二週目
その日も世界は灰色だった。
空にかかる雲で薄暗く、地上は荒れ果て人の活気は消えた。壊れた町や、放置された車、割れた道路。空っぽだ。荒廃した世界。鬱屈として、残酷で、空虚で、そんな中、唯一の希望が血だらけで横になっている。俺の腕の中で、息を引き取ろうとしている。
守ると誓ったはずなのに、そのためだけに戦い続けてきたのに、彼女を守れなかった。今も、流れる血を止められない。
悔しかった。悲しかった。駄目だったんだ、今の俺には戦う力があっても治す力がない。治すためにはロストスパーダが必要だ。だが、それを見つけることは出来なかった。
大切な人が、このままでは死んでしまう。
俺は、一人で叫んでいた。涙と、怒りを、この世界にぶつけていたんだ。
世界なんてどうでもいい。
人類だってどうでもいい。
すべてを犠牲にしても構わない。
彼女だけは、救いたい。
俺の、愛する人を。
俺は諦めない。止めたりなんてしない。この旅路の果てで、必ず君を救ってみせる。
君だけは、なんとしても。
*
悔しかった。心の底から悔しかった。
それ以上に、自分が許せなかった。
沙城香織。彼女はかつての恋人だった。ずっと一緒で、大好きな人だった。
そんな大切な人を忘れていたということ。彼女の魂に触れてようやく思い出した。気づいた時にはなにもかも手遅れで、俺は友達も、彼女も救えなかった。
そんな自分が許せなくて、悔しくて、悔しくて。
俺の胸は、そんな思いでいっぱいだった。
「は!」
後悔にたたき起こされるように、俺は目覚めていた。
「はあ、はあ、はあ」
呼吸が荒い。額に手を当ててみれば汗でびっしょりだ。
それで辺りを見渡してみた。けれどなんてことはない。
「俺の、部屋?」
そこは自分の部屋だった。どこか違和感があるけれど間違いない。
でも、俺は死んだはずじゃ?
「どうなってるんだ?」
なにがなんだか分からない。さっきまでの出来事は? 夢? まさか、あんなリアルな夢があるわけない。
星都や力也がなくなった時の辛さを覚えてる。沙城さん、いや、香織がかつての恋人であり、彼女がなくなった悔しさだってまだ覚えているんだ。
でも、じゃあなんで俺は生きているんだ? それが分からない。
あれは現実? それとも夢なのか? そもそもどうして俺は生きているんだ? 星都たちはどうなったんだ?
「そうだ!」
急いでスマホを取り出す。夢かどうかなんて聞けば分かることだ。
俺は履歴から星都か力也の番号を探す。
「あれ?」
が、履歴には見覚えのない番号が並んでいる。にも関わらず星都や力也の番号は一向に見当たらない。
「なんだよこれ!」
どういうことなんだ。どうしてこんなことになってる?
訳が分からない。怒りに任せてスマホを投げ捨てそうになるのをなんとか堪える。
それで画面を見た時だった。
そこには六月十日と表示されていた。
「え?」
六月十日? 今日は十三日だろ? 壊れてるのか?
もういい、スマホに頼らなくてもすぐ近くにいるんだ、自分で確かめてやる。
俺は学生寮から出ると星都の部屋に駆け寄った。インターホンを押し乱暴に扉をノックする。
「星都! おい、星都! いるか!?」
聞くが返事がない。どっちだ? くそ! 分からない。
待っても返事がない。俺は力也の部屋へ向かった。
「力也! いるか! おい!」
扉を叩くがやはり返事がない。
まさかいないのか? それとも学校に行っているとか?
スマホの時間を見ればもう登校していていい時間だ、今からなら走ってぎりぎり間に合うくらいか? この時計の表示も正しいか分からないが星都や力也がもう登校している可能性はある。
「くそ!」
すぐに部屋に戻ると制服に着替え走って学校へと向かった。
なんでこんなことになってるんだ。見慣れた登校道を必死に走り学校へと着いていた。
そのまま教室へと走る。
「あれ、剣島君だよね?」
「あ、先生」
廊下を走っていると青山先生に呼び止められた。しまった、もろダッシュしていたからな。ふと見れば廊下は走らないというポスターが目に入る。くそ。タイミングが悪い。一刻を争うこんな時に。
先生が近づいてくる。注意を受けるのかとバツの悪い顔になる。
「探したよ、時間になっても来ないものだからさ」
「え」
探していた? 会う約束なんてしていただろうか?
