絆が壊れるのが怖かった。 その恐怖を救ってくれたのは、絆だった
「香織」
それでも、さきに話し出したのは聖治だった。
「俺は、きっと迷惑を掛ける。香織だけじゃない。みんなにもだ。俺のせいで手を煩わせて、時間を使わせて。要らない心配までさせて」
心に傷を負った自分は足手まといだ。仲間の迷惑になるくらいならいない方がいい。そうした思いが聖治の心をさらに胸の奥に押し込んでいる。
「俺だって治せたらいいけれど、そんな方法もない」
解決することもできず、こうするしかない。
「俺のそばにいたら、ずっと香織に迷惑をかける。だから……」
視線が下がる。重く圧しかかる負い目が聖治を俯かせる。
「聖治君」
そんな聖治の手を取り、香織は屈んで彼を見上げる。
「いいんだよ」
「え?」
優しく笑い、彼を見た。
「迷惑かけて、いいんだよ」
握る手に力を入れる。駄目だと追い込む自分を優しく否定する。そうではなく、むしろそれでいいと肯定する。
そんな自分でもいいと。
「聖治君は迷惑かけちゃ駄目って言うけど、そんなことない。そんなことないんだよ」
優しい口調で話すが、話すごとに思いが強くなっていく。
「だって、聖治君は私を救ってくれたじゃない! 何年も、何十年も戦って。その間ずっと辛い思いをして。私は聖治君に返せないほどの迷惑をかけてきた」
「そんな。それは俺が」
「同じだよ!」
言い掛ける言葉を即座に遮って、同じだと言う。
「それは私も同じ。私がしたくてしていることなの。聖治君の力になりたい。聖治君がしてくれたことを今度は私がしたいの」
かつて彼がしてくれた自分の救出。それによって彼は傷を負いこうして苦しんでいる。大切だったから、愛していたから、その苦行を成し遂げた。
それならば、次は自分の番だ。自分がする番だ。
力になりたいと、思ってる!
「聖治君はもう、私にしてくれたんだもの。だからいいの。聖治君の苦しみを私にちょうだい。聖治君の辛さを私にぶつけて。私がそうして欲しいの」
迷惑を迷惑と思わない。それどころか彼に貢献できることが嬉しい。
「聖治君はなにもしなくていい。私が一生守るから。戦わなくてもいいし、働かなくたっていい。私がずっと支える。それがどんなに大変でも私は平気だもん。辛いだなんて思わない。聖治君の支えになれるならそれが幸せだから」
それがどれほどのことか、それは分からない。もしかしたら想像できないほどの負担があるかもしれない。
それでも言える。一生という言葉に偽りはない。
「だから!」
この気持ちに、殉じる覚悟はある。
「私に、いっぱい迷惑をかけて。好きだよ、聖治君。なにがあっても、この気持ちは変わらない」
真っ直ぐと、自分の気持ちと眼差しを彼へと向ける。
彼女の言葉に聖治は思っていた。
ずっと、人に迷惑を掛けては駄目だと思っていた。仲間の足を引っ張っては駄目だと。恋人の負担になっては駄目だと。
そうすることで、嫌われるのではないかと不安だった。
「いいのか?」
「うん」
でも、そんなことない。自分が思っているよりも彼女は強い。
「こんな俺でも、一緒にいてくれるのか?」
「いるよ、ずっといる」
絆が壊れるのが怖かった。
その恐怖を救ってくれたのは、絆だった。
「香織……!」
手が震える。気持ちは高ぶり瞼の奥が熱くなる。
涙が、溢れていた。
「ありがとう、香織」
口は声涙に震え、全身が熱くなる。涙が流れて止まらない。
この思いを言葉に出来ない。感謝とか、喜びとか、嬉しさとか、それらが一気に溢れる。
「俺も同じだ。君が好きだ。この気持ちはなにがあっても変わらない。誓うよ、香織」
彼女の手を握る手に力を入れて、頬を流れる涙を拭うこともせず。
「この愛は、一生君のものだ」
変わらない愛を誓う。一生という言葉に嘘はない。
この思いは、なにがあっても変わらないから。
「うん」
聖治の告白に香織は小さく笑う。彼女の瞳からも一粒の涙がこぼれる。
二人は見つめ合う。自然と顔が近づいていく。
そして、唇を重ねた。




