56
「おはよう駆」
母親からのあいさつに頷く。
「ん、駆か。おはよう」
父からのあいさつにも頷く。
父の対面に座る。テーブルには目玉焼きとトーストが並んでいる。そこへコーヒーカップが置かれた。
「今日はちょっと遅かったのね、あんまり時間ないわよ」
見ればいつもより五分ほど遅い。それだけベッドの上で考え込んでいたのか。たいした時間ではないが朝の五分は貴重だ。
両手を合わせいただきますの仕草をしてからトーストをかじる。カップを口に当て中のものを飲み込んだ。
「めん玉ぶじゅ~!」
「こら苺、変なことしないの!」
父の隣に座る苺がフォークで目玉焼きの黄身を押しつぶしている。
「苺、お行儀よくしなさい」
「うう~う~」
新聞を置き父が苺の両手をつかむ。苺は不満そうに抵抗している。
「まったくもう。駆、コーヒーいる?」
棗家の問題児に母親は頭を悩ませるが、そんな中でも駆のコーヒーカップが空いているのに気づくと声をかけてくれる。そんな母に振り向き柔らかな顔で断る。
朝のにぎやかな雰囲気は嫌いじゃない。むしろ温かな家庭のこの感じに駆は居心地の良さを感じていた。
だが、そこへ水を差すようにニュースが流れる。
内容は最近巷を騒がしている動物連続殺害事件だった。なんでも野良の猫や動物の死体遺棄が数十体も見つかっているとのことで警察は巡回を強化しているらしい。この手の事件は数年前から数件あったそうだがここ数ヶ月でとても増えているとか。
不気味な事件だ。さらに不穏を煽ることもある。
「変な事件多いわよね。それに地元なんて」
台所からテレビを見ている母親が言う。
そう、その事件はこの町で起きていた。
テレビ画面では標的が動物から自分よりも弱い女性、子供になる危険性もあると激しい論調でコメンテーターが警告している。
ニュースは次の話題に移っていった。
「駆。お前も気をつけろよ。最近はなにがあるか分からん。それと、一花ちゃんたちとは仲良くしてるのか?」
その質問は正直難しい。
口の中のものを租借しゆっくりと飲み込む。それからコーヒーを一口喉に通す。父親からの質問に時間を置きコーヒーカップをテーブルに乗せた。
それから、ようやく小さく頷いた。
「そうか。なにかあればすぐに言うんだぞ。なんでもいいからな」
頷く。父からの心配を素直に嬉しく思う。
そこで携帯を取り出し文字を入力すると画面を父親に見せてみる。
『二五日、俺、なにをしてた?』
それは記憶から抜け落ちた空白の一日。
「なんだ、またその話題か」
どうしても知りたい重要な内容に、しかし父は普段と変わらない態度で応える。これを聞いたのは二度目だが答えは前回と同じだった。
「その日は一花ちゃんたちと遊びに行ってたじゃないか。なんだ、まさか酒でも飲んだんじゃないだろうな?」
「駆、あなたそんなことしたの!?」
「お兄ちゃん悪い子ー」
父からの推測に母親が慌てている。苺も面白がっているように怒ってきた。
あらぬ疑いに慌てて顔を振る。それを見て父は小さく笑っていた。
「冗談さ。お前に限ってそんなことないと分かってるよ」
「…………」
父からの信頼に寂しそうに笑みを浮かべた。
やはりと言うべきか、答えは前回と同じだった。一花たちと遊びに行った。でもそれは本当であって本当ではない。不確かな現実に眉を顰める。
食事を終え両手を合わせると席を立つ。
「行くの?」
母親からの確認に頷く。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
リビングから出て扉を閉める。玄関で靴を履き替える。
すると地鳴りのような足音が聞こえてきた。やってきたのは苺だ。苺は目の前で立ち止まる。
「お兄ちゃーん、お兄ちゃーん! アメ食べたい!」
大声とともに小さな手を差し出してくる。
可愛い妹の頼みだ、それに応えられる兄でもありたい。駆は苺の頭をぽんぽんと叩く。
瞬間、思考にノイズが走った。




