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【書籍化決定】セブンスソード  作者: 奏 せいや
1/499

プロローグ 滅び行く人類

 西暦、2035年。人類は滅亡した――


 この世界には生きる希望も、救う価値もないのかもしれない。

 曇天の空を見上げながらそんな空しさを感じていた。

 汗臭さと汚れの目立つ学生服が目に入る。前まで高校二年生だったのに今ではホームレスだ。だがそんなことは現代いまや珍しいことじゃない。みんな同じなんだ。


聖治せいじ君?」


 隣にいる女の子に呼ばれゆっくりと振り向く。

 沙城香織さじょうかおり。俺と同じ高校二年生で彼女も学生服を着ている。背中まで届く桃色の髪。すらっとした体型に可愛らしい瞳が印象的な女の子。

 それが沙城香織。俺の恋人だ。


「どうかした?」

「いや」


 彼女から顔を正面に戻す。そこには大通りが広がっている。大きなビルにスクランブル交差点、必要以上にあるコンビニや最近数を減らしてきたレンタルビデオ店。

 見慣れたはずの町の風景は、すべて崩壊していた。


 大きかったビルは三階から先がなく、窓ガラスはすべて割れてなくなっている。停まっている車もフロントガラスに蜘蛛の巣のようなひびが入りボンネットはひしゃげ、車が走るはずの車道には紙切れや瓦礫が散らばっていた。


 これが、俺たちの暮らす町。俺たちの生きる世界なんだ。


「あそこのラーメン屋、うまかったんだけどな」


 以前行ったことがあるラーメン店が目に入る。味もいいしちょっとしたエピソード付きだ。


「ラーメン屋かあ。いいな、私も一緒に行ってみたかったかも」

「きっと驚くぞ。大盛りが無料なんだけどさ、有料でさらに大盛りにできるんだよ。そのエベレスト盛りっていうのがマジでやばくてさ、なんとか食い終わったけど破裂するかと思ったよ」

「ふふ、そうなんだ。私食べきれるかな?」

「香織なら一日掛かるんじゃないか?」

「ええー、そんなに~?」


 彼女の笑みに俺まで笑顔になる。

 こんな地獄みたいな場所なのに彼女はよく笑う。そんな彼女を見ていると俺も少しだけ明るくなれた。


「行こうか」

「うん」


 いつもより少しだけ強く、彼女の手を握る。

 足場の悪い道を歩いていく。歩道は建物が崩れていてほとんど歩けない。車道を歩くけれど放置された車や陥没していたりでまとまな道は一つもない。そんな道を、俺たちは二人だけで歩いてる。


「これからどうしようか?」


 ここにいてはいけない。漠然とした思いだけで足を動かしていく。


「青波区のシェルターは?」

「ううん。そこはもう駄目だって。避難先の人が言ってた」

「そうか」


 逃げ先はどんどんなくなっていく。国が当初発表していた安心や安全という言葉が懐かしい。この世界にはもうそんな場所は一つもない。日本だけじゃない。アメリカも、中国も、ヨーロッパも、ロシアも。中東だってやつらに襲われ陥落してしまった。襲撃がある度に避難先を転々として、俺たちの集団も移動の最中に襲われてしまった。香織の手を繋いで死に物狂いで逃げてこうして一緒にいられるのが奇跡的だ。ほかの人のことは分からない。できれば無事であって欲しい。


