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後悔が、私の心を蝕んでいく。
なぜ。
なぜ。
なぜ。
止まらない自問と、止まらない自責が私を追いつめる。
忘れることが出来れば楽なのだろうけれど。
割り切ることが出来れば助かるのだろうけれど。
だけど、そんなことはできない。
泣いて、泣いて、泣いて。
苦しんで、悲しんで、後悔して。
それでも変わらない現実に、私の心が絶望していく。
だけど。
私の心は息を吹き返す。
ごめんね。ごめんね。私は私を許せない。
だからこそ。
大丈夫。今度こそ。
私は望んだ。望んだのだ。そのための決意はある。迷いなどなかった。絶望に屈する私はもういない。
私は歩き出した。たった一つの希望を目指して。そのためにすべてを失おうとも。
私は望んだ。
それ以外は、なにもいらない。
*
カーテンで閉められた暗がりの自室。そこに一花は立っていた。目の前の悪魔、ガミジンとともに。
戦いの時はゾウを思わせる巨体で召喚されたガミジンだが今はロバと同じ大きさだ。
薄暗い空間に両者は対峙する。これから行うことに沈黙し、空気はどんよりと重い。
二人は静かに互いの瞳を見る。そこに自分の姿を見るように。寂しく、悲しく、静かな決意を込めて。
「悪いわね、ガミジン」
長く続いた沈黙を一花の言葉が切り裂く。それはこれかから二人がすることの始まりの合図だ。
「よい。すべてよい。私はお前の心情を知っている。その一助となるのなら、我が身、我が力、お前に授けよう」
「ありがと……。迷惑かけるわね」
一花は俯く。これ以上になんと言葉をか
ければいいのか分からない。胸にあるのは申し訳ない気持ちと、それでも止めるつもりはないわがままな気持ち。
彼に対する心苦しさが、彼女の胸を重くする。
「一花」
「ん?」
そんな彼女へ、ガミジンは言う。
「此度の儀式。願いは、お前が叶えろ」
奮起する言葉を。ガミジンは知っている。なぜ彼女が戦うのかを。
一花には願いがある。他の願いを踏みにじってでも叶えたい願いが。だからこそ彼女は悪魔召喚師になった。そして、そのために目の前の悪魔は応えようとしている。
一花は叶えなければならない。その願いを。絶対に。ならば立ち止まってなどいられない。じっとして叶う願いなどない。躊躇っている余裕もない。これは真剣勝負。
進め。止まってなんていられない。
「……分かっているわ」
ガミジンの思いに触れる。その言葉に寂しさはあったがそれを上回る決意がある。
「さよなら。あんたが私の悪魔でよかったわ」
「別れは言わん。私は、お前のすぐ傍で力となろう」
「ふふ。そうだったわね」
わずかな笑みが浮かぶ。本当に彼が自分の悪魔で良かったと思う。
けれどそんな感慨はすぐに消し、一花は表情を引き締める。
「じゃあ、始めようか」
「そうだな」
短い言葉を交わした後、一花はガミジンへと向け片手を伸ばした。
ガミジンが立つ床に魔法陣が広がる。赤い文様がガミジンを覆い、淡い光が包み込む。
すると、ガミジンの蹄から姿がなくなった。
ガミジンの体が黒い光の粒子へと分解されていく。それは滅び。明確な死だ。それでもガミジンは動揺を見せることなく、不動のまま魔法陣の上に立ち続ける。みるみると姿は綿帽子のように消えていく。
光に変わっていく悪魔を一花は見つめ続ける。短いつき合いではあったが自分が召喚した相棒であることに違いはない。
時間の長さは関係ない。彼は、彼女にとって最良の相棒だった。
体のほとんどが光に変わり、もう顔だけしかない。そこでガミジンは言う。
「達成しろよ、一花」




