私の目を見て、言って欲しいの
慌てて否定する。その後笑って誤魔化した。
「ちょっと気になってね。ほら、聖治はもともとは香織がいたわけでしょ?」
無理矢理に笑顔を作って、けれどそんなメッキはすぐに剥がれて不安が顔を出す。
「私と付き合ってて、嫌じゃなかったかなって」
聖治にとって此方と付き合っていたのは成り行きで世界の気まぐれだ。本当は別に好きな人がいて、違う人と付き合わされた。普通に考えていい迷惑だ。
「それが、気になってさ」
自分と付き合って、本当はどう思っていたのか。好きな人がいるのに別の人と付き合わされるというのはどんな気持ちなのか。
「それは」
なんて言われるだろう。不安が痛くなる。
「嫌では、なかったな」
「…………」
彼を見る。聖治は気恥ずかしい笑みを浮かべ、それから当時のことを思い出している。
「仕方がなかった、と言えばそれまでなんだけどさ。その時の此方はそれまでとは違った一面をたくさん知れたし。なんていうか、可愛いところを見れたっていうかさ。だから嫌ではなかったよ」
そう言ってくれる。そのことに不安は薄らいでいく。
「今は?」
「え?」
今度こそ聖治は驚いて振り向いた。
この質問をするのに覚悟はあった。かなり踏み込んだ問いだから。だけど聞いた。どうしても表情に力が入る。
「あ、はは」
聖治はどう答えたものか考えている。一旦笑って考えをまとめている。
「此方は、そうだな。なんていうか、ほら、俺から見てもきれいだしさ、それに優しいし。きっと違う世界で出会っていたら好きになってたんじゃないかな」
あくまでも軽い感じで話していく。普通のことのように話す。
「でも、今の俺には香織がいるから。本当なら俺が彼女のために頑張らなくちゃならないのに。大事にしたいんだ」
聖治らしい。香織のことを思ってちゃんと付け加える。彼女のことを忘れていない。
本命はあくまで彼女なのだと。それを宣誓する。
その言葉に彼の誠実さと優しさを感じると共に、ある思いが胸に去来する。
「……そっか」
胸に芽生えた思い。それは世界のきまぐれで、手違いで生まれた不純物。
「でも此方も面倒見がいいよな。あれから毎日俺の見舞いに来てくれて。以前は日向ちゃんだけだったのに俺にまで優しくしてくれてさ。ありがとうな。此方には、本当に感謝してるんだ。なんていうかさ、今の俺が言えたことじゃないんだけど、もし俺に出来ることがあるならなんでも言ってくれよ。もらったばかりじゃ不公平だろ? 今じゃなくても俺に出来ることならするから」
それは場違いで、この世界にあるには不自然で。
「本当?」
「当然だろ? こんなとこで嘘吐くかよ」
「そう」
それは、あっていいものではなかった。
此方はベッドに腰を移し、聖治に近づいていく。
「こな――」
戸惑う聖治を無視して、それでも近づいて。
唇を、合わせていた。
「――――」
触れ合う。唇と唇が。その熱が伝わってくる。意識し過ぎて顔が熱くなる。
顔を離す。困惑した表情で見てくる聖治にふっと笑みを見せ此方は急いで立ち上がった。
「はああー。ほんっと最悪」
カーテンを開け保健室の真ん中で立ち止まる。
「せっかく好きな人ができてさ、その人とつき合えたっていうのに。初めてのデートでは後ろから刺されてさ」
した。してしまった。吹っ切れた思いで気持ちを暴露していく。
「しかも気づいたらその人には別の彼女がいて、その人が本命だっていうんだもん。ほんと、私っていったいなんなの? ってカンジ」
「此方……」
聖治も立ち上がる。その顔はなんて言えばいいのか気まずそうだ。
「その、ごめん。俺は……」
謝る。それしか出来ない。それが直接自分のせいじゃないとしても。
「ねえ、聖治。私のお願い、もう一つ言っていい?」
此方は振り返り聖治を見る。なんだろうかと聖治も見つめ返す。
「私の目を見て、言って欲しいの」
そこには彼がいる。自分の人生で初めて好きになった人がいる。初めての恋だった。本気の恋だった。