「みんな無事かな」

「無事だといいね……」


 香織は俯いている。寂しそうなその顔は言葉とは裏腹に真実を悟っているようだ。

 国連軍も、日本自衛軍も、頑張ってくれてはいたがやつらに負けてしまった。もう、俺たちを守ってくれる人はいない。

 俺が、彼女を守るしかないんだ。

 ぐぅー。


「!?」

「?」


 隣からお腹が鳴る音がする。見れば香織は耳まで真っ赤に染め俯いている。


「ははは。恥ずかしがることないだろ」

「だってぇ」


 こんな状況でお腹が鳴るなんて当然なのに。俺は気にしないけど、こんな時でも女の子だな、香織は。


「まずは食べ物を探さないとな」


 彼女もそうだが俺だってお腹は減っている。このままなにも食べなかったら殺される前に餓死だ。


「とりあえず食べ物がありそうな場所を探してみよう。まだなにか残ってるかもしれない」

「うん」


 俺は彼女の手を引いた。

 これといって目的地があったわけじゃない。あてどもなく歩き、周囲にめぼしいものがないか探していく。だけどどこも似たような場面が続き収穫はない。

 そのうち会話もなくなって、だんだん俺たちまで寂しい雰囲気になっていく。


「なかなか見つからないね」


 そんな空気を払うように、香織が小さく笑った。


「そうだな。でも、きっと見つかるさ」

「うん」


 俺も笑顔を浮かべて彼女の明るさに合わせる。


「そういえば以前の避難先でみそ汁が出たことあっただろ? あれ旨かったよな、野菜がたくさん入っててさ。その時の人が優しくて笑顔で渡してくれたんだよ。頑張ってねって。嬉しかったな」


 こんな世の中ではあるけれど人を思う気持ちまで死んだわけじゃない。形には残らないけれど、そうした気持ちが安らぎと共に嬉しくなる。


「ふーん」

「ん?」


 それは香織も同じだと思っていたんだけれどあまり喜んでいないようだ。いつもなら人の優しさとかそういうのに喜ぶのに。


「嬉しかった、かー。そういえばあの人きれいだったもんねえ」

「はあ!?」


 なに言ってるのこの人!?


「ちょっと待ってくれ、おかしいだろ! 俺はその人の気遣いっていうか優しさが嬉しかったのであって、べつに綺麗だったからじゃないよ」

「ほんとにー?」

「本当だって」


 どこを疑ってるんだ。なんだその目は。疑いの眼差しを今すぐ止めてくれ。


「じゃあ綺麗だとは思わなかった?」

「まあ、綺麗だとは思ったけど」

「やっぱり」

「ちがうよ!」


 なんでそうなる!? これとそれは違うだろ!


「あのなあ、何度も言うけどそういうのじゃないから。いちいち深読みしないでくれ」

「むう」

「そんな顔しても駄目だ」

「むうー、分かった」

「まったく」


 なんで俺がこんな目に。ただ場を明るくしようとしただけなのに。


「でも気をつけてよね」

「ん? なにがだ?」


 この状況で改めて気をつけることってなんだろう。香織は先回りすると俺にビシっと指を突きつける。


「聖治君カッコイイんだから。ボーッとしてるとどんな女が寄ってくるか分かったもんじゃないよ」

「あのなあ」


 呆れて言葉の続きがなかなか出てこない。


「どこを気にしてるんだ、あるわけないだろ」

「そんなことないよ!」


 止めてくれ、余計疲れる。


「聖治君は意識してなかったかもしれないけど、私の周りでも聖治君のことよく言ってる人多かったんだから」

「そうなのか?」

「ま、聖治君のことを一番推してたのは私だったけどね」

「なぜそこで勝ち誇る顔を?」


 その得意げな顔はなんなんだ。


「ねえ見て見てこの画像」

「ん?」


 香織はスマホを取り出すと画面を見せてきた。そこには体育の授業で俺がサッカーボールを蹴っている画像が映っていた。


「これめちゃくちゃかっこよくない? お気に入りなんだよねえ」

「ど、どうも」


 自分の画像を出されてもなんて反応すればいいんだ。


「あとはねー」

「他にもあるのか?」

「当然。聖治君ガチ勢としてはあらゆる場面のコンプを目指してるんだから」

「…………」


 ガチ勢ってなんだ。勢ってなんなんだ。


「登校中一人でスマホをいじってるところでしょ、トイレから出てきて手を洗ってるところでしょ」

「ん?」

「最近なんてこの寝顔が可愛くて」

「ちょっと待て」

 待て待て待て。

「なあ」

「ん?」


 ん? ではない。まさか本気で分かってないのか?


「これいつ撮ったんだ? てか撮っていいなんて俺言ってないぞ?」


 別に絶対嫌ってわけじゃないが少しは恥ずかしいしこういうのって付き合ってても相手に断りを入れてから撮るもんじゃないのか?


