四週目
友の死と、絶望からの再起。
そんなどん底から俺は目を覚ましていた。そこはベッドの上でマンションの廊下じゃない。
成功したんだ。よし。ついに自発的に世界をやり直すことに成功したんだ!
大きな前進だ。これはでかい。俺はベッドから上体を起こし辺りを見渡してみる。
「え!?」
なんだこれ? 慌ててもう一度見渡す。
「……知らない部屋だ」
てっきり学生寮の部屋かと思ったが俺の知っている部屋ではなかった。というよりも見たことがない。
まるでマンションのモデルルームのような。均衡の取れたおしゃれな家具の数々が並んでいる。豪邸とかそんなんじゃない。ほどほどに裕福さを覚える、そんな部屋だった。俺が寝てるベッドもそれなりに大きい。いい寝具なのかふかふかだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
なんだ、これ。ここはどこなんだ?
死んでも目が覚めるこの現象、まだ名前は決めていないが、世界が変わるのは知っていたがいつもどうなってんだ? なにか法則があるのかランダムなのか。部屋がまるごと違うなんて初めてだ。
それに今回はいつもと違う。
死んでから発動したのではなく、俺自ら発動した。
「やっぱり、こいつだったのか」
この現象の発生箇所。それは神剣パーシヴァルだった。それしか心当たりはなかったがこれで確定した。発動条件としてはまだ不明瞭なところがあるが一つ明らかになったのは前進だ。
とりあえず状況を整理しよう。まず分かったのは世界が変わる現象、これは俺が死ぬかパーシヴァルの三段階目の能力を使った時起きる。そしてその世界は以前とは変わっている場合があり法則はまだ不明。
こんなところか。
「とはいえ、まずはこの世界を知るところからだな」
なにをするにしてもこの世界がどう俺の知ってる世界と変化しているのか調べないと。
なんていうか、探検家だな、俺。それか探偵か?
まずは起き上がりクローゼットから服を着替える。当たり前だが知らない服が並んでいる。中には学生服もあったからそれにした。状況から俺のなんだろうが知らない服を勝手に着るのはなんだか悪い気がする。
ドアノブを回し部屋から出ると廊下に出てそのままリビングに向かった。ダイニングキッチンで広い空間が俺を出迎える。モダンな雰囲気で全体的に白を基調としてるがテーブルなど黒もある。大きなソファと大画面のテレビ、清潔感を覚える部屋だ。
ざっと部屋を回ってみたが2LDKだ。ここに一人で住んでいるのか親やその他の衣類などは見当たらない。なかなかいい身分だな、俺。
再びリビングに戻り白いカーテンを開ける。バルコニーの向こうには町の景色が広がっている。周囲のマンションよりも高いようでいくつもの屋上を見下ろしている。今は昼間だがきっと夜景になればもっときれいだろう。
「はあ」
なんだか、別世界過ぎて息が漏れるな。
とりあえずここが俺の家なのは間違いなさそうだ。テーブルの上に置いてあった公共料金の領収書、その名前は俺のものだったし。
次は身辺だな。対人関係などを調べてみよう。恒例になりつつあるが自分で自分の身辺調査をしなくてはならないとは。なんだか空しい。
「そーと」
ん? 人の気配がする?
そう思ったのと同時、突然誰かに背中を抱きつかれた。
まずい! 攻撃か? しまった、すぐに反撃しないと!
「聖治さーん!」
と、俺の意識が戦闘に移ろう前に女の子の明るい声が聞こえてきた。
誰だいったい。香織か? いやでも声が違うし、背丈も合わない。抱き着かれた腕から香織よりも背が低い。
誰だ? 振り返ると、そこには白い髪をした女の子が俺の背中に抱きついていた。
「ほんとに誰だ!?」
なんだこの子は!? なぜこの部屋にいる!? なぜ抱きついた!?
