でもね、私は容赦しない
ジュノアは小さく笑い、
「私も構わないわよ。この儀式を戦い抜くと決意した。それが誰であろうともね。駆君」
千歌は無表情で駆を見つめていた。
天明千歌。駆と一花、秋和と並んで仲良し四人組の一人。彼女も真面目で理想に燃えている人物だった。世界をよくしようとし、誰よりも頑張っていた。優しい人だった。
だが、彼女は一花を殺害した。
なぜ?
「……!」
千歌を見る目が釣り上がる。許さない。湧き上がる怒りが抑えられず声が出せるなら叫びたかった。なぜ殺したと。
「怖いわね、駆君。私のしたことがそんなに憎い?」
だというのに彼女に悪びれた様子はない。彼女にとっても一花は家族同然のはずだったのに。
それを殺しておきながら、バレていながらさも平然だ。
それが腹立たしくて、なにより悔しい……!
「私はね、知ったのよ」
そんな駆の怒りに応えるように、千歌は落ち着いた口調で話し出した。
「この世界に、真の自由なんてないことのよ」
それは諦観。自分の理想に見切りをつけて世界の残酷さを受け入れた、そんな少女の声だった。
「誰しもが縛られず生きること。自分らしくあり続けること。それが実現できたならそれは素晴らしい世界だと思う。でもね、無理なのよ。どれだけ自由を求めても地上から悲しみはなくならない。自由を求める心がある限り、人々は悲しみ続ける。悲しめば心は縛られ自由はなくなる。自由とは、なにも他者が縛るだけじゃない。自分で自分を不自由にすることもあるのよ」
千歌は語調を強くしてそう言った。言葉に熱が入り、彼女の意思が徐々に顔を出していく。
「人は人であるからこそ自由に生きれない。それを知ったのよ、君の死でね」
「…………」
彼女の告白。それは無責任に死んだ、自分への糾弾のようだった。
「あの日あの時、君は死んだ。私たちの目の前で死んだのよ。どれだけ大切な家族でも失う時は一瞬で。その瞬間積み重ねてきた時間が無力だったと痛感したわ。どれだけ一緒にいても、大事に思っていても、そんなものなんの意味もない。現象に人の想いなんて関係ない。人は死ぬ時に死ぬのよ。そして、私は自由を失った」
自分が死んだ時、彼女はどれだけ辛い思いをしたのだろう。その時の彼女を駆は知らない。知る由もない。でも分かるのだ。
彼女が悲しんだことが。自分の理想に絶望するほどに心を打たれて彼女は悲しんだ。
そのことに、はじめて駆の胸が痛みを覚えた。
千歌も。秋和も。そして一花も。誰も彼もが思ったのだ。
悲しみと絶望を。理想を破り信念を捨て、愛が枯れるほどの現実で叩きのめされたのだ。
「でもね」
けれど、絶望に変わった世界で彼らは手に入れた。最後の希望を。
「まだ可能性は終わっていない。このデビルズ・ワンで、私は真の自由を叶えてみせる」
死んだように寂れていた彼女の気概が激しく燃え上がる。一度は諦めた理想へ奮起する。
「この儀式なら世界は変わる。なにを犠牲にしても変えられなかった世界が変えられるのよ? なら私はやるわ。なにを犠牲にしてでも。絶対に変えられないものを、変えてみせる!」
彼女の双眸がまっすぐに駆を見つめる。それは秋和のような冷酷な敵視ではなく、倒すべき好敵手への眼差しだった。
「君が悪魔召喚師になるというのなら反対はしないわ。でもね、私は容赦しない。この儀式は君から始まった。なら、君を倒し、私の手で終わらせる!」
それが天明千歌の決意。真の自由を世界にもたらすために、彼女はすべてを捨てて挑む。
その決意、その覚悟、駆にも十分に伝わった。彼女は変わってしまったが芯の部分は変わらない。彼女は天明千歌だ。駆の死によって歪んでしまっても、それだけは変わらない。
それを踏まえた上で。
駆は手を前に出した。千歌に向けて掌を向ける。その手を、勢いよく閉じた。握りつぶすように。
彼女は友人だ。家族だ。仲間だ。
だが、敵だ。
彼女を敵として認め、駆は宣戦布告する。
「ふっ、そうこなくっちゃね」
駆からの返答に千歌は満足気に笑いそれ以上口にすることはなかった。
「いい気なものだな。勝手に死んで勝手に生き返って。それで今度は敵になるだと? フッ。なんでもありだな」
そこへ秋和が茶々を入れる。駆が新たにデビルズ・ワンへと参加し敵となること。そのことに不満をありありと呟く。
真田秋和。彼も駆の死を悲しんだ一人だ。あの四人の中で仲間の死を悲しまない者などいない。
だが、だからこそなのだろうか。秋和は今の駆を嫌悪している。彼の瞳は忌々しい幻影でも見るかのように侮蔑を露わにしてくる。自分を悲しませた者。苦しめた者がそれを知らずにのうのうと生き返ったのだ。自分の悲しみはなんだったのか。それだけでなく今度は邪魔までしてくるという。こんなふざけた話はない。