「…………」


 固まるな。


「とりあえずこれ消すぞ」

「ダメー! 私の大切なコレクションなの、お宝なの~!」

「知らん」

「ダメダメ、勝手に触らないでプライバシーの侵害だよ!」

「どっちがだ」


 よく言えたなその台詞。

 俺と香織でスマホの取り合いになる。

 その時だった。


「!?」


 どこかで羽ばたく音が聞こえた。すぐに香織の手を引き車の陰に隠れる。体を屈め周囲を見渡した。

 楽しい雰囲気は一転し、俺たちは恐怖に怯える子供になっていた。

 俺の手を握る香織の力が強まる。


「いる?」


 怯えた表情で俺の顔を見る。俺は車から顔を出し音の出所を探す。

 すると崩れたビルの先端に一羽のカラスが止まっていた。


「ふぅ」


 緊張していた体から息がこぼれる。


「大丈夫だ香織、カラスだ」

「ほんと?」

「ああ」

「よかったあ」


 香織も安心感から体の力が抜けている。そんな仕草がなんだか可愛い。

 俺は車から顔を出しもう一度カラスを見た。


「!?」


 瞬間、全身が雷に打たれたようだった。

 油断していた。目に映ったものに心臓が跳ね上がる。

 やつらが、いたんだ。


 ちょうど進行先にある街角、そこから出てきたところだった。

 二足歩行で歩く、黒い体。禿げた鳥のような体表をしており、足は太いのに両腕は赤子のように小さい。顔はカマキリのようで髪はない。背中にはコウモリのような翼があり赤い眼球を動かし、首をフクロウのように回しては周囲を探していた。


 これが、俺たちの敵。悪魔だ。五年前突然現れて人類を襲い出し、去年、人類はやつらに敗北した。今だって生き残った人たちを殺し回ってる。

 まずい。出していた顔を引っ込め香織に目だけでやつらがいることを知らせる。香織の顔が引きつった。


 体を屈め車と地面の隙間からやつを見る。ニワトリのように大腿部は太いが足は細い。隙間からはやつの足だけが見える。


 その足がこちらに近づいてきた。アスファルトを踏みつける音が大きくなってくる。時折キシャー、という鳥のような奇声を上げていた。


 徐々に距離が近づく。息を止めるのに心臓がばくばくとうるさい。

 そこで羽ばたく音が聞こえたかと思うと、新しい足が現れる。


「いたか?」

「いや、見つからない」


 ……喋ってる。

 甲高くて、かすれたような、耳障りな声だ。


「ここにはもういないんじゃないのか?」

「殺戮王の命だ、生き残りは許されない。仕事ができない者もな」

「分かっている」


 やつらはそれだけを話すと一体はまたどこかへと飛んでいった。幸い俺たちとは反対方向で音が遠ざかる。

 だけど、まだ最初の一体がいる。

 どうする? このままやり過ごすか? それとも逃げ出すべきか? でも見つかったら逃げきれない。

 カラン。


「!?」


 背後へ振り返る。見れば空き缶が転がっていた。風で転がったのか? 嘘だろ!?

 すぐに隙間から悪魔の足を見る。まずい、こっちに近づいてくる!

 このままじゃ二人とも見つかる。逃げるしかない。でもどうやって?

 分からない。どうすればいい? 


「う、うわああ!」


 声だ。でも俺たちじゃない。

 見れば離れたとこで男性が走り出していた。俺たち以外にも人がいたのか。

 その男を捕まえるため悪魔が羽ばたく。俺たちが隠れていた車を飛び越え男に飛びかかる。


 この隙に香織と一緒に車の反対側に移動した。悪魔は俺たちに気づいていない。


「やめろ、やめてくれぇええ!」


 車体を壁にして覗いてみる。

 男の人は俺たちとは別の車にしがみついていた。悪魔は羽ばたき足の指は猛禽類のようにするどく男の背中を掴まえ引き離そうとしている。


「聖治君」


 香織が助けを求めるように俺を見つめてくる。


「無理だ」

「でも」

「香織!」


 無理だ。助けられない。俺になにができる? 国連軍も自衛軍もやつらに殺されたんだぞ。それなのに、俺になにができる? 武器もない。戦う力なんてない。助けに行ったところで殺されるだけだ。


