待った待った待った~!
それがデビルズ・ワン。悪魔召喚師になるということ。
駆は前を見た。戦闘の爪痕を残す渡り廊下の惨状と見慣れた校舎。ここで自分は生きていかねばならない。戦い抜き、勝利しなければならない。
自分の命を救ってくれた、一花のためにも。
駆は歩き出した。一度は失った命を懸けて戦っていく。その目におびえはなく鋭い目が前を見据えていた。
駆はそのまま校舎の中へと入っていく。なにがどうなっているのか分からないこのリンボではどこにいても安全とは言えない。しかしセーフハウスを見つけようと思えばやはりここしかない。数々の部屋に多くの備品。拠点としては相応しい。
それで駆は学校の廊下を歩いていくがすぐに違和感に襲われた。
というのも、窓から差し込む赤い光だ。夜のように薄暗いのに廊下を照らす赤い光が不気味さを際立たせる。漂う静寂もそこに何かが潜んでいるようで安心できない。
「…………」
駆は赤い廊下を睨みつけるが、そうしていても仕方がない。とりあえずなにか使えそうなものがないか探すことにした。一階から見て回り階段を上がっていく。学校中を練り歩いた。
それからしばらく経って、見慣れた異界という摩訶不思議な探索をし終わえる。
とりあえず分かったことはここには誰もいない、ということだ。そしてめぼしいものはなにもなかった。ようは手がかりなしで収穫もなしということ。早速」手詰まりだ。
駆は三階の廊下の壁に背もたれる。目的のない視点を天井に向けた。
いったいどうすればいいのか。どこに向かえばいいのか。なにをすればいいのか。なにもかもが分からない。
そもそもこんなのはめちゃくちゃだ。ろくな説明も戦力もなしに見切り発車のようにスタートするなど杜撰というレベルではない。不利が過ぎる。不公平だ。自分が言えることではないのかもしれないが。自分が死んでいて二人を悲しませ、それでいて今度は敵になったのだ。二人からしてみればこれ以上にないほどに迷惑だ。とはいれこれとそれとまったく話が別。こんなもの儀式として破綻している。子供が適当にやってる遊びとしか思えない。
駆は胸にたまった不満ごと大きく息を吐いた。
愚痴りたいことはいろいろある。だがそんなのは無意味だ。現状は駆になにも示してくれない。途方に暮れた意識が出口を求めるがヒントはなく、ぐずぐずしていればラビリンスの怪物にいずれ殺される。
駆は改めて自分の状況を考えた。
自分は一人だ。心細くなる。
なにも分からない中で、ふと二人のことを思う。秋和と千歌。自分が知っている頃とずいぶん変わってしまった二人。それを悔しくも思い悲しくも思う。
一花を襲った二人は許せない。思い出せば怒りの炎はまだ燃えている。だが憎しみだけで二人を倒せるか? あの場では宣戦布告したが本当に自分は彼らを倒せるのだろうか。
振り返れば思い出す。一緒に過ごした時間を。それは簡単に捨てられるものじゃない。
できるならあの頃に戻りたい。また仲の良かったあの頃に。
こんなことを思う自分は甘いのだろうか。きっとそうだろう、覚悟が足りないと言われても仕方がない。二人はすっかり覚悟を決めている。決めているから一花を殺めた。
にも関わらず自分はまだ断ち切れていない。
一花を救い二人と元の世界に戻る。それが出来ればどれだけいいだろう、と。
出来るのだろうか、そんなことも。あるいは二人を説得できればそんなゴールにたどり着けるのだろうか。
和解。それを望む心の声に困難さが苦言を呈す。
駆は二度目のため息を吐いた。
「あれ、ニンゲンじゃん」
そんな時だった。体が跳ねて壁際から離れる。
声の方向、赤い廊下の中央を見る。そこにはなんと小人が浮いていたのだ。いや、小人というよりも人形だろうか。大きさは十五センチほどしかない。見た目は十代の女の子で明るい赤色のセミロング、大きな黄色い瞳に赤い服。なにより特徴的なのは背中に羽が生えていることだ。それでホバリングを行い滞空している。
驚いた。彼女も悪魔なのだろうか? さきほど戦った牛の大男とは大違いだ。こんな悪魔もいるのかと新たな発見に驚く。
また驚いているのは駆だけでなく相手も同じだった。彼女は駆の顔の前にまで近づくと珍しげに覗き込んでくる。
「ねえねえ、あんたニンゲンよね? どうしてニンゲンがリンボにいるの? ここにいるの珍しいよね?」
駆の周囲をグルグル回り観察してくる。敵意はなさそうだがこうもジロジロ見られるのも気分がいいものじゃない。
「ああ、ごめんごめん。私はピクシーのリトリィ。よろしく、ね!」
リトリィと名乗る彼女に危ない素振りは見られない。強いて言うならコミュ力が高い赤の他人だ。駆とは正反対だ。なんだか押されてしまう。
彼女が向ける好奇心の塊で出来たような瞳、それに駆は頷いた。
「やっぱり! へえ、私ニンゲンはじめて見た。ニンゲンはなんでこんな場所にいるの?」
さきほどの悪魔との違いに面食らいつつも答えようとするが、しかしその手段がない。仕方がないので肩を竦めジェスチャーで伝えた。
「ふーん、そうなんだ。じゃあたまたまここに来ちゃったとか? そういうこともあるのかな? そういえばそんな話最近聞いたっけ。あんたと同じ学生で、メガネを掛けた男と女がなんかしてるって」
「!?」
秋和と千歌のことだ。すぐにリトリィを掴まえる。
二人のことを知っているのか? 手がかりを文字通り手づかみし顔に近づける。
「グボオ! 離せ離せ離せ!」
が、必死なあまり配慮の足りない掴み方をしてしまいおまけに縦に振ってしまったものだから彼女の顔から血の気が引いていく。
「ウエー! 吐く吐く吐く! 止めろー!」
そこでようやくハッとなり彼女を解放してあげる。命からがら抜け出したリトリィは荒い息を吐きながらふらふらと飛んでいく。そこで息を整えるがすぐにぐるりと振り返ってきた。
「いきなりなにすんだこのー! 新手の拷問かと思ったわ! 自分が巨人に掴まれてカクテル作るみたいにシェイクされた時のこと想像してみろ、最悪じゃボケー!」
まったくもってその通りだ、申し訳なくて頭を下げる。
「言葉であやまらんかい!」
それもおっしゃる通りだが、あいにく駆は喋れない。そのためもう一度頭を下げた。自分の軽率な行動で苦しめてしまったのは本当に申し訳ない。
「ふん! 気をつけなさいよねまったく」
リトリィは両腕を組みプンプンだ。そんな彼女になかなか聞きづらいのだが駆は秋和と千歌のことを訪ねる。口の前で手を開き話をするジャスチャーをする。
「ん、なに? なにを話せって?」
駆は自分を指さす。その後指を二本立てた。
「ああ、あんたと同じ学生の二人ね。私は知らないよ。話聞いただけだもん」
駆は自分の耳に指を指しながら必死に彼女を見つめる。
「そんなことされたって知らないものは知らないもーん」
それ以上は聞けず彼女はつまらなそうにそっぽを向いてしまった。たぶん本当に知らないようだ。
残念だが仕方がない。知らないのならば聞きようがない。これ以上は無駄なので駆はピクシーに背を向け歩き出した。
「待った待った待った~!」
すると慌ててリトリィが回り込んでくる。