ファミレス
翌日の昼、俺は新都で買い物とスパーダ探しのためこの町一番の水戸駅に来ていた。駅から出ると休日の昼間とあって人でごった返している。今日もいい天気だ。見上げるだけで頭が痛くなるようなビルがいくつも立ち並び大きな道路がはしっている。日の光がビルのガラスに反射して俺は手をかざした。人々の喧噪に放り込まれ一気に都会に来たっていう感じだ。その後スマホで時間を確認してみた。
集合は一応十一時だったんだが、五分前か。なんとか遅刻せずに着いたな。
駅正面には大きな時計塔がある。そこが待ち合わせ場所なので俺は近づいていくが、そこで見覚えのある姿が見えてきた。
「沙城さーん!」
俺が呼びかけると彼女は驚いたように振り向いた。
「聖治君」
振り返る動作で彼女の長髪がさらりと揺れる。
時計塔の下で他の人に混じって一人で待っていた。彼女らしい清楚で可愛らしい服装だ。制服姿も可愛いと思うけど私服もいい。
「さきに来てたんだ。迷わなかった?」
「実は、ちょっと早めに家を出たんだ。だから三十分も早く着いちゃった」
「三十分!?」
それってアニメ一回は見れるよな? 沙城さんは「あはは」と笑っている。
「まったく。それだとしっかりしてるんだかおっちょこちょいなんだか分からないな」
「そんなー。遅れないために早く来たんだがしっかりしてるよぉ」
「どうだろうな。しっかりしてる割には無駄が多いんじゃないか?」
「むぅ」
「ははは」
なんだろ、彼女とはそんなに話していないけどなんだか一気に親しくなれた気がする。
するとちょうど星都と力也も着いたみたいで俺たちに向かってきた。
「おーい。全員揃ってるな」
「おはよう、聖治君。沙城さんも」
「うん。織田君おはよう」
「遅いぞ二人とも、俺たちがどれだけ待ったと思ってるんだ」
「ん? なんだ、時間はちょうどだろ? どれだけ待ったんだよ?」
「ちょっと聖治君!」
「俺は五分。そして彼女は三十分だそうだ」
「三十分!? おいおい、時間を間違えたのか?」
「もーう! それでいいです!」
「はっはっはっは!」
「???」
「沙城さん、ごめんねえ。もっとちゃんと伝えればよかったね」
「ううん、織田君は悪くないの」
沙城さんが下を向いている。そのまま俺をジト目で見上げてきた。
「聖治君ってけっこういじわるだよね……」
「ごめんごめん」
彼女の反応がいいからついからかってしまった。
「それにしても三十分って、暇だったろ? 立ちっぱなしで大変だったんじゃない?」
「ううん。そんなことないよ」
彼女は道を行き来する人々に目を移す。
「大勢の人がいる。それにきれいな街。聖治君が来るまでずっと眺めてたんだ」
「それは」
以前彼女が話していたことを思い出す。
「平和って、こと?」
「うん」
昇降口の下で彼女は言っていた。平和はとても貴重で、今あるこの平和は当然のものじゃないって。日々が恐怖で、生きることが怖かったとも言っていた。
「こんな大勢の人が歩いてるとこ、久しぶりに見た」
彼女にとって、こんななんでもない光景も特別に見えていたのか。
そこで星都が俺に近づいてきた。
「なあ、あいつはどんな田舎から来たんだ?」
おい、聞こえるぞ。
「ちょっと! 聞こえてるんですけど!」
やっぱりだ。
「ほら星都、失礼なことを言うから沙城さんが怒ってるだろ」
「んだよ、お前が最初にいじったんだろ」
「覚えてないな」
「んだとてめえええ!」
そうこうして俺たちは全員揃ったこともありデパート内にあるアウトドア用品の店を訪れていた。店内には展開済みのテントが置かれ他にもバーベキューに使われるコンロを家族連れのマネキンがこれもまたアウトドアの服装をして囲んでいる。
「へえ、いろいろあるもんだな」
「そうだね」
こうして入り口で見渡すだけでいろいろな品が目に入ってくる。本当なら楽しいピクニック用品なんだがそういうわけにはいかない。俺たちは気を引き締めていないと。
