよく分かる。これ以上にない存在感だ。
「よく来た」
声がエントランス中に響き、扉が開き始める。
巨大な尻尾をくねらせて、背中の翼は広がり、魔王アスタロトは現れた。
「まさか再び現れるとは。よほどの自信家か、それとも愚か者か」
駆はクイック・サモンでみなを呼び出した。きつい臭いに朦朧としそうだが倒すべき敵を前にみな気合いを入れている。
そんな駆たちを見下ろしアスタロトだけは平然とした態度だ。
「もし殺されに来たというのならその潔さは認めてやろう」
「そんな殊勝な生け贄に見える?」
「では玉砕覚悟というやつか。分かるぞ、そうでなくては開けない道というものもある。かつての私もそれはそれは」
「聞きたいアスタロト王」
話が長くなりそうなのを察しヲーが遮った。
「我らはこの領地から出たいだけだ。あなたと敵対する意図はない。それでもなお倒すか」
「無論」
「それは人間だからか?」
「当然」
「あなたはユニバース時代の悪魔と聞いた。それでか?」
「ほう」
ユニバース。その言葉に初めてアスタロトの顔色が変わった。
「ユニバースか、懐かしいな。ここ魔界にいてはユニバースもマルチバースも実感することはないが」
何万年、もしくは何臆年、それかそれ以上に生きてきた悪魔が浮かべる郷愁の念。それはここにいる者では誰も理解できない。
「かつて我ら悪魔は人間たちの奴隷だった。虐げられ、蔑まれ、残酷と無慈悲、真の邪悪を味わった」
「?」




