それでも一緒にいたい
一人で塞ぎ込んでいればこんな気持ちにはなれない。香織は二人に感謝している。
「うん……」
ただ、心の引っかかりがなくなったわけではない。今も心には刺さったままの棘が残っている。
「まあ、完全に忘れるのは無理だろうけどさ」
聖治との間に起こった出来事。心に刻まれた傷はそうそう治るものじゃない。それを思い出し香織の表情も若干陰る。そんな彼女を見て此方も心配になる。
「ちなみに、なにがあった?」
香織は廊下で泣いていた。号泣だった。よほどのことだったのだろうと想像に難くない。二人は香織を見る。
あの時のことを思い出す。香織も友達である二人だからこそ話した。
「聖治君と話してたんだけどね。その中で他の男と付き合った方が幸せなんじゃないかって、そう言われちゃって」
「あー」
「なるほど」
真相を知って二人とも声を挙げる。なるほどと納得した。
「それ私も言われたんだよね~」
「そうなの?」
知らなかった。聖治から記憶を引き継いでいても詳細までは分からない。
「前の世界でだけどねー。でもめっちゃショックだったし。私も泣いたもーん」
「そうだったんだ」
日向ちゃんはテーブルの上に体を突っ伏している。ふてくされた顔が妙に可愛い。
だが姿勢はそのままに真っ直ぐとした目に変わると香織を見る。
「でもさ、聖治さんは悪気があったわけでも本当にそう思ってるわけでもないと思うよ? むしろ香織さんのこと大事に思ってるから、今の自分よりも幸せにしてくれる人といた方がいいんじゃないかって。そう思ったんだよ。今の聖治さんかなりブルー入ってるし」
「うん、そうだといいんだけど」
「香織?」
日向ちゃんの励ましにも香織の返事は元気がない。
「私は、聖治君がどんな調子だろうと構わない。今の状態がずっと続くとしてもいい。それでも一緒にいたい。でも」
話していく。自分の考えを表に出していく。そこにある思いに触れて。自然と思いが前に出る。
「聖治君は、私のこともう好きじゃないのかなって、そう思っちゃって……。けっこうキツかったなーって。はは」
それがなにより辛かった。
心の病とか、迷惑だとか、そんなの全部どうでも良かった。一緒にいられるだけで幸せだった。
一番辛いのは、その幸せがなくなること。
他の男と付き合ったらどうだ? それは自分の幸せを破くのも同然で、それを目の前に突きつけられた時、涙が溢れて止まらなかった。
この幸せが、なくなることが怖かった。
香織が話す乾いた笑いが痛い。
「まったく、あんたがその調子でどうするのよ」
「ごめん」
笑って謝るが依然その顔は暗い。
「香織」
そんな彼女を此方は見る。真剣な顔つきと声で。名前を呼ばれ香織も此方を見る。
「あいつは命をかけて、何十年と戦ってきた。なぜだと思う? あんたのことが好きだからでしょ?」
此方の瞳が真っ直ぐと香織を見つめる。
「それってさ、かなり普通なことじゃないって。誰にも出来ることじゃないし生半可な気持ちで出来ることでもない」
「うん」
その通り。香織もそれは分かってる。
「そんなやつが、あんたのこと好きじゃなくなったって?」
「それは」
否定出来ない。
日向ちゃんの励まし方が心に寄り添う感情的なものだとしたら此方の励まし方は事実を並べた論理的なものだ。数式のような励まし方に元気付けられるというよりも納得させられる。
そんな此方ではあるが、話の最後にふっと笑う。
「自信持ちなって。あいつが好きなのは香織だけよ。だから元気出せ」
そう言うと拳を香織に近づける。そのまま頬に軽く押し当てると、そのまま振り抜いた。
「可愛いんだからさ」
「……はーい」
冗談パンチに固い顔も崩れて笑みがこぼれる。それから此方を見る。
「ありがと」
「いいって」
二人はお互いを見て笑顔を出し合った。