第二の管理人
俺は失敗した。取り返しのつかないことをしてしまった。でも奇跡は起きて俺たちは再会した。反省して、許されて、ようやく俺は前に進める気がする。
「それでよ、問題点がその二つだとして、これからどうするんだ?」
「まずこの町から出ていくという方針はそのままでいこうと思う。戦いはしたくないからな」
「じゃあ、駅を使わずに出ていくということかな?」
「そうなる。人目につく場所や待ち伏せされやすいところは避けて行く」
「そうだと、じゃあ」
力也が地図を広げる。水戸市の全体図を俯瞰し新たな逃走経路を探す。
「めぼしいところが監視されてるとなると水戸駅はもちろん他の駅、それに港も駄目だな」
「でも、そうなると公共の乗り物はぜんぶ駄目なんだなぁ」
「この際仕方がないだろう」
「それならタクシーで行くのはどうだ?」
「タクシーか」
それはいいかもしれないな。そのまま隣町まで連れて行ってもらえればいいし。それなら山を徒歩で越える必要もない。
「うん、いい案だと思う」
「じゃあ明日、着替えや荷物を集めて集合だな。タクシーはその辺で拾ったやつでいいだろ。逆にその方が安全そうだし」
「みんなもそれでいいか?」
俺からの確認に力也も香織も頷いた。
「よし。じゃあ、それでいこう」
やることは決まった。以前と微妙な違いしかないが水戸駅を避ければ魔来名とは会わずに済むかもしれない。それだけでも価値はある。
「なあ、タクシーて四人も乗れるのか?」
「後部座席に三人ならいけるだろう。力也は助手席だろうけど」
「聖治く~ん」
力也は自分の大きな体に少しコンプレックスがあるようでしょぼんとしている。
「いや、ほら、力也は体が大きいからさ」
「ふふふ。織田君と並んで三人はちょっと窮屈かもね」
「沙城さんも~」
体は大きいのに気は小さい力也に香織も笑っている。前の世界よりも仲のいい三人に俺も見ていて頬が緩む。
でも、すぐに顔を引き締めた。
「とりあえずやることは決まったな。なにが起こるか分からない。みんな、気を緩めずにな。なにがあってもいいように」
なにがあっても。それはないようにと祈らずにはいられないが、もしかしたら今回もあるかもしれない。そうなった時の覚悟は今からでも必要だ。
「おう」
「うん」
「分かった」
三人は気を引き締め答えてくれた。
それから俺たちは学生寮に戻った。俺も自分の部屋へと戻る。見慣れたはずの真新しい部屋。朝起きた時に思った違和感は部屋の済みに置いてあった段ボールか。見ればまだ中身が入っている箱もある。
引っ越しして早々だが荷造りだ。俺は大きめのバッグに着替え類を入れていく。
「…………」
以前のことを思い出し、それからのことが頭を過ぎる。
もう、絶対にあんな風にさせるか。
俺は気合いを入れて荷物をまとめていった。
翌日、俺たちは昼間に集まると駅から離れた大通りに向かっていた。そこで偶然見つけたタクシーに乗り行き先を運転手に告げる。タクシーは問題なく走っていった。
助手席には力也、右に香織が乗り俺が真ん中、左に星都が座っている。
タクシーが走り初めて三十分ほど。タクシーは問題なく走り続けている。高速道路に切り替え今は橋の上を走行していた。なにもないコンクリートの道を他の車と並行しながら走っている。
その間車内は無言だった。誰も話しかけない。普段おちゃらけている星都もたまに口を開くくらいで二、三言葉を交わして終わり。誰も会話を続けようとはしない。空気は重く、固いままだった。
でもこれでいい。俺たちは隣町に遊びに行くわけでもピクニックに行くわけでもないんだ。ここはまだセブンスソードという舞台の上。警戒して当然なんだ。
俺たちはそのことを頭に入れながらタクシーで運ばれていた。
「ん?」
と、タクシーの速度が落ちていった。みるみると減速していく。そのまま止まってしまった。
馬鹿な、高速道路の上だぞ?
「どうしたんですか?」
俺は身を乗り出しタクシー運転手を見る。
「な!?」
そこには、誰もいなかった。
「そんな、どこにいった!?」
さっきまでタクシーを運転していたドライバーがいない。
「力也!」
「ううん! 僕も分からないんだなぁ!」
助手席にいた力也も気づかなかったなんて。ドライバーはどこに行ったんだ。そもそも走っている車から誰にもバレずに出ていくなんてことできるのか?
「聖治!」
「どうした?」
星都から呼ばれ俺は振り向いた。
「どうやら止まってるのは俺たちだけじゃねえ」
言われ窓の外を見る。
「止まってる……?」
まだ日の明るいこの時間、俺たちがいる高速道路ですべての車が止まっていた。渋滞なんてしていない。前は空いているんだから走ろうと思えばできるはずなのに。
それで外にいる車の運転席を見れば、そこには誰もいなかった。
「そんな。誰もいないの……?」
香織が不安そうな声を漏らす。
「どうする?」
星都に聞かれ、考える。
「……走らない車に乗っていても仕方がない」
このままここにいてもどうしようもない。
「でも、このまま出たら」
「たぶん……」
これが偶然ではないのは明らかだ。それに無人になるのも前の世界で起こった駅前と同じ。
なら、この後の展開も同じはず。
「みんな、警戒してくれ」
ドアを開け外へと出る。高速道路なのに車が停止しているというのは不思議な感じだ。また高速道路を歩くというのも新鮮だった。
みんなも恐る恐るタクシーから降り前へと歩いていく。辺りを見渡し警戒していた。
そこで、俺たちの足が止まった。
ちょうど車と車の間が開けた場所、その向こう側に黒い人影が立っている。
フードの付いた黒の外套。全身を黒で包んだその姿は魔卿騎士団の管理人だ。
「くそ」
悟られていたか。
魔来名ではなかったが危険な相手なのは間違いない。まるで幽霊みたいにぼうと立っている。その姿からは戦意どころか存在感すら感じない。気配を完全に消している。
もしかして、あの槍男とは別の管理人か? 身長も一七〇センチほどと槍男と比べると小柄だ。
俺たちは管理人と対峙した。
「君たちに問いたい」
声は男のものだが槍を使った管理人とは違う。やはり別人か。
「セブンスソードとは互いのスパーダで殺し合いその力を得る儀式。だが君たちは停戦しこの町から出ようとしている。明確な逃走行為でありセブンスソードの放棄である。そうした場合、管理人の手によって処罰を受ける。皆森星都。君には直接伝えていたはずだったが」
星都が? ということは星都が会った管理人がこの男というわけか。
「イエスと言った覚えはないぜ」
「是非の問題ではない。これは決まっていることだ」
そう言うと男はフードに手をかけ、素顔を明かした。