死ぬには早すぎる。不自由では辛すぎる
病院の一室。窓際のカーテンはゆっくりと揺れ夕焼けの光が隙間から漏れる。明るい外の光。それと対比をなすように部屋の中は薄暗く静かな雰囲気が漂っている。
そんな病室の一角に叶はいた。ベッドの上で横になり、傍らには兄である律が立っている。すやすやと穏やかな寝息を立てる妹の前髪を優しくかき分け顔を見る。
多くを部屋の中で過ごしてきた彼女。その人生はかごの中の鳥だった。本当は空を飛べるはずなのに。その喜びを十分に知ることも出来ないで。かごの中でかわいい歌声と仕草を振るうだけ。
死ぬには早すぎる。不自由では辛すぎる。
彼女がいつの日か自由に人生を飛び回れるようにするために。
「待ってろ、叶」
律は彼女の寝顔に誓いを告げる。
「お前は俺が救う、絶対に」
一人の約束。そこに決意と覚悟を込めて。
その時叶の寝顔が笑みを浮かべた。それを見て律の表情もわずかに緩む。しかしそれもすぐに引き締めた。
病室から出て行く。自分にしか出来ないことをするために。
病室の扉が静かに閉められる。守るべき大切な家族を置いて。彼女だけがここに残される。
「……兄さん?」
かごの鳥、その願いを知らぬまま。
*
三人は駅から下り病院へと続く道を歩いていく。叶のいる病院はこの町一番の大病院だ。大通りに面した場所にあり辺りも大きなビルが並ぶ。
時刻は夕暮れから夜に移ろい、赤味を増す太陽が地平線の彼方に隠れようとしている。
「ちょっと遅くなっちゃったわね」
「うー、ごめんねえ」
「いやいや、香織さんは悪くないですって」
「それに今からでも急げば面会には間に合うだろうし」
町の大通りを三人で歩く。道路には車が行き交い歩道にも人は多い。もたもたするわけにはいかないがこの調子でも面会には間に合いそうだ。
だが此方と日向の足が止まる。それで香織も足を止めた。
「ん? どうしたの?」
「…………」
二人から返事はない。ただ正面をじっと見つめている。
視線の先を追いかける。白い髪で黒の服を着た青年がこちらに向かってくる。
その男も二人を見つめ立ち止まった。真剣な雰囲気が張りつめる。ただ事ではない。それで香織も察する。
「もしかして、この人が?」
「うん」
話に聞いていた叶の兄。思えばやってきた方角は病院がある場所だ。
三人の目つきも自然ときつくなる。それだけ彼の目つきは敵意に溢れており戦いに来たのが丸わかりだ。
「戦うつもり?」
「当然だ」
人が流れていく。その中にあって四人だけが不動で見つめ合う。
「以前も言っただろう。俺にはこれしかない。これでしか彼女を救えないんだ」
彼が発する声と視線には固い決意がある。彼も覚悟を決めてここに来たのだ。
「俺の正体が知れた以上、ここに来るのは分かっていた。仲間は七人いると聞いていたが?」
彼の目が三人を順番に見る。戦いに来たと思っているんだろう、同時に三人だろうが相手にするつもりなのも分かる。
「戦うために来たんじゃない」
だがそうではないと此方が断る。
「うん。私たちは話をするために来たの。叶ちゃんに、あなたのことを伝えるために」
「なに?」
彼の顔が歪む。
「叶ちゃんに真相を言います。そしてあなたを止めるようお願いするんです。こんなこと、間違ってるって!」
「止めろ!」
日向の主張を制止する。
「これは俺のエゴだ。あいつを巻き込むな」
「そういうわけにはいかないでしょう」
めちゃくちゃな理由だ、此方も黙っていられない。
「あなたのしようとしていることはそれだけ間違っていて、悪いことなんです。たとえ人を救うためでも人を犠牲にしていいわけじゃない。もしかしたら大切な妹さんを失うかもしれない。それはとても辛いことだけど、人はそれを乗り越えるしかない。その不幸を誰かに押しつけるなんて」
「問答は無用だ」