あまりの衝撃に頭がフリーズする。そのままその子を凝視してしまう。
反対に抱きついている小柄な女の子は可愛らしく頬を膨らませている。
「もう聖治さんったら、そう言われると傷つくでしょー」
その様子から敵意は感じない。むしろ親しいくらいだ。
その子はふわりとした髪の両端をリボンで持ち上げ後ろ髪はそのまま下ろしていた。白の薄着に水色のティアードスカート。なんだか透明感のある服装だ。
が、俺の疑問はまったく不透明だ。
どういう状況かぜんぜん分からない。とりあえず確認しないといけないのは。
「今まで、どこにいたんだ?」
俺はこの部屋をぐるりと回ったはず。扉の鍵も確認したし入ってきたとは考えにくい。まさか浸入する能力を持っているのか?
「ん? 合鍵で入ってきたんだけど?」
「ああ、そうだったのか」
ぜんぜん違う。探偵は廃業だな。
「もう、聖治さんから言い出したんだよ? 危険だからお互い合鍵を持っておこうって。もう、聖治さんったら。しっかりしてよね」
笑顔でそう言い白い髪の女の子は離れていった。小さな顔だ。それに可愛い。女の子らしい服装も相まって可憐だと思う。
「それよりも聖治さん。早く早く」
「え、なにが」
「なにがじゃなくて、ぷおぷお。今日はぜったいに私の方が多く勝つんだから」
「え?」
俺は女の子に手を引かれリビングのテレビ前に連れてこられた。テレビとゲーム機の電源を入れコントローラーを渡される。
「はい、聖治さんの」
それをうやうやしく受け取りテレビ画面に向かう。
画面にはパズルゲームのぷおぷおが表示されていた。昔からある人気シリーズだ。上から落ちてくる可愛らしいグミ状のパズルを操作しパズルを消していくというもの。
「よーし、今度こそやっつけちゃうからね」
なんだか楽しそうだ。状況が未だに分からないが流されるがままプレイしていく。今は目の前の現実に集中しよう。というか考えたくない。
俺は現実逃避に打ち込むようにぷおぷおに集中した。
「ええー! そんな、六コンボ!?」
気づけば難度の高いコンボを決め彼女の画面は邪魔なパズルでいっぱい。そのまま埋もれてしまい俺の勝ち。やり始めてからまさに連戦連勝、破竹の勢いで勝ち続けていた。やれやれ、年下の女の子に本気を出しすぎたかな。
「…………」
いやそうじゃない!
冷静になれ俺。どう考えてもこの状況はおかしい。俺は隣に座っている女の子の素性どころか名前すら知らないんだぞ。呑気にゲームなんてしてる場合じゃないだろ!
「はあ~、また負けた~」
女の子はしょぼんとコントローラーを握ったまま下を向いていた。「とほほ~」と今も言っている。ずいぶん感情豊かな子だな。
「聖治さんのど乾いた? 私持ってくるよ」
「あ、ええっと」
女の子は立ち上がり冷蔵庫へと歩いていく。とはいえここは俺の家のはずで、そういうのは俺が用意すべきなんだよな。
「いいよいいよ、俺がいれるって」
俺も立ち上がり冷蔵庫へと向かった。
「もう、そんな気を遣わなくてもいいですよ」
女の子は顔だけを俺に向け歩いていく。
「あ」
「あ」
だがよそ見をしていたからかつまづいてしまった。体が前に傾く。
「危ない!」
急いで駆け寄り彼女に手を伸ばす。そのまま後ろから彼女の体を抱きしめていた。
「あ、ごめん」
すぐに手を放す。
「ううん」
が、その手を女の子は掴まえた。
「もっと、してて欲しい」
「え」
彼女の方から腕を掴んできたことに驚く。後ろから抱きついているから顔が見えない。
「ありがとね、聖治さん」
「いや、これくらい」
うれしそうな、それでいて噛みしめるような声。
「聖治さんのおかげで私は笑えるんだなって、改めて分かった」
「言い過ぎだろ」
「そんなことないよ」
彼女の小さく笑う声が聞こえる。ただし、彼女の顔が下がったのが後ろから見ていても分かった。
「セブンスソードが、私は怖かった」
「!?」
セブンスソード。ということは、この子もスパーダ?
そんな。この子も敵だっていうのか?