「いやだぁああ!」


 男の人が一際大きな声をあげた。悪魔は片足で男の頭を掴み、さらに尻尾が生え始めると刃のようにするどい先端で男の腕を切り落とした。


「ぎゃああああ!」


 腕を切られ男の人は引き離される。悪魔は両足で男性を掴み空へと飛んでいった。


「ああああああ!」


 男の人の悲鳴が聞こえ、それも遠くへと消えていく。


「…………」


 なにもできなかった。恐怖に震えるだけで、俺は悪くないって、自分に言い聞かせることしかできない。


 泣きたい。もう嫌だ。いつ死ぬのかも分からない。次は俺があんな風に連れていかれるかもしれない。


 気分が悪い。胸が重くて吐きそうだ。

 だけど。


 隣を見る。俺と同じように落ち込んでいる香織がいる。俺は一人じゃない。彼女を守れるのは俺しかいないんだ。


 その俺が、めげているわけにはいかない。

 立ち上がって、彼女の手を引いた。


「行こう」


 それから俺たちは街を彷徨っていた。あの時の雰囲気を引きずったままの俺たちには重苦しい空気が漂っている。悲鳴がまだ耳に残っておりれ去られる光景が瞼を閉じると蘇ってくる。


 嫌だ、死にたくない。怖い。そんな思いばかりがわき上がってくる。心が萎み、恐怖に縛られる。

 怖い、怖い。俺は、どうしたら。


「大丈夫だよ」


 彼女の声にゆっくりと振り向いた。


「聖治君は一人じゃない。私がいるから」


 彼女は、泣きそうだった。辛くて、苦しくて、怖くて。俺と同じなのに。


「だから大丈夫。ね?」


 無理矢理笑って、俺を励ましてくれていた。


「香織……」


 なんて強い人だろう。彼女を守る。そう思っていたのが馬鹿みたいだ。彼女の方が俺なんかよりもよっぽど強い。


「約束しよう」

「約束?」


 陰を残した彼女の笑顔が言う。


「うん。ずっと、一緒だって」


 その笑顔と言葉に、心が救われていく。


「うん。……うん!」


 俺は頷いた。何度も頷く。


「約束だ、香織。ずっと一緒だ。なにがあっても一緒にいる。絶対に離したりしない」


 言っている間、泣きそうだった。


「うん」


 そう言うと香織の表情がわずかに晴れる。

 怖かった。不安でいつ死ぬかもしれないと心細かった。だけどそんな心を彼女が救ってくれた。


 握る手に力が入る。この世界には生きる希望も救う価値もないのかもしれない。

 唯一、彼女との手の繋がりが安らぎだった。もしこの繋がりさえなくなってしまえば俺にはなにもない。


 失いたくない、彼女だけは。この繋がりだけは。


 絶対に。


 彼女という存在が、俺にとって救いそのものなんだ。

 俺たちは互いの存在を認め合うように見つめていた。

 すると香織の視線がなにかを見つけたように動いた。


「聖治君、人がいる!」

「え?」


 つられて香織の視線の先を見る。

 道路の向こう側、ちょうどT路になっている通りに一人の影がある。まだ遠いが確かに人がいる!


「よかった、私たち以外にも人が」

「ああ!」


 急いで走る。声を掛けようとも思ったが悪魔に気づかれるかもしれない。俺たちは黙って近づいた。


 見れば相手は四十代くらいの男性でさらに両手には銃を持っていた。なにも持っていない俺たちからすればこれ以上ないってくらい心強い存在だ。


「あの!」


 近づいたことで声を掛ける。それで相手も振り向く。


「よかった、まだ生きている人がいたなんて」


 胸をなで下ろす。よかった、よかった。出会えただけなのにまるで救われたような気持ちだ。


「そうか、まだいたのか」


 男の人もそう言うと俺たちを見て笑った。


「よかったよ、ノルマがきつかったところだ」

「え?」


 男の人は持っていた銃を俺たちに向けてきた。


「え?」


 頭が真っ白になる。なんで俺たちが狙われている?


