楽しい昼食
「それだと豚キムチだとキムブタになるのかな」
「え、豚キムチはBKだよ?」
え?
「なあ、それっておかしくないか? だって」
「もーう、聖治さん分かってないな~」
日向ちゃんがこれ見よがしに言ってくる。分からねえよ。どういうことだよ。
「こういうのは理屈じゃなくてフィーリングなんだって」
「そうなのか」
「そうなの」
日向ちゃんは自信満々に言っている。どうも俺には女子高生のノリはまだ難しいようだ。
そうしていると香織が日向ちゃんの弁当を開いた。
「此方ちゃんのお弁当はコロッケ? おいしそう」
「そうそう。此方ちゃんのお弁当はコロッケ? おいしそう」
「昨日いっぱい作ったもんねー」
「あんなに手間かかるのに一食分だけなんて時間の無駄でしょ」
「いいなー、手作りのコロッケってそれだけでおいしいよね」
「マジそれ! できたてめっちゃおいしかったよね?」
「まあ、味はよかったわね」
香織の弁当にはコロッケが三個入っている。色もいいしおいしそうだ。二人でコロッケを作る場面が容易に想像できる。きっと日向ちゃんがはしゃいでいるのを此方が注意しながら作っていったんだろう。二人の楽しそうな調理姿が目に浮かぶ。味もいいそうで此方もまんざらでもない様子だ。
それに比べ俺は香織の手作り弁当とはいえ実質なにもしていないし星都は売店のパン、力也もコンビニ弁当二つだ。
「おーおー女子力の高い会話だぜ。おう力也、俺たちは筋トレの話で対抗しようぜ」
「なんの対抗なんだなぁ」
まったくだ。気持ちは分からんでもないが。
「そうだぞ星都、そんな話より車の話をしよう」
「男子力たけーな」
「それなら僕は肉の話がしたいんだな」
「それもありだな」
「え、肉の話なら私も入りたいんだけど」
日向ちゃんが食いついてきた。肉の話だけに。
「駄目だ駄目だ、これは男の話だ。女はむこういってろ」
「えー、いいじゃんか私もお肉好きだもん!」
「お前はそのまま女子力高い話してればいーじゃねえか。お洒落なサラダやスイーツで盛り上がってろ」
「そういうのセクハラなんですけどー?」
「ケッ。相棒、お前からも言ってやれ」
「日向ちゃんはハンバーグとステーキだったらどっち派?」
「このヤロォオオオオ!」
「がああああ~」
星都が俺の首を絞めながら前後に振ってくる。
「裏切り者がああ!」
「いいじゃねえかよ別に~」
「ちょっと、そこ止めなさいよ」
「そうだよ星都君、食事の時くらい静かにしないと」
「ったくよぉ」
星都の両手から解放される。あぶねえな、弁当落とすかと思ったぞ。
「やーい、星都さん叱られてやんの~」
「こいつ~……」
「うける~」
「てめえええ」
「あっはははは」
「あんたも挑発しない!」
「いたい!」
此方が日向ちゃんの頭を上から叩く。日向ちゃんは嘘泣きしながら頭をさすっていた。面白い力関係だ。
賑やかだ。みんなわいわいとしながら食事をしている。楽しい。この雰囲気の中にいるだけで幸せだった。
俺たちは食事を終えていた。今日も香織の弁当はおいしかった。本音を言えば此方たちのコロッケも気になってはいたんだが次の機会があれば交渉してみようか。
「そういえば日向ちゃんいつもこっち来てるけど友達とかにはなんて言ってるんだ?」
「ん?」
お茶を飲んでいる日向ちゃんがこっちを向く。
「俺たちの仲だから一緒に食事をするのは変だと思わないけどさ、知らない人からしたら学年が上の人たちに混じって昼食って不思議に思うんじゃないかなって」
「うん、よく言われる」
日向ちゃんはケロっとしている。あまり気にしていないようだ。
「お姉ちゃんの友達と一緒に食べてるのもうみんな知ってるし。仲いいね~って」
「そうか」
普通先輩の中に混じって食事なんて抵抗があるもんだが俺たちにそんなものはない。日向ちゃんの性格もあるんだろうが仲がいい証拠だ。
「友達とはうまくいってるのか? 最初は戸惑っただろう」
日向ちゃんもそうだが此方ももともとはここの生徒じゃなかったんだ。突然ここの学生になり見知らない人たちに囲まれ、なおかつ友人らしき人たちからはそれが当たり前のように接してくるのだから驚いたはずだ。二人もそれは言っていた。いきなり知らない人に話しかけられたって。