そう思っていると俺の横を沙城さんが小走りで通っていった。
「へえ、なんだろこれ」
あれ、意外にも沙城さんが食いついている。棚に並べられた道具を興味津々に見つめていた。
「あー、こういうのがあれば便利だったなぁ。温かいものって貴重だし」
なんだろ。後ろから覗いてみると保温機能のある水筒だった。
「おい見ろよ力也、これすごくねえか?」
「そうだねぇ」
「……なんでお前らまで楽しそうなんだ」
二人まで便利グッズにはしゃいでいる。ピクニックじゃないんだぞ。
「まったく」
呆れるが、まあ、ピリピリしているよりはマシかもな。俺は改めて三人を見る。最低限の緊張感は持ってないといけないが、今はまだこれでいいか。
「おい、物色するのもいいけどそろそろ買うのを決めろよ。懐中電灯一人一つだからな」
俺も自分の分の懐中電灯を選びあとコンパスや充電器。その他をレジで精算した。その後で店を出る。
「さて、買うものは買ったがこれからどうしようか。俺たち以外のスパーダを探さないといけないわけだけど」
「それにしても手探りだろ? どこから探せばいいか分からないんだ。それなら先にメシでも食いに行かないか?」
「食事か」
集まったのが十一時だから言われれば昼食の時間だな。
「それもいいか。行く場所が決まってないなら飲食店でもいいわけだし。俺は賛成だけど二人は?」
「私はそれでいいよ」
「僕も。お腹すいたんだな」
「場所はどうする?」
「ファミレスでいいだろ。ここの一階上だぜ」
「それでいいか」
そうと決まり上にあるレストランに入る。この時間帯なので混んでいるがなんとか座ることが出来た。四人が座れるテーブルに案内される。
「ファミレスか~、すごい久しぶり」
「沙城さんはあんまりファミレス行かない?」
「え?」
隣に座っている彼女に聞くと驚いたように俺を見てきた。
「あ、うん。あるにはあったけどどんどん潰れちゃったから。最後に行ったのはいつだったかな。ファミレスなんて高級店で興奮したな~」
彼女はほんわかした笑顔で宙を見上げている。
「…………」
「…………」
「なあ相棒、田舎から来たんじゃなくてジャングルから来たんじゃないのか?」
「ちょっと!」
「そうだぞ星都、きっと彼女はえーと……俺たちの知らないいいところから来たんだ」
「もう!」
「と、とりあえずメニューを決めよう、な?」
「むぅ~」
俺は立てかけてあったメニュー表を渡す。沙城さんはまだ俺を横目で睨みつけていたがしぶしぶメニュー表に目を下ろしてくれた。
「うわ! なにこれ」
「ん? どうかした?」
なんだろ、別に変なのはないはずだけど。
「すごい! メニューがたくさんある。ハンバーグからパスタ、定食まで!? 全部が揃ってる!」
「…………」
「…………」
「星都! なにも言うなよ?」
「安心しろ。俺だってこんなインターバルで面白いこと言えねえよ」
「沙城さんが嬉しそうで僕も嬉しいんだな」
「優しいのは織田君だけなんだね……」
なんかしみじみ言ってる。
とりあえずメニュー表は沙城さんが熟読しているから俺たちは別のメニュー表で決めていく。
「じゃあ俺はこのミックスグリルとライス。あとフリードリンクでいいかな」
「フリードリンク?」
「ドリンクの飲み放題のことだよ」
「飲み放題!?」
「いやいや、そんな驚くことじゃないよ。たいていどこにでもあるし」
「どこにでも!?」
「すげーな、そのリアクションどこで習ったんだよ」
「沙城さんファミレスに来てからびっくりの連続だね」
「うん、まさかこんなに驚くなんて思ってもみなかった。あと皆森君と聖治君はそんなにからかわないでよぉ」
「驚くお前が悪いんじゃねーか」
「もう! だって仕方がないじゃんか」
「はいはい。沙城さんは? 注文するのはもう決まった?」
「あ、えっと、もうちょっと待ってて!」