「なんで、どうして」

「なんだ、知らないのか」


 そう言うと男の人は肩を見せるように前に出してきた。離れていた時は見えなかったが、そこには腕章があり五つの丸で星を作ったマークが載っている。

 そのマークは、悪魔の指導者とされる殺戮王のものだ。


「まさか、人狩り?」


 聞いたことがある。悪魔に寝返って人を襲うやつらがいると。同じ人間なのに、心を悪魔に売った最低なやつらだ。


「そういうことだ、運がなかったな」


 男は銃口を持ち上げ両手を挙げるように指示し、仕方がなく両手を挙げる。

 そんな。嘘だろ? 殺される? そんなの嫌だ。死にたくない。


「なんで、こんなことするんですか?」

「香織?」


 振り返る。隣に立つ香織は両手を挙げつつも男を見つめていた。怯えている。だけど屈していない。


「あ?」

「あなたにも、大切な人がいたんじゃないんですか? その人を守りたいって気持ちがあったんじゃないんですか? その気持ちが分かるなら、人に銃を向けるなんて、悲しいことは止めませんか?」

「香織、駄目だ」


 言いたいことは分かる。でも今は駄目だ!


「お前なに言ってんだ?」


 苛立った男が俺から香織へ銃口を向ける。


「ふざけたこと言ってるとここで撃つぞ!」


 男の怒鳴り声に香織の体が縮まる。それでも香織は止めなかった。


「死ぬのが怖い、その気持ちは分かります。でも、だからといって、それで誰かを傷つけるなんて、そんなの間違っています。どんなに辛くても正しく生きませんか?」

「てめええ!」


 男が銃を構えた。危ない、このままだと香織が殺される!


「香織ぃいいい!」


 叫ぶと同時、俺は男に飛びついていた。考える前に体が動いていて、銃身を両手で掴むと一緒に倒れる。男の上に乗る形で必死に銃を掴んだ。


「このガキぃ!」

「うおおおお!」


 絶対に放さない! 放してたまるか! 死んでも放すか!


「聖治君!」

「来るな!」


 背後にいる香織に叫ぶ。


「逃げろ香織!」

「でも!」

「逃げろぉお!」


 振り返る。香織はその場から動かず俺を見つめている。ここは危険だ。いつ撃たれてそれが香織に当たるか分からない。もしかしたら俺だけでなく香織まで殺されるかもしれない。そんなの絶対に駄目だ!


 だけど、香織の目が覚悟を決めたようにきつくなる。そして足元に落ちていた石を拾い立ち上がった。


「止まれ」


 そこで、別の声が掛けられる。

 見れば香織の背後から別の男が拳銃を向けながら近づいていた。腕には殺戮王の腕章が付けられている。


「そんな」


 一人だけじゃなく他にもいたのか。

 男は香織の手を掴むと拳銃の底で顔面を殴りつけた。


「香織ぃいい!」


 そんな、香織が!


「どけ!」

「が!」


 香織に気を取られている間に下にいる男に倒されてしまう。


「このガキ!」

「ぐほ!」


 腹を踏みつけられる。痛い。腹の中にまで衝撃がきて気持ちが悪い。


「駄目!」


 拳銃を持った男に香織が掴みかかる。拳銃を奪おうとするが反対に拳銃で何度も殴られてしまう。


「香織! 止めろぉおお! があ!」


 起き上がろうとするが男に蹴られる。さらには突撃銃の底で何度も殴られた。


「香織! 香織ぃい!」


 まずい。まずい。香織が殺される! このままじゃ、彼女まで!


「香織! 止めろ!」


 叫ぶけど、立とうとするけれど、その度に痛みと衝撃で止められる。

 嫌だ、嫌だ。香織が死ぬなんて、絶対に嫌だ!

 香織は男に捕まれ殴られていた。女子供だろうが容赦なしだ。顔面だろうが拳で殴っている。


「止めろぉおおお!」