デート
「それでよ、腹ごしらえは済んだわけだがこれからはどうする?」
「そうだな」
行き先を決めてあったわけじゃないんだよな。探すというので理解は共有しているがそれ以外は漠然としている。探すといってもどこを探せばいいのか。
「それで思ったんだけどよ、せっかくこっちは人数がいるんだ。全員で探すよりも手分けした方がよくないか?」
「それは」
星都はそう言うが正直反対だ。というのも躊躇ってしまう。
「言いたいことは分かるがそれは危険だ。探しているスパーダが友好的とは限らないんだし。他のスパーダが襲い掛かってくるかもしれないんだぞ」
「それはそうだけどよ」
星都は腕を背もたれに乗せ顔を逸らしている。どうもピンときていない感じだ。
「お前の言う通り今も他のスパーダが狙ってるかもしれない。探し出せても無事にことが進むかは分からない。でもいきなり戦闘なんてなるか? 期限までまだあるんだろ?」
「でもだな」
俺としてはどうしても管理人に襲われた印象が強くて警戒してしまうんだが、星都や力也にはそうした経験がないんだよな。だからいまいち命の危険というか、そういうのが薄いように感じる。それか俺が警戒し過ぎなのか?
「じゃあこうしないか? なにも一人になる必要はない。ちょうど四人いるんだ、二手に分かれるっていうのは? 効率は二倍。おまけに二人いるから相手が一人なら優位に立てる。どうだ?」
「それは」
確かに全員固まって探すのは非効率的だ。日にちは限られているんだし早いとここ見つけ出したいというのはある。
「星都の言うことも一理ある。それならいいかもな。沙城さんは?」
「そう、だね」
沙城さんは顎に手を当て考え込んでいたが顔を上げた。
「戦力の分散に不安は残るけど時間が有限なのも事実。二手に分かれての捜索は現実的だと思う。ただ無理は禁物だよ。もし戦闘になったら通信機器は使えなくなるだろうし、そうなったらすぐに撤退。駅前で集合することにしましょう。時間も五時までで、とりあえず駅前に再集合。どうかな?」
俺は星都と力也の顔を見る。反対意見はなかった。
「決まりだな」
これから二手に分かれてスパーダの捜索だ。
「それじゃあペアだけど」
別に俺は誰が相手でもいいんだが、気になるのは沙城さんだよな。星都や力也も悪いやつじゃないんだがいきなり二人きりは緊張するか。
「沙城さん、よければ俺と組もうか?」
「うん」
沙城さんは嬉しそうに頷いてくれた。自分からじゃなかなか言い出しづらかっただろうし助かったかな。
「ヒュー」
「茶化すな星都」
「大丈夫だよ、星都君には僕がついてるんだな~」
「止めろぉお! なに慰めるようなこと言ってんだお前は、俺が惨めみたいじゃねえか!」
「星都。明日はきっと晴れるから」
「ああ!? 今も晴れてんだろうが!」
「ははは!」
「三人って本当に仲がいいね」
やることは決まったので俺たちはとりあえず店の外に出た。星都は力也を連れて面白くなさそうにどこかに行ってしまった。俺たち二人が店の前で取り残される。
「えーと……」
「…………」
いざ二人きりになるとなんか緊張するな。
「沙城さんからリクエストはある? 俺は別にどこでもいいんだけど」
「うーん、特にはないかな。私は、この町のことよく分からないから。聖治君に案内してもらえたら嬉しいな」
「それもそうか」
そうだよな、ここは男らしく俺がしっかりしないと。
「じゃあ案内するよ。ただ、楽しいかどうか自信は持てないんだけど」
「聖治君と一緒ならどこだって楽しいよ」
はにかんだ笑顔が可愛い。
「あ、えっと。じゃあ、こっちだから」
俺は沙城さんと並んで歩き出した。なんだか沙城さんは楽しそうで見ていて俺も嬉しくなる。
なんでだろうか。彼女と一緒にいるとほっとする。それでいて楽しい。出会ってまだ間もないのに彼女には不思議なことばかりだ。湧き上がる興奮に俺は気合いを入れた。
よし。それじゃあまずはどこに行こうかな。
とりあえず思いついたのはカラオケだった。二人でカラオケの部屋に入る。小さな部屋だったけどテレビ画面とリモコン、テーブルの上には分厚い曲引きの本が置いてある。
カラオケは星都や力也とたまに行っている。それにカラオケなら女の子だって好きだろうし。
沙城さんは部屋に入ると物珍しそうに部屋を見渡していた。
「カラオケ、か」
「あ、もしかして沙城さんカラオケ苦手だった?」
しまった、早速間違えたか?
「ううん! ただ、すごく新鮮だったから」
「そうだったか。ちなみによく行く場所とかはあったの?」
「うーん、私の時はどんどん娯楽産業は廃れていったから、あんまりお店で遊んだ覚えはないんだ。でも、だからすっごく楽しみ。なんだかドキドキしちゃうね」
そうだったのか。でも、それならなおさら案内のしがいがあるってものだ。
「他にももっと案内するさ」
「うん!」
俺は彼女の隣に座り使い方を教えてあげた。まずは最初に俺が歌い次に彼女の番になる。が、沙城さんはカタログを見たまま俯いていた。
「沙城さん、どうかした?」
「…………知ってる曲がない……」
「…………」
それはどうしようもないな……。
カラオケで歌った後は一緒に映画を見に行った。アクションものの映画だったけれど初めて映画を見る彼女は興奮しっぱなしだった。その後はウインドウショッピングをしていろいろな場所に行った。その度に驚いたり興味を示したりしてくれるものだから案内する俺の方まで楽しい。なんかこれじゃスパーダ探しなんだかただ遊んでいるようだ。それくらい俺たちは自由に遊びまわっていた。
ファミレスから出て数時間後、俺たちはゲーセンに立ち寄っていた。俺の前ではぬいぐるみが入ったクレーンゲームを沙城さんが必死に挑戦している。
「もう少し……もう少し……」
クレーンを慎重に動かしていく。クレーンは下がっていきぬいぐるみを掴むが残念、ぬいぐるみは倒れるだけで掴むことはできなかった。
「あああ~!」
盛大に悔しがっている。
「もぉう、あと少しだったのに!」
「はは。沙城さん、次は俺がやるよ」
沙城さんに譲ってもらいクレーンゲームの前に立つ。硬貨を入れてクレーンを動かした。だいたいここら辺かな?
