香織が、二人?
「ここか」
俺はビルの合間を通り開けた場所に来ていた。中央にはビルがあり反応からここで間違いない。
ここに香織をさらった悪魔がいる。そのことに一層緊張が高まるがそれとは別にここは変だった。
中央にあるビルの周辺、そのすべてのビルが倒壊していた。土台だけ残して瓦礫すらない。ビル街というジャングルの中ここだけがぽつんと開けている。
明らかに激しい戦闘があったと分かる。それだけじゃない。ビルの周りには悪魔の死体すら横たわっていた。ふと顔を動かすと離れたビルにもたれかかって死んでいる巨大な悪魔もいる。
どういうことだ? ここでいったいなにがあったんだ?
分からない。不気味だ。でも立ち止まっていても仕方がない。
中央のビルに俺は近づいていく。ビルは途中から上がなくなっており以前はタワーマンションか高層ビルだったと思うが四階までしかない。
俺は覚悟を決め正面から入り階段を上がっていった。
暗い建物内を歩いていく。一段上がるごとに緊張感が増していく。やつに近づいているのが分かる。重苦しいほどのプレッシャーが全身に圧し掛かってくる。まるで息が止まっているようだ。
俺は階段を進むが光が見える。出口が見えた。光の入り口に向かって突き進む。
そして水中から顔を出すように、俺は最後の階へと足を踏み入れた。視界が晴れる。
そこに、悪魔はいた。
広い建物内だが壁は一切なく痕跡だけでフロア全体が一つの広場となっていた。だだっぴろい屋上みたいだ。その中央に悪魔はおり、一つだけあるソファの上には香織が座っていた。彼女の前方にはディンドランが浮かんでおり彼女を桜色の光が覆っている。眠っているのか意識はない。だが、それよりも驚いたのは、
「香織が、二人?」
ソファの隣、その床にもう一人の香織が横たわっていたのだ。
どういうことなんだ? どうして香織が二人いる? どういう状況なんだ?
悪魔は椅子に座った香織の前に立ち彼女を見下ろしている。襲う素振りはないがそもそも香織は無事なのか?
「おい、お前!」
悪魔がゆっくりと振り向く。二メートルはあるだろう黒い体が俺を見る。
「香織になにをした、彼女を返せ!」
「…………」
返事がない。ただじっと俺を見ている。
「フゥ……フゥ……」
ここからでも悪魔の息づかいが聞こえてくる。ただ立っているだけなのにどこか疲れたような呼吸だ。
「ウウ……ウウ……」
それだけでなく鋭い口からうめき声が漏れている。片手を頭に当てた。
「ウウウ、ウワアアアア!」
悪魔の雄叫びが上がる。暗闇の空に向かって悪魔は破裂するような声で叫んでいた。
背後にスパーダが現れる。四本のスパーダが浮かびその手にはパーシヴァルを握っている。
「やるつもりか」
俺もホーリーカリスを構えた。この悪魔を倒さなければ香織を取り戻すことはできない。
やらなければならない。
覚悟を決め、俺は走った。
悪魔のスパーダも俺に反応しエンデュラスが宙を走る。能力を使ったそれは弾丸すら速い。
すぐさに俺もエンデュラスを発動して迫るスパーダを弾いた。次に左右にミリオットとカリギュラが動き光線とカリギュラを同時に発動してきた。黒い霧が波のように俺に押し寄せピンポイントでミリオットが狙ってくる。それをディンドランの壁で守りながら前進していく。
そこへ撃鉄が待ちかまえていたかのように振られる。桃色から緑色に変えホーリーカリスを打ち付ける。
「ぐうう!」
重い。このままじゃ他のスパーダにやられるッ。
俺は斥力で撃鉄を押し返し黄色に変更、撃鉄を払い退けた。触れた異能を無効化する能力で撃鉄が地面に落ちる。
その隙に他のスパーダが襲いかかってきた。周りを飛ぶスパーダが厄介だ。今度は俺がカリギュラを発動して牽制する。
そしてついに悪魔の前にたどり着きホーリーカリスを振り下ろした。
俺のホーリーカリスと悪魔のパーシヴァルがぶつかり合う。
「なぜお前がスパーダを持っている!?」
「ウウ……」
「お前が持ってていいものじゃないんだよ!」
仲間のスパーダをよりにもよって香織をさらった悪魔に使われるなんて。それも神経を逆撫でしてくる。
悪魔がスパーダを振り抜き俺は後ろに下がった。
悪魔の背後には依然と香織が眠っている。せっかく日常に戻れたと思っていたのに、こいつらのせいでまたも壊された。
「ふざけんな!」
怒りが口を衝く。胸の内から抑えきれない思いがわき上がってくる。
「なんなんだよお前等は!? どうして、どうしていつも俺たちの邪魔をする? なぜお前等に襲われなくちゃならない? お前等のせいでめちゃくちゃにされた。それでも頑張ってここまできたのに、今度は香織をさらうって? いい加減にしろよ!」
何度、俺たちは悪魔によって人生や生活を引き裂かれなくちゃならない。せっかく手に入ったと思った生活もこいつのせいで壊されようとしている。
「だがな、何度来たって香織は渡さない。香織は絶対に、俺が守る!」
ホーリーカリスを握りしめる。この戦いに勝って香織を助けるんだ。絶対に!
