術師よりも悪魔が強力だと逆に乗っ取られるって聞いたことはあるけれど
「兄さん!」
「え?」
そこで女の子の声が聞こえる。見ればそれは叶だった。白い病院服のままこちらに向かって走ってくる。
「どうしてここに?」
驚く日向だったが叶は一直線に兄の元に駆け寄る。目を開けない兄の体を揺すり何度も呼びかけている。
「兄さん! ねえ、兄さん、兄さん! 嫌、嫌ぁああ!」
どんなに呼びかけても返事はない。それどころか起き上がることも目を開けることもない。叶は彼の体を抱きしめながら泣き出した。
悲痛な叫びに四人ともなんと声を掛ければいいのか分からない。
「叶ちゃん、その」
日向ちゃんもなんと話せばいいか、声は出るのにその後が続かない。
その時だった。叶の体から黒い霧のようなものが現れそれは人の形を作っていく。
全身黒の影。下半身はなく黒いもやが叶と繋がっている。体格自体は普通か少し小さいくらいだ。頭の形が特徴的で髪がない代わりに先端が細長く伸びている。例えるなら蛇口から落ちる水滴のような。その先端部分が尻尾のように伸びていた。
その影は空中に浮かぶと叶と彼女が抱きしめる律を見下ろしている。
「おーおー、死んでるなこれ。可哀想に。大事な妹を助けるために頑張ったけど道半ばで力尽きちゃいました、ってか。泣けるねえ~」
大切な人を悼み泣いているというのに、その声はどこまでも軽薄で愉快そうですらある。
「でもよ? 見方を変えればこいつは自分の命を捨ててでもお前を助けたかったってことだ。愛なんて目に見えないがこれは疑いの余地がない。まさしく愛。愛以外のなにものでもない!」
それは励ましているのかからかっているのか。確かなのはそこに思いやりは一切ないということだ。
「お望み通りじゃねえか、お前は希にみる愛の証明を手に入れたんだからよお。ハッハッハッハ。よかったじゃねえか」
「いいわけないでしょ!」
叶が彼に振り返る。言いたい放題言う悪魔を涙がまだ残る両目で睨み上げた。
「こんなの望んでない! こんなこと頼んでない!」
目を下ろす。そこには自分のために戦って、それで命を落とした兄がいる。自分のために、自身の命まで削って戦ってくれた。自分を助ける、その一心で。
そんな優しい兄が、大好きな兄が、死んで良かったなんてある訳がない。
「兄さんが死んじゃったんだよ? これのどこか望み通りだって言うのよ!」
「ああ~?」
が、上機嫌だった悪魔の顔がみるみると不機嫌を露わにしていく。それだけでなく叶の体を頭から伸びる部位で殴り始めた。
「ふざっけんな! てめえがデビルズ・ワンで大好きなお兄ちゃんに構って欲しい、愛されたいって願ったから俺が先に叶えてやったんだろうが! それを後になってからぐだぐだいちゃもん付けやがって。舐めてんのかガキ! なにが頼んでないだ、契約通りだろうがボケ!」
勢いよく言われる反論に叶は言い返すことも出来ず律の体を抱きしめ耐えている。
「術師よりも悪魔が強力だと逆に乗っ取られるって聞いたことはあるけれど」
この状況に香織がつぶやく。二人の関係は聞いた話だけだがだんだんと分かってくる。
叶も悪魔召喚師だったのだ。その悪魔が彼女の指示以上のことを勝手にしたようだ。
「止めて!」
叶を殴る悪魔に日向が叫ぶ。
「あ?」
それで手が止まる。悪魔がこちらを向く。
「ねえ、あんたなにしたの?」
「はあ? なにをしただ?」
悪魔は叶から離れ浮上する。それで震えている叶を見下ろした。
「そのまんまだよ。このブラコン引きこもり雑魚メンタルはなあ、最近お兄ちゃんに構ってもらえないから昔みたいに構って欲しいって願ったんだよ。だから気遣いの出来る俺様がこいつの病を悪化させ、さらにこいつの兄貴に悪魔召喚の方法とデビルズ・ワンを教えてやったんだろうが。こいつと来たら戦う度胸もないクソ雑魚だからよお。それならこいつの方に働いてもらった方がいいかと閃いたのさ。我ながら良い案だったんだが使えねえなこいつ。せめて一人はやってから死ねよ。出来損ないの妹だと兄も不良品ってか。かあ~~! 俺はどれだけ運がないんだ」
「もういい、黙って」
話は分かった。これ以上聞きたくない。
「あああ!? てめえが聞いたから答えてやったんだろうが。それを黙れだと? イカレてんのか!?」
「聞いたこと以外まで言えなんて言ってないし」
悪魔が怒鳴ってくるが日向の態度は冷たい。
「てか」
それは無感情なわけでも冷静なわけでもない。
「さっさと死んでくれない? 殺すから」