沙城さんはすぐにメニュー表を見るとあれでもないこれでもないと選んでいる。穴が開くほど凝視しているな。一応俺たちは決まったから沙城さんを待つがなかなか決まらない。
「うーん、こっちもいいけどこれならエビフライも付いてくるんだよね。でもこっちは目玉焼きが乗ってるのかぁ。うーん、それならやっぱり…………でもパスタもいいんだよなぁ」
「どっちだよ!?」
「なあ沙城さん、俺のミックスグリルにもエビフライ乗ってるし、それあげるよ」
「ほんとに!? じゃあこっちにしようかな」
「もう全部頼めよ」
「そんなに食べきれないんだな」
とりあえず沙城さんも決まったようだな。ボタンを押すと女性の店員が来てくれた。
「ご注文はなんでしょうか?」
「あの、この目玉焼きとチーズのダブルハンバーグと海藻サラダ、あとカルボナーラをください」
「ほんとに両方頼むのかよ!」
「今ならスープバーが付くランチセットがおすすめですがどうしますか?」
「スープバー?」
「スープの飲み放題です」
「飲み放題!?」
「ああ、気にしないでくれ。彼女ユーチューバーなんだ」
「ユーチューバーって?」
「な? 完璧なリアクションだろ?」
「あはは……」
困ったように愛想笑いしている店員さんになんとか注文を終え、しばらく話していると料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。目玉焼きとチーズのダブルハンバーグとカルボナーラです」
「うわあ」
まるで子供がお子様ランチを見たように喜んでいる。すごい、目が輝いているってこういうことを言うんだな。
俺たちの料理も揃い全員で手を合わせる。
「いただきます」
目の前の鉄板にはハンバーグとエビフライ、サイコロステーキが乗っている。写真で見るよりもうまそうだ。早速ナイフとフォークを持ち切り分けていく。間からこぼれる肉汁と鉄板の上で弾ける音が食欲を誘う。ハンバーグをカップに入ったソースに付け口に入れた。
「うん! うまい」
ファミレスのハンバーグだけど十分うまい。すぐにフォークでライスをすくって口に放り込んだ。
「どう沙城さん、おいしい?」
メニューを見ただけであんなに感動していた彼女だからな、どんなリアクションをするんだろうか。
「もぐもぐ! もぐもぐ! ごっくん! もぐもぐ!」
なるほど、そうくるか。
「ファミレスの料理をカニのように食ってるぞ」
「それはまたたとえが違くないか?」
「おいしそうに食べてて見てて気持ちがいいんだな」
「てか力也も量でかいな!」
隣ばかり気にしてたから分からなかったけど力也もすごいたのんでるぞ!
「なんでハンバーグステーキとライスがあるのにピザとからあげ定食があるんだよ! ライスとごはんで被ってるだろ!」
「重なっててもおいしいんだな~」
「マジかよ」
「こいつは昔からこういうやつだぞ」
そうだったのか。学食とかでよく食べてるのは知ってたがこんなに食うやつだったとは。
そんなこんなで俺たちは食事を進めていった。俺は自分の分を食べ終えコーヒーを飲んでいた。星都や力也も食べ終え飲み物を飲んでいる。力也のやつ、本当に一人で全部食べたな。
「ん?」
ふと隣を見てみる。そこでは箸の止まった沙城さんが俯いていた。まだテーブルにはダブルハンバーグの片方があるが。
「…………」
「…………」
「あの、沙城さん」
「…………」
「もしかしてだけど」
「…………」
「お腹いっぱい?」
「…………」
「…………」
「…………うん」
彼女は小さく頷いた。とても申し訳なさそうだった。
とりあえず残すのはもったいないので少し分けてもらったんだが俺もお腹に余裕がなくてぜんぜん食べれなかった。どうしようか。でもまずいと思ったがそんなことはなかった。そう、力也が全部食ったのだ。
「ふぅ、おいしかったんだな~」
怪物かよ。