なに、魔界がどんな場所か気になるの?
心配してくれるが駆には無理だ。とてもじゃないが家族を殺すなんてことはできない。
本当の家族ではないとしても、血が繋がっていないとしても、自分を育ててくれた両親には感謝している。妹だって宝物のように大事にしてきた。
そんな人たちを、殺すなんて出来ない!
「マスター! やらないとさきに進めないわよ! はやくやって!」
駆は顔を横に振る。無理だ。絶対に無理。悲しさと悔しさで顔中が涙で塗れていた。
リトリィとポクが顔を見合わせる。リトリィがどうしようかと見るのを見てポクは顔を横に振った。今のマスターでは無理だ。彼女は落胆するが顔を上げる。
「マスター、一旦退こう。外に出るわよ」
二体に支えられ駆はよろよろとふらつきながら門へと戻っていった。
その際、妹の声だけが呪いのようにいつまでも聞こえていた。
駆は地獄の門から赤い海岸へと出た。頭は俯き足取りは重い。ニ体が心配そうな目で見てくれるがそれに気づける余裕は今の駆にはない。
そのまま進み砂浜に足を着ける。ここの空間も歪んでおり数歩歩くと視界が光に包まれもとの校門へと戻っていた。
駆は暗い雰囲気のまま歩き続ける。
(ねえ、マスター大丈夫かな?)
(たぶん、かなりダメージを受けてるズラ)
悪魔たちでひそひそと話をする。駆の表情をのぞき込んでみるがまるで死人か病人みたいだ。
そのうち駆は歩くのを止めてしまった。
「マスター?」
リトリィが駆の顔の位置まで飛んでいく。駆から返事はない。さきほどの出来事を引きずっている。
「ねえマスター、大丈夫?」
再度聞いても駆はうんともすんとも応えなかった。
駆は、足下の地面をじっと見つめている。
頭の中で再生される苺の姿が忘れられない。無邪気な笑顔も、元気な声も、明るい雰囲気も、すべてが知っている苺のままだった。あの場所に本物の苺がいるはずがないというのも分かってる。でも、そう理解していても駄目だった。
あれは幻覚というよりも洗脳に近い。あの試練を突破するには本当に苺を殺す覚悟がなければならない。
一花のためとはいえ、そんなこと駆には無理だ。
「マスター!」
と、顔の正面に回り込んできたリトリィに大声で怒鳴られてしまった。さすがに顔を持ち上げる。
「言ったでしょ、シリアス禁止! なーにこの世の終わりみたいな顔してるのよ。なに、死ぬの? それか借金でも背負った? 違うでしょ、一回失敗しただけじゃん」
リトリィは両手を大きく広げなんでもないことのように言う。「ん?」と顔でも聞いてきた。
彼女の言う一回だけというのは確かにそうだ。再度挑戦しようと思えばすぐにでも出来る。
だけど駆は顔を背けた。一度の失敗ではあるが永遠にない成功だ。あんなものを見せつけられてどうしろというのか。試行回数の問題ではない、内容の問題だ。
「だーかーらー、なんでそう後ろ向きなのよ」
彼女の声に駆はゆっくりと顔を正面に戻す。
リトリィはやれやれと笑っていた。
「マスターはさ、さっきの試練で絶対に無理だって諦めてるみたいだけどさ、なら別の道を探せばいいじゃん。その人が捕まってる場所、行く道が一つだけって決まってるわけじゃないんだしさ。抜け道だってあるかもよ? 一つの方法が潰えたくらいでなんなのよ」
空中でくるりと円を描き、駆の胸に近づくとポカンと殴る。
「マスターはまだ生きてんじゃん。なら探せるよ? 諦めるにはまだまだ早いって」
まだ道はある。その言葉に駆は頭を小突かれた。そうか、地獄の門は無理でもほかの方法があるかもしれない。そういう考え方ができなかった。地獄の門のことで頭がいっぱいで、その可能性に気付なかった。
駆は表情を切り替えた。別の方法を探そう。それで一花を救えばいい。
駆の顔つきが元に戻ったのを見てピクシーは駆の正面に立つと、親指を立てた手を突きつけた。駆は大きく頷き、ポクにも頷いた。
残念な気持ちはあるが引きずっていてもいられない。新たな道を探しに行かなければ。
その行き先は、当初の道しるべに戻る。
「けっきょく魔界に行くことになるのか」
「急がば回れってやつズラ」
魔界。そこへの入り口が体育館の中にある。
駆はニ体と一緒に体育館へ向かい歩き出した。ニ体の言うとおり、けっきょくは元の道に戻ってきた。地道に探していくのが正攻法なのだろう。
校門を出て摩訶不思議な海岸に出た駆としては次はどのような光景に出くわすのか気が気ではない。まさか次元の扉を抜けた先が空の上で突然落下していく、なんてことはないだろうが。
駆はニ体の顔を見てみた。
「なに、魔界がどんな場所か気になるの?」
頷く。
「前も言ったけど恐ろしい場所だズラ。実力主義というか弱肉強食というか。下級悪魔として生まれたら誰かに支配されて生きるしかないズラ」
「まあ、中級悪魔や上級悪魔として生まれても結局は領地争いのいざこざに巻き込まれて戦うしかないんだけどね~」