先生は怒るどころか柔和な顔をしている。
「初めてで職員室の場所が分からなかったのかな。まあいいや、ちょうどいいしこのまま教室に行こうか」
「え? あ、はい」
なんだろうか、いつもと先生の雰囲気が違う気がする。
とはいえ教室に行くと言うので俺は先生の後ろをついて行った。
先生は俺に話しかけてくるがまるで俺に気でも遣っているような優しい話し方だ。
「最初のことでいろいろ戸惑うことはあるかもしれないけれど大丈夫だよ。特にうちのクラスは仲がいいし。ていうか騒がしいくらいだけどね。はっはっは!」
「えーと」
なんのことだ? 最初? さきほどから先生の言うことについていけてない。
「先生。その、戸惑うってどういうことですか?」
「まあまあ、そう強がらなくても大丈夫さ。誰しも最初は緊張するもんだ」
いや、そうじゃなくて。内容が分からないんだが。
「でも、さっきもいったけどうちのクラスに嫌なやつはいないし、すぐに友達もできるよ」
そんな。まるで俺に友達がいないみたいな言い方しなくても……。ちょっと傷つく。
「あ。でも皆森って男子には要注意だぞ、悪いやつじゃないんだがあいつは本当にお調子者だからな。変なことに巻き込まれないようにな」
「あー。あいつは昔からそうですよね」
「あれ、知ってるの?」
前を歩いている先生が驚いたように振り向いた。
そこで俺の疑念は確信に変わった。
「え?」
俺と先生の間にある妙なズレ。
先生は、俺のことを忘れている? というか、はじめて会ったみたいだ。
でもそんなことはない!
「知ってるもなにも、前から友達ですよ。あれ、青山先生ですよね? ブルマンの」
「はっはっは。なんだなんだ、もうそこまで知ってるのか。さては皆森だな。あいつと知り合いだったなんて知らなかったよ」
「いや、そんなことは」
「でもよかったよ、すでに友達がいるなら一安心だな」
そう言って青山先生は笑っていた。
どういうことだ、なんで先生が俺や俺と星都が友達だということを忘れているんだ?
そう言い掛かったが、のどで突っかかって止めてしまった。
ここで俺がしつこく間違ってると言ってもきっと青山先生は困るだけだろうし。というか俺の方が目が覚めてから混乱しっぱなしなんだ。本当にどういうことなのか教えてほしい。
俺は青山先生と一緒に教室に入った。みんなはすでに席についていてどうも俺は遅刻したらしい。
「それじゃあみんな、すでに知ってる人もいるかもしれないが今日は転校生を紹介するぞ」
「え!?」
転校生? 香織だけじゃなく、また転校生が来るのか?
「青山先生、転校生ってほんとですか?」
「え?」
俺の質問に先生が振り向く。直後、教室中で笑い声が上がった。
「ハッハッハッハッハ!」
「…………」
え?
「いやー、君おもしろいね。いいよいいよ、それじゃみんな、彼が剣島聖治君だ。よろしくしてやってくれよ。はっはっはっは!」
先生やほかのみんなはまだ笑っている。
ていうか、今なんて言った? 俺が転校生?
なんのドッキリだ?
俺は唖然としてしまうが、そこで目に付いた。
「星都! 力也!」
教室には星都と力也がいたのだ。大丈夫、生きている。それどころか傷すらない。
「よかった! 無事だったんだな!」
急いで二人のもとへ駆け寄り肩に手を置いた。よかった、本当によかった。
「…………」
「えーと、あのぉ」
「どうしたんだ? なにか言えよ」
二人は俺をまじまじと見つめている。ただ、その顔がどうも胡乱というか、不審者を見るような顔なのがよく分からない。
「力也、俺にまかせとけ」
明らかに狼狽している力也とは変わって星都はなにやら覚悟を決めたようだ。
「えーと、そのー、そうだ! 俺たちは小学校のころ同じ野球部だったんだ。いやー、懐かしいな。夕焼けの川沿いで甲子園に行こうって約束したの覚えてるぜ!」
「は? お前はなにを言ってるんだ?」
「ちょおおおおい!」
と、星都は大仰なポーズでツッコミを入れてきた。
「おま、自分から振っておいてその仕打ちかよ!」
星都の盛大なつっこみに教室のみんながまたも大笑いしている。
「…………」
みんなは笑っているが反対に俺は背筋が寒くなっていく。
恐る恐る、聞いてみた。
「なあ、真剣な話なんだが」
聞いていて、自分がすごく緊張しているのが分かる。出会えて嬉しいはずなのに、聞くのが怖い。
「俺たち、初対面か?」
ずっと友達だった。同じ寮に住んでいて、登下校を一緒にしたし、何度だって遊びに行った。ちゃんと覚えてる。
星都は笑いながら、やれやれといった風だった。
「そりゃー、そうだろ。それとも続けた方がよかったか?」
「うん。僕たち初めて会うんだなぁ」
言葉を失い、俺は二人から一歩下がる。
星都は冗談を言っているんじゃない、力也もだ。
同時に状況がだんだんと飲み込めてきた。
ここは、俺が知ってる世界じゃない。俺はこの教室にはじめてきて、みんなと出会うのもはじめてなんだ。スマホの履歴に二人の番号がなかったのも、壊れていたんじゃない。出会っていなかったんだ。
「えーと剣島君、それじゃあそろそろホームルーム始めるから席に座ってくれるかな?」
青山先生に言われ俺はふらふらと空いている席に着いた。顎に手を添え状況を整理していく。
俺は魔来名との戦いの中で命を落とした。けれど目が覚めてそこでは俺が転校生となっておりみんなとは初対面だった。
俺が知っている世界との違いは今のところ二つ。
日付が三日前なこと。そして俺が転校生なことだ。
理由は分からないが、どうも死んだことが原因らしい。
確認しないと。俺は知らないことが多すぎる。