三週目
「は!」
布団をはねのけ体を起こす。学生寮の部屋、ベッドの上で俺は目を覚ましていた。
「……またか」
まるで夢だったのかと錯覚してしまいそうになるほどの切り替えと目覚め。さっきまでの出来事は悪夢だったんだと納得しそうになる。それくらい今はなんともない、平和な現実を体感している。
でも、そんなことはない。
俺は殺されたんだ。どこから飛んでくるか分からない無数の投げナイフによって。
そして再び死から目覚めた。
「はあ」
胸が重い。気分が暗い。
俺はゆっくりとスマホを取り日付を確認する。
やっぱりというか、日付は三日前だった。さらに通信アプリの履歴も見たが星都と力也、香織のは存在していなかった。部屋も見れば段ボールが目立つ。
この世界でも俺は転校生で、みんなとは初対面らしい。
どういうことなんだ? 死から目覚めるのは同じでも世界は変わっていない。そういう時もあるということか? 分からないが、とはいえこの世界でもやることをしなければ。
「ふぅー」
気乗りはしない。でも、ここでふさぎ込んでいても仕方がない。
俺は着替え、学校へと向かった。
学校では案の定俺は転校生でブルマンこと青山先生に紹介を受けた。クラスメイトには星都と力也がおり無事な姿が見れた。だが前みたいな感動は薄い。予定調和みたいなところがあって、とりあえずよかったくらいにしか思わなかった。
その後俺は星都と力也、隣のクラスにいる香織を屋上へと呼び出した。
「なんだよ転校生、俺たちに話って」
「まあ、その、なんだ」
またこのやり取りするのかよ……。そう思うと憂鬱になる。
気を切り替えみんなに説明する。それだけじゃなく実際にスパーダを見せた。これに関しては前回の反省が活かせてるな。
「おいおい、マジかよ」
俺が取り出したパーシヴァルにみんな驚いている。
とはいえこれだけで話がぜんぶ本当だとは思えないらしく、半信半疑みたいだ。
「本当なんだ!」
そんな危機感のない態度がなんだか許せなくて、つい怒鳴ってしまった。
「……ごめん」
駄目だ、気持ちが引きずっている。安定していない。こんなんじゃ信用なんて得られるわけがない。
「いやあ、その、俺も悪かったな。そう気を悪くすんなよ」
「いや、ごめん。俺の方こそ。まだ昨日のことが忘れられなくて」
俺はみんなから距離を置くと柵に背もたれた。やけに体が重く感じる。精神的なものなんだけど、すごくだるい。
「なあ、聞くんだけどよ、俺たちは、死んだのか?」
「ああ。死んだよ」
俺がこうして過去で目覚めたのがいい証拠だ。俺は死んだ。その時二人が死んだのも見ている。
「俺たちはこの町から出ようとして一回目は魔来名、二回目は管理人に殺された」
相手は違えど殺された事実は変わらない。
結局、戦わなくちゃならないんだ。魔来名か、管理人と。
ただ、前回の世界で見た最後の場面。あれは確かに魔来名の背中だった。でもなんで? 俺たちを追ってやってきたのだろうか?