その、時だった。
「カオリ……?」
「しゃべった?」
聞き間違いか? いや、そうじゃない。今までうめき声や叫び声しか発しなかった悪魔が初めて言葉を出した。
「カオリ……マモル……」
大きな体を丸め片手を頭に当てている。苦しそうに表情を歪めた。
「カノジョ、ダケハ。カノジョ、ダケデモ。カオリ」
「お前」
単に俺の言葉を反復しているだけじゃない。香織に対して思い入れがあるのか? その深さが声から伝わってくる。でもなんでだ?
「お前は、いったい何者なんだ? なぜ香織をさらった?」
「グウウウ……」
悪魔のくせに香織を守ると言う。理由は分からないし意味も分からない。なにより、こいつは悪魔だ。
彼女をさらうのであれば、俺の気持ちは変わらない。
「なんであろうと、彼女は返してもらうぞ。俺の、最も大切な人だからだッ」
大切な人を奪われた。それを取り戻す。誰が相手だろうが関係ない。
俺はホーリーカリスと共に走り出した。その先にいる香織を助けるために。
悪魔と、激突した。
互いにスパーダをぶつけ合う。絶対に助けるんだという思いを糧にみんなの力を使っていく。
対して悪魔は浮かべた四本で攻め、手に持つスパーダで守るという戦法だった。実体を持たない俺では同時使用も複数顕現もできない。だから手数は相手の方が多いが能力の数なら俺の方が上だ。手数で押されそうになる度ディンドランの盾で防ぎ攻勢に転じる。
互いに相手の能力を知っている。俺たちの戦いは互角だった。
「ゼッタイニ、マモルトチカッタ。タトエ、ドレダケカカロウト」
悪魔から焦りが見える。その分攻めが苛烈になっていく。五本の剣が暴れ回り俺だけでなく周囲まで破壊していく。五つの能力の暴威。破壊の剣風、その中心となって君臨している。
「セカイハイラナイ。ジンルイハスクワナイ。ソンナモノニカチハナイ」
強い。多種多様な攻撃。すぐに適応してくる多彩な能力。なにより、俺にぶつかってくる強烈な想い。
すべてが、強かった。
「カノジョダケハ、タスケルトキメタンダァアアア!」
悪魔が黄色いスパーダからミリオットに持ち変える。光る刀身の剣先を俺に向け、四方に浮かぶスパーダも輝いている。
能力の同時使用、五色の光線か!
ミリオットから一条の光が放射される。それぞれの能力を備えた光線が迫り来る。
すぐさまディンドランの盾を展開した。一色の盾が五色の光を受け止める。
「ぐう!」
すさまじい威力だ。盾ごと吹き飛ばされそうになる。衝撃が全身を貫き魂まで燃やされそうだ。
エンデュランスの高速に加え撃鉄の力。さらに触れたものを消滅させるカリギュラと異能を無効にする能力。弱いわけがない。普通なら負けていた。
だが俺のディンドランは七段階に達している。悪魔は五本しか持っていない。
この一色は一本じゃない。みんなの絆が紡いだ集合体だ。
押しつぶされそうな重圧を耐え、ホーリーカリスに力を入れる。
耐えてくれ!
「うおおおお!」
「グオオオオ!」
互いの能力がぶつかり合い、この場が光に包まれた。
音が、なくなった。
一瞬の出来事。色と音が世界からなくなり、波のように押し寄せる。そこには膝を付く俺と悪魔がいた。
なんとかだが防げたようだ。体に残った疲労が強烈だったことを物語っている。相手も全力だったんだろう、俺と同じように大きく息を吐いている。
俺たちは相手を見ながらすぐに立てないでいた。
すると後ろから放たれる桃色の光が見えた。




