ロストスパーダ
「ロストスパーダ? なら、こいつが」
沙城さんが探していたスパーダ。これを手に入れるか同行してもらわないと沙城さんの目的は果たされない。本当ならついてきてもらうのが一番いい。
でも、男は戦う気だ。
「うそだろ」
戦うのか?
今まで理性でなんとかフタをしていた危機感や焦燥感が一気に溢れてくる。予想してなかったわけじゃないけれど、いざこんな場面に立たされて心の準備ができていない。というか、殺し合いなんてしたくない。
「待って。あなた、名前は?」
沙城さんが前に出た。男に睨まれているのに一切怯んでいない。
「沙城さん!」
呼び止めるが、彼女は一歩も退かなかった。
「私は沙城香織。そのスパーダに用があるの。私たちの目的は停戦と協力よ。こちらから危害を加えるつもりはない。考えてもらえない?」
「…………」
男は答えない。鋭い視線でスパーダを構えたままだ。
「名乗られた以上名前くらいは教えておいてやる。魔堂魔来名。それが俺の名だ」
「魔堂、魔来名……」
それが俺たち以外の初めて出会ったスパーダの名前。魔堂魔来名。それと天黒魔。沙城さんが探しているロストスパーダか。
「それで、提案はどうかしら」
「笑止」
男の返答に沙城さんの表情が険しくなる。
「セブンスソードはスパーダ同士の殺し合い。それが嫌なら念仏でも唱えるんだな、俺が楽にしてやる」
「そんな」
交渉は決裂だ。魔来名に協力する意思はない。
どうして。なんで戦おうとする? 殺し合いなんてなんでしようと思うんだよ。
「なんで? あんたはどうしてセブンスソードなんかをするんだ? 殺し合おうとするんだよ!?」
怒りすら沸いてくる。俺たちは平和が欲しいだけなのに。みんなそれで満足じゃないのか?
「俺の勝手だ、黙ってろ」
クソ、そうかよ!
「そう」
苛立つ俺の前で、沙城さんが静かにつぶやく。
「なら、戦うしかないですね」
その手にディンドランが握られた。沙城さんも戦う気だ。もとより沙城さんはセブンスソードに参加する気だった。このことを覚悟していたんだ。
「来い、スパーダ」
え?
聞こえてきた声に慌てて振り向く。
その声は星都だった。光帝剣を手にしている。
「星都!」
まさか、戦う気なのか?
「相棒」
星都の真剣な声が聞こえる。
「こいつは戦う気だ。やるしかない」
星都は俺を見ていない。魔来名を真っ直ぐと見据えていた。
戦う覚悟を決めている目。それだけでもすごいと思う。星都はこうした場面に立ち会うのも初めてのはずなのに、もう覚悟が決まっているなんて。
そこで力也も前に出た。
「力也?」
その顔は怯えていたけれど真剣で、目の前の敵である魔来名をしっかりと見つめていた。
「来るんだなぁ、鉄塊王、グランッ」
力也の手に大剣グランが握られる。力也も戦う気だ。
みながスパーダを構えている。魔来名と戦うために。
「みんな」
そんな中、俺だけがまだ覚悟を決められていない。
みんなの姿に背中を押される。
殺し合いなんて嫌に決まってる。今だって手が震えそうだ。でも、恐怖や不安にひるんでる場合じゃない。ここで戦わなければならないんだ。みんなそれが分かってるからスパーダを出している。
俺だけが、立って見ているわけにはいかない!
俺もパーシヴァルを構えた。切っ先を魔来名に向け両手で構える。
全員武器を出した。いつでも戦える。それで魔来名も口元を小さくつり上げた。
なんてやつだ、四対一だぞ? 魔来名の雰囲気は確かにすごい。見られただけで身が竦むほどの威圧感がある。
とはいえ不利なのは間違いない。なのに笑う余裕すらあるなんて。
こいつは危険だ、油断できない、四対一なのに追い込まれている気さえする。
「聖治! お前はまだ能力がなにか分かってない、だから下がってろ!」
「だけど!」
そこで星都が叫んだ。
この相手はみんなで戦うべきだ。俺はまだ能力は分かっていないけれど、剣を振るったり斬ったりくらいはできる。
「聖治君」
が、沙城さんまでも俺を制止してきた。その表情はすでに戦う顔つきだ。
「ここは私たちが」
そう言ってすぐに振り返ってしまった。そんな。
どうする? 二人に言われた通り待機しているか、それとも加勢してみんなで戦うべきか?
二人から下がっていろと言われ、迷いが生じていた。格好悪いけれど、そう言われて少しホッとしている自分に気づく。でも、みんな戦うのに俺だけが甘えていいのか?
そう思っている最中に星都が声をあげた。
「いくぞ!」
最初の戦い。ロストスパーダを巡るセブンスソードの序幕。
「来い」
それが、ついに始まった。
「光帝剣、エンデゥラス!」
瞬間、星都の体が風になったかのように加速した。
星都の突撃。それは魔来名との間合いを瞬時に詰めていた。まさに一瞬。エンデゥラスの能力は時間の操作だ、それを星都は発揮したんだ。俺でさえその速度に驚いたんだ、知らない魔来名からすれば奇襲も同然のはず。
しかし、その攻撃に魔来名は刀身をぶつけていた!
速い! 星都もそうだが、光帝剣のスピードに抜刀でぶつけた!
「見切った!?」
星都と魔来名で刀身を押し付け合っている。星都は必死に力を入れるが、魔来名は真剣な表情のままじっと星都を見つめていた。
魔来名のスパーダ、天黒魔の刀身は漆黒だった。禍々しい雰囲気を感じるのにどこか透き通った芯も覚える。
黒い刀身。それを見た瞬間、俺は不覚にも美しいと思ってしまった。全うな武器じゃない、魔刀と呼ばれる部類のはずなのに、それは真っ直ぐとして芯のある美しさを感じさせた。
魔来名に押し返され星都が退く。そこへ魔来名は一閃し星都は剣で防ぐも弾かれてしまった。
天黒魔は振るうと紫のオーラを刀身から漂わせ空間に紫の線を刻んでいた。それは振るった時のみ出るらしく今は消えている。
「ちぃ!」
「…………」
攻撃が不発に終わり星都が苦々しくつぶやく。反対に魔来名は精悍なままだ。
だが、まだ終わりじゃない。
沙城さんと力也が走り出す。それぞれディンドランとグランを手に魔来名に襲い掛かる。
力也が振りかぶったグランを打ち付ける。受け止めきれないと判断したんだろう、魔来名は後ろに下がった。その一撃に地面は砕け散りアスファルトだけでなくその下の土まで飛び上がる。
そこへ沙城さんと星都が同時に攻める。二つの刃が魔来名に迫った。
それを、魔来名は刀身と鞘で受け止めた。二人は両手で押し込んでいるのにびくともしていない。体格差はあるけれど片手で止めるなんて。
さらには二人を押し戻した。
体が反った隙に星都を蹴り飛ばし沙城さんに刀身を叩きつける。それで二人とも転倒してしまった。
「星都! 沙城さん!」
俺は駆け寄ろうかとも思ったがそれよりも先に力也が魔来名の前に立つ。二人を庇うように立ち魔来名にグランを振るっていく。
力也の攻撃は重力の影響を受けない、ようは体感では重量ゼロなため簡単に振れる。グランの大きな見た目に反して振るう速度は速い。
力也の攻撃が乱舞する。振り方は素人かもしれないがそんなの関係ない。
とにかくすごいんだ、振るうだけで風が起こってる。それが魔来名の前髪やコートの端を揺らしていた。あんなのまともに受けたら一撃で終わりだし、もし防御しても腕が折れる。
それが魔来名も分かっているからスパーダで防ぐことはせず体裁きでかわしていた。決して剣で受けようとはしない。
押している。
さらに星都と沙城さんもそこに加わる。力也が正面から切りかかり左右から星都と沙城さんが攻める。
このまま押し切れるか?
三人からの猛攻に魔来名は手が出せない。それでも、この男の表情にはヒビ一つ入らなかった。
その、次の瞬間だった。