そんなことはどうでもいい。問題はこれからどうするかということで。
セブンスソード。それは人間同士で行う蠱毒壷。逃げ場はない。殺し合うしかないんだ。
だけど。
「俺たちじゃ、二人には勝てない」
もう、それは理解した。
実感して分かる。俺が戦いに参加したくらいじゃ魔来名が最後に見せた技に対抗できるとも思えないし管理人にだって勝てない。無抵抗に刃を全身に受けるだけだ。
「く」
あの時の痛みを思い出す。足が、腕が、胸が、この世界では受けてないのに痛みだす。
「あの、大丈夫?」
香織が心配そうに近づいてくる。その顔に俺は苦し紛れに微笑んだ。
そうだ。俺は彼女を守ると決めた。諦めるのは早い。ううん、諦めてたまるか。今度こそ、彼女を守り抜くんだ。
ただ、これからどうすればいいのか。分からず顔が下がる。
「あの」
なんだろうか。香織が話しかけてくる。
「それなら、他の二人に協力を求めるっていうのはどうかな?」
「他の二人?」
他の二人って、もしかして。
「うん。そのセブンスソードというのは七人で行うんだよね? ここにいる私たちで四人。魔来名で五人。あと二人いるはず」
「そうか」
出会ったことがなかったから気が回らなかったけど、この儀式には俺たち以外にもあと二人いるんだよな。単純な話、四人で駄目でも五人、六人ならできるかもしれない。
「聖治君は知ってる? あとの二人のこと」
「いや。俺もそこまでは知らないな。それにその二人が協力してくれるかどうか」
どうなんだろう。会ってみないことには分からないが、その二人も魔来名と同じように好戦的とも限らない。が、協力関係を結べれば心強い。
どちらにせよ居場所が分からないことにはどうしようもない。俺は誰がその二人かも知らないんだ。
「手詰まりか?」
星都か聞いてくる。肯定したくないので答えなかったがそれだけで十分伝わってしまう。
「聖治君以外に、知ってそうな人はいないの?」
「俺以外っていうと」
俺はふと香織の顔を見た。
セブンスソードなんて得体の知れないものに巻き込まれ不安と心配が混ざった顔をしている彼女。でも、俺からすれば最初一番頼りになったのは彼女だった。
セブンスソードに精通し、スパーダも彼女から教わった。言ってしまえば案内人みたいな立場だったんだ。
だけど、その彼女に頼ることはもうできない。この世界の彼女はなにも知らない女の子なんだ。俺が守ってやらなければならない。あの世界からセブンスソードを知っているのは俺しか。
「あ」
いや、違う。俺以外にもいる。セブンスソードを知っている人間が。
でも、いいのか? かなり危険じゃないのか? 聞いて教えてくれるか。確信が持てないし。
でも、手がかりはこれしかない。
「あるには、ある」
「え? あんのかよ?」
「聖治君、本当なのぉ?」
「ああ。でも」
どうなるかまったく分からない。無事でいられる保証はない。
でも、するしかない。危険を承知で、この事態を打開するためにはこれしかない。
俺は、することを決めた。
*
夕暮れ。青空を太陽の照り返しが茜色に染めていく。町はオレンジに覆われて影が大きく伸びる。
そんな何気ないいつもの町で、フードを被った男は香織に槍を突こうとしていた。
「きゃあああ!」
「させるかぁああ!」
その間に割り込む。男の槍をパーシヴァルで間一髪逸らしフード男が距離を取る。
「やはり出たな」
「あ」
背後では恐怖に震えた香織の声が聞こえてくる。今まさに殺され掛けたんだ。怯えて当然だ。
「せ、聖治君。これが」
「ああ、話していたものだ。これで信じられるだろ」
このことは屋上でそれとなく伝えておいた。道中気をつけるようにと。怖い思いをさせてしまったのは申し訳ないが、こうでもしなければ信じてもらえないと思ったんだ。
「ほう、お前は飲み込みが良さそうだな。だがおかしくないか、知っているならなぜ剣先が俺に向いている? 刺す相手は後ろだぜ?」
「お前に聞きたいことがある」
「俺に?」
フード男から間の抜けた声が出る。質問されるのがよほど予想外だったんだろう。
俺だってこんな事情がなければこいつに頼ることなんてするか。
でも、俺にはこいつしかいない。
「セブンスソードの参加者であるスパーダは七人。その四人は俺が通う学校にいる。もう一人は魔堂魔来名。他の二人はどこにいる?」
セブンスソードの残り二人の居場所。それを知っているのはこいつら管理者だ。管理者っていうくらいだ、知らないはずがない。
「お前、なにか勘違いしてないか?」
俺からの問いに男は棘のある声で返してきた。
「俺たちは儀式のあくまで管理人。お前らの世話役じゃない。索敵含めてお前等のやることなんだよ。教えちゃフェアじゃない」
やはり、そう簡単に教えてはくれないよな。