ほらほら、香織さんも食べて食べて
そう言ってカーテンを閉める。保健室を出てみんなの元へと戻った。
星都と力也はすでに調査に行ったようでここにはいない。ベンチを見れば落ち込む香織を日向が根気強く慰めている。此方は二人に近づく。それで香織が見上げてきた。
「聖治君は?」
「あいつは……」
なんと言えばいいか迷う。こういう場合、正直に言うだけが正解ではない気がする。
「落ち込んでた。あまり話は出来なかったわ」
それを聞いて香織の顔が下を向く。喋る元気は彼女もなさそうだ。
「香織、今日もうち泊まっていきなよ。別にいいでしょ?」
「そうだよ香織さん! 今日もうち来ればいいって!」
「でも」
聖治もそうだが彼女も放っておけない。普段明るいだけに余計気になってしまう。
「ううん、ありがと。私は大丈夫だから」
「遠慮しない。私たちが気になるのよ」
「そうそう。それか香織さん私と泊まるの嫌~?」
「そんなことないけど」
一度は断られるが再度誘い、日向の自分を人質に取るパワープレイもあって追い込んでいく。群で狩りをするライオンみたいだ。
「なら決まり!」
「うん……」
そうして標的は遠慮がちな笑顔で頷いた。
それから三人は此方の家へと入る。広々としたマンションの一室。リビングにある三人は優に座れるブラウンのソファに香織は腰掛けている。目の前のテーブルには今出されたばかりの紅茶が湯気を上げ、反対にあるダイニングキッチンでは姉妹の二人が夕食の準備をしている。
「ねえ、私もなにか手伝うよ?」
「だーめ。香織さんはそこにいて」
「ゲストなんだからゆっくりしてなさい」
「はい……」
そう言われては無理に出ることも出来ず浮いた腰も下がる。
手伝おうとする香織を抑え此方は冷蔵庫の中身を確認していく。
「今日はどうしようかな」
「やっぱり元気が出るものじゃない? たくさん食べてストレス解消になるような」
「それ合法だけどやばいでしょ」
「たまにはいいじゃ~ん」
「まったく」
香織を元気づけたいという思いは本心なのだろうが半分くらいは自分が食べないだけのような気もする。
「なにを作るにしても材料がね、うーん、足りるかな?」
冷蔵庫の中にはキャベツや人参などの野菜から昨日使った鶏肉、うどんの玉などいろいろと揃っているが三人分はどれも足りない。基本二人分しか買わないのでうどんも二袋だ。香織の来客は昨日の時点では予期しきれなかったことに此方の眉間にしわが寄る。せっかくならそれなりのものを出してあげたいのだがどうすればいいか。
「全部使えばいいじゃん」
「………」
此方は振り返り一回り小さい妹を見る。自信満々に言うその顔をジト目で見つめるが嘆息して向き直る。従うのは癪だがこの妹の言う通りか。強引だがたまに真理を突いてくる。
そうした経緯もあり今日の夕食は買え置きで作った豆乳鍋に決まった。三人が座るテーブルの中央には鍋があり、沸騰した白いスープの中には冷蔵庫にあったものをほぼほぼ使った具材たちが踊っている。
「おいしそう」
「最後はうどんもあるわよ」
「いぇーい、いっただっきまーす!」
「なんであんたが最初なのよ!」
「いいじゃんお腹空いたんだから~」
「まったくもう」
「ふふふ」
「ほらほら、香織さんも食べて食べて」
「うん、ありがとね」
中身を取り皿に乗せ香織に渡す。それを受け取って香織は手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます」
香織と一緒に此方も言って、三人は思い思いに鍋を食べ進めていく。残りが少なくなってから締めのうどんも入れて最後には鍋の中身はすっかりスープだけとなっていた。
「おいしかった。ごちそうま」
「そう? ならよかった」
「うん、ありがとうね」
三人で食べる豆乳鍋にご満悦の香織はにっこり顔だ。
「少しは気が紛れた?」