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これまでのことを振り返り、これからのことを思い浮かべる。
「…………」
そこで、一花はなにを思うのか。
それは端からは分からない。
「来たわね」
足音に一花は目を開ける。
そこには聖治が歩いてくる姿があった。今夜雌雄を決する相手。聖治としてもこの戦いには駆の安否がかかっているのだから引けない。それは険しい表情を見ても分かる。
しかし、校庭に現れ一花を見た聖治は駆のことを忘れて驚いていた。
「一花、その姿……」
一花には翼と尻尾がある。その姿は悪魔そのものだ。
「お前、人間を捨てたのか!?」
聖治は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
これでは、たとえ一花を倒しても元通りにはなれない。駆を無事保護しても、彼のそばに彼女がいないのでは日常は元には戻らない。
「なんで……馬鹿野郎!」
これでは、駆が報われない。あれほど友達思いだったのに。一花に拒絶されても、それでも彼女のことを想っていたのに。
駆のことを思うと辛い。彼の望み、これでなくなった。それが聖治にも辛かった。
「一花、なぜだ。なぜこんなことをする!?」
聖治が聞く。駆の代わりに。こんな殺し合いをどうしてする? 駆の気持ちを裏切ってまですることか? そんなにも、その願いというのが大事なのか?
その問いにしかし一花は答えない。鋭い視線で聖治を見つめているだけだ。
「聞いても無駄よ聖治。やることは変わらない。私はお前を殺してその魂を捧げ、お前は駆を助けるために私と戦わなくてはならない」
「理由が分かれば、こんなことをしなくても済む方法が分かるかもしれないだろうが!」
「そんなものはない」
デビルズ・ワン。悪魔召喚師による競争。なぜそんなことをするのか、一花はその理由を一向に閉ざしたまま。理由が分からなければ代案も出しようがない。こんな事態を回避したくてもできない。
「もう分かっているはずよ。もう、後戻りはできないって」
一花は翼を羽ばたかせた。妖しく光る赤の手袋をはめた手が、優しく翼を撫でる。
「私はもう人間じゃない。完全に悪魔になってしまった。駆とは、いえ、誰とも一緒には生きられない。現実に私の居場所はもうないわ」
「それが分かっていて、どうしてそんなことをした? 一花、お前がどんな願いのために戦おうとしているのか俺は知らない。でも、仮にその願いが叶ったとして、お前はそれで満足なのか? もう人間として生きていけないんだぞ?」
「…………」
聖治の問いに一花はしばらく押し黙る。聖治はじっと見つめたまま三秒が経過した。
「いいわ」
答えは、日常との決別だった。
「元の世界に、そもそも私の居場所なんてなかった。空虚で、空っぽで、ただ虚しいだけ。あんな場所に私の将来なんてなかった」
一花の語る日常、そこには希望も期待もなにも感じられない。淡々とした、ただ寂しさだけが付きまとう。そんな印象を受ける。
でも分からない。一花には彼がいたはずなのに。
「どうして? 駆がいたじゃないか。あいつじゃ駄目だったのかよ?」
一花には棗駆という友人がいた。そばにいてくれる仲間が。寂しがることはなかったはずだ。
「ふっ」
そんな聖治の主張を一花は鼻で笑う。
「それが駄目だったから、こんなことしてるんでしょ」
その通りだ。もしそうならこんなことしていない。そんなこと、聞かなくても分かることだった。
「無駄話はこれまでよ」
これ以上、言葉を交わしていても意味はない。一花に話す気が無い以上分かり合うことはできず、戦うことでしか解決の道はない。
「駆ならどこかの教室にいるわ。でも、私を倒さないと解放されないし、探しに行っても殺すわ」
殺すという言葉。そこに込められた気迫に聖治もこれ以上の交渉は無駄だと理解する。どのみち一花はやる気だ。止められない。彼女の想いは本物だ。
「あんたに恨みはない。申し訳ないとは思ってる。恨み言ならご自由に」
一花が聖治を殺そうとするのはあくまで儀式のため。嫌いだからでも憎いからでもない。
それだけ、叶えたい願いがあるからだ。
「それでも、殺すわ。あんたを」
一花の足下から黒い空間がわき上がってくる。それは一花を中心に地面に広がっていた。聖治は影を凝視する。駆をさらう時にも現れた黒い闇。ただの影ではない。魔業を秘めた彼女の力に他ならない。