「聖治君? そこだと届かないよ」
「まあ、見てて見てて」
クレーンはぬいぐるみよりも少しズレたところで下がっていく。これではぬいぐるみは掴めない。でもこれが狙いで、アームが動いたことでぬいぐりみがひっかり、そのまま穴に落ちていった。
「あ」
俺は落ちてきたシロクマのぬいぐるみを取り出し口から手に取った。
「な」
それを彼女に見せてやった。
「すごい! 聖治君にこんな特技があったなんて!」
沙城さんは驚くも写メを取り忘れたと悔しがっている。
「俺もうまい方じゃないんだけどな、以前星都が転売目的で乱獲してるのを見たことがあってさ。結局うまくいかなくて散財してたけど。これはうまくいってよかったよ。はい、これ」
「もらってもいいの?」
「俺が持ってても仕方がないさ」
俺はぬいぐりみを沙城さんに渡してあげた。かわいいけど俺の趣味じゃないし。沙城さんが持ってる方がこのクマだって嬉しいだろう。
ぬいぐるみを受け取り沙城さんは笑ってくれた。
「ありがとう! ずっと大切にするね」
「はは。喜んでくれてよかったよ」
それからせったくなのでプリクラに入り写真を撮った。やり方を沙城さんに教えてあげて、撮った写真にいろいろ書き込んだ。けっこうはしゃいでいて本当に楽しんでいる。
「見て見て! これすごく可愛い!」
女子好みの背景やスタンプに飛び上がる勢いだ。
「沙城さん、これで最後だけどどうしよっか」
最後の写真だけどなにを書き込もうかな。
それで聞いてみたんだが、沙城さんは考えると一旦落ち着いた。
「屋上で言ってくれた言葉、覚えてる?」
「ん? どれのこと?」
いろいろ話してたからな、どれのことか咄嗟に分からない。
沙城さんは俺を見つめてきた。
「ずっと、一緒にいるって」
彼女のスパーダ探しを手伝うと言った時、俺は覚えのない約束を口にしていた。一人にしない。なんでだろ、今でも不思議だけど、あの時は本当にそう思ったんだ。
彼女を守らなくちゃならない。誰よりもそばで彼女を守り抜くんだって。
「書いてもいいかな?」
そう聞く沙城さんは少しだけ真面目で、真剣な感じがした。
「ああ」
俺が言うと画面に書き込んでいく。それから少し躊躇う仕草を見せた後、赤い線で俺と自分の指を繋いだ。よく見ると小指だった。
彼女の顔を見る。沙城さんは俺を見ると照れ笑いをしていた。
外に出てプリクラの写真を取り出す。二人で撮った何通りの写真がある。
「はい、これ。沙城さんの分」
「うん。ありがとう」
沙城さんは手に取るとそれを見て微笑んだ。なんだか大切な宝物でも見ているようだ。
「なんだか、すごいな」
「え?」
彼女は今出てきたばかりのプリクラを胸に押し当てている。そのまま目を瞑った。
「いいのかなって、思っちゃうよ。こんなに幸せで」
押し当てる手が強くなっていく。一枚のプリクラに、彼女はとても大きな思いを刻み込んでいるようだ。
「この場所に来てよかった。この日に来れてよかった」
そう言う彼女は本当に幸せそうで、楽しいとか、嬉しいとか、そういうのを超えていたんだ。この一時が特別なんだ。
そんな彼女の表情がふと暗くなる。
「どうして、ここじゃないのかな」
その後俺に振り向いた。その顔は、満面の笑みだった。
「ありがとう、聖治君。私、すっごく幸せ。人生で一番楽しかった」
輝いて見える。まるで、人生の幸せを凝縮したかのような笑顔だ。
その笑顔があまりにも幸せそうだったから、なんと返せばいいのか分からず俺は笑顔で合わせていた。
でも分かっていたんだ。
俺も、すごく幸せだったから。
この時がずっと続いて欲しい。この一瞬がすごく貴重なもので、永遠なんかよりも素晴らしいものなんだって。
彼女と一緒なら、地獄でも笑っていける。そう思えるくらいに。
少し迷ったけれど、俺は沙城さんに手を差し出した。彼女は迷うことなく手を握ってくれた。それが嬉しくて不安が一気になくなる。見つめ返してくれる彼女の瞳に微笑んだ。
今が、すごく幸せだ。
俺たちは一緒にゲームセンターから出た。そろそろ集合の時刻だ。街は夕焼けに染まっている。けっきょくスパーダの反応は見つけられなかったけれど、その分彼女とたくさんの場所を回れた。楽しそうな彼女をたくさん見れた。
それだけで、俺は嬉しかった。