「いや~、びっくりしたよね。いきなり話しかけてくるから誰? って思ったよ」
「なんていうか、あんたの気持ちがようやく分かったわ」
「だろ?」
いきなり人間関係がリセットされて始まるっていうのはキツいんだよ。
「おまけにあんたは友人だった人が初対面になってたんだからなおさらだろうし。今更だけど、よくやってたわよね」
「そうしなきゃならなかったからな」
俺も戸惑ったし辛かったけどやらなくちゃならなかった。仕方がなかったんだ。
「此方はどうだったんだ? やっぱり大変だったろ?」
「正直慣れないわね。初対面なのに普通に話しかけてくるのよ? 相手は私のこと知ってるかもしれないけど私はぜんぜん知らないから話を合わせるのも大変だし。相づち打ったりなんとか合わせたりで大変だったわ」
分かる。私たちは初対面で友達ではありません、なんて言うわけにもいかないし。そうするしかないよな。
「日向ちゃんはどうだった? 大変だったろ?」
「私? 私はいぇーいって感じで乗り切ってたよ?」
「マジかよ……」
すげーな。なんだよそれ。無敵かよ。
「よくそれでいけたな」
「まあ私の友達だからね」
すげー説得力だ。
「まあ、今ではうまくやれてるようでよかったよ」
「うん。みんな楽しいし新しい学校生活もレッツエンジョイって感じ」
「まあ、そこは私も問題ないかな」
「そうか」
二人とも馴染めてきているようでよかった。それは少し心配だったからな。それについて大丈夫そうで安心できた。
「二人がうまくいってるようでよかったよ。問題は」
現状の生活に支障はない。なら俺たちに残された問題は一つしかない。
「これからどうするかだな」
俺の一言でこの場の雰囲気が引き締まった。それは俺だけじゃない、みんなが抱いている共通の問題だからだ。
「うん。問題はそこなんだよね」
香織が続けて言う。
「セブンスソードは終わった。けれどまだ解決していない問題がある。このままじゃ間違いなく未来は現実のものとなる。それをなんとかしなくちゃならない」
香織の表情は真剣だった。彼女の言葉に内心で頷く。
悪魔による侵攻。それによって未来では人類は滅亡した。それをこの世界でも起こしてはならない。
「で、具体的にどうするかだ」
そこで星都が話し出した。
「このままだと大変なことになるのは分かっている。だがどうすればいいのか、それが分からねえ。この世界には七本のスパーダがある。侵攻してきたなら戦うつもりだ。前の世界の時よりうまくやれるだろう。だがだからといってなにもせず待ってることはない。備えが必要だ」
前の世界ではスパーダが欠けていた。今回はみんながいる。だから最低限は満たせているが俺たちにはそれ以上が必要だ。
「悪魔の数は膨大だ。そして単体での戦力は人間を大きく越えてる。俺たち七人でどうにかなる数じゃない」
「となると、仲間を増やす必要があるな」
単純に数で負けているんだ。なら俺たちも増やさなければならない。
「そういうことだ。悪魔の侵攻、これに対抗できる人を見つけること。そして協力体制を築くこと。それが目下の目標だろう」
「でも星都さん、仲間を見つけるってどうやって?」
「そこなんだよなー」
星都が背中を反り青空を仰ぐ。なんでもいいからアイディアが欲しいが見上げる先には雲が浮かんでいるだけだ。
「警察とか政府に言ってみるっていうのはどうかなぁ?」
「聞いちゃくれないだろ。ガキのいたずらさ」
「やっぱりそうだよねぇ」
ダメもとで言ったんだろうが力也も残念そうだ。
「そもそも私たち以外にいるの? 対抗できるやつなんて」
「俺が知ってる範囲だと魔卿騎士団。それ以外だと」
此方が聞いてくる。俺は顎に手を添えかなり前香織が言っていたことを振り返っていた。
「以前香織が言っていたことなんだが、この世界にはゼクシズと呼ばれる組織があり、その内の一人が魔卿騎士団の前団長。他には悪魔召喚士を率いる秩序の指輪。魔術師の集団である週末の図書会。それぞれの首領が所属しているらしい」
「そういえばそんなこと言ってたな」
「えーと、みたいだね。その頃のことはもう覚えてないんだけど……」
以前の香織は本当にいろいろなことを知っていたよな。今更だがもっと聞いておけばよかった。




