ま、有名だよね。知らない悪魔なんていないでしょ
彼ほどの臭いを消す方法があるのだろうか。駆だけでなく全員の意識が高まる。
「彼の臭いを消せる唯一の香水があります。大魔王からの召集や魔王会議の際はその香水を使って赴きます」
「香水か」
香水。あれほどの臭いを消せる香水があることに驚くが同時に突破口が開いた。魔王アスタロト、その難関がそれで打破できる。
「その香水はどこで手に入るズラ?」
解決方法があると分かればあとはそれを手に入れるだけだ。
「残念ですがその香水はすでにありません。それを作る方法がなくなってしまったのです」
「そんな~」
「なんでメモを残しておかないズラ」
「それすら長い年月によって紛失したのでしょう。もしくは他者に作られるのを恐れてあえて残しておかなかったのか」
「ちなみに素材とは?」
「クツイスと呼ばれる大樹になる木の実です。ですがこの木の実もなるまで長い年月が掛かります。今かろうじて実っているのがあるだけです」
「方法は残っておらず試行錯誤しようにも失敗は許されない、か」
厳しい条件だ。なんとか見つけた希望だがそれでも追いつめられているのは変わらない。
「ちなみにですが、どうしてそこまで彼と会おうとするのですが?」
「交渉は失敗した。彼は私たちを生きてここから出す気はないようだ。ここから出るなら彼を倒すしかない」
「なるほど」
「手は貸せぬか?」
この領地の王を倒そうとしているのだ、敵とみなされ攻撃されてもおかしくない。
「いえ」
しかし彼女は違った。それどころか平然としている。
「彼は確かに英雄ですがそれも昔の話、私には関係ありません。それどころかろくに国の統治もせず体臭を垂れ流すだけ。いつこの森に届かぬかと心配は日頃増すばかり。私が彼を庇う理由はありません」
「それはよかった」
「まずはクツイスの様子を見てきましょう。もし木の実があればお渡しします」
「頼む」
「それではしばらくお待ちください」
そう言うと風が吹き上がりフンヌは姿を消してしまった。とりあえずが彼女が戻ってくるのを待つしかない。
「さて、どうなるものかな」
先行きは不透明ではあるがゼロではない。まだ可能性がある分気持ちも前を向ける。
「それにしてもあの臭いおっさんがユニバース時代の英雄とはね。昔はなんでもありだったの?」
そこでリトリィがやれやれといった顔をしている。駆としてもアスタロトの印象はその言動から変人のようなものだと思っていたので英雄という扱いは意外だ。
「魔王という立場にいる以上それなりの理由があるということだろう。その役割を果たせているとは言い難いが」
この国はほとんど魔王による統治はなく放置状態だ、それでは町が荒れるのも仕方がない。
「ユニバース時代の英雄といえばやっぱり最初に思いつくのは大魔王ベルゼバブ様だズラ」
「ま、有名だよね。知らない悪魔なんていないでしょ」
大魔王ベルゼバブ。その名前もそうだし魔王よりさらに上の位があるのも初めて知った。人間の駆には初耳の連続だ。何気ない仲間たちの会話でも駆にとっては興味深い。
「首領の座を魔帝ソロモンに譲っているとはいえ彼も間違いなく悪魔最大の功労者にして偉大なる王だ。未だに信奉者は多い」
「彼ほどの門を預かる番犬になれればケルベロスとしてはこれ以上にない名誉よ」
ヲーだけでなくガイグンまでも彼を認めている。悪魔にとってベルゼバブという者はそれだけ求心力のあるカリスマなのだろう。大魔王という立場もそれだけで威厳を感じる。
他にはどんな魔王がいるのだろうか。アスタロトは強烈だったが他の魔王もあれほどの特徴を持っているのだろうか。それはそれで気になるような、知りたくないような複雑な気持ちになる。
「大魔王ベルゼバブほどでなくとも有名な魔王もいるわよね。その一方で忘れられちゃった引きこもりもいるけど」
「有名な魔王ズラか……」
みなが考えている。いったいこの魔界にはどんな魔王がいるのだろう。
「有名といえば」
そこで口を開いたのはヲーだった。
「ネクシーは入るだろうな」
「死王ネクシーの伝説か」
ガイグンが続いて口にする。リトリィとポクもその名を知っているらしく納得した顔をしている。
知らないのは駆だけだ。少し寂しいが。
「すまないマスター、我々だけ盛り上がっているな」
小さく顔を振る。これはさすがに仕方のないことだ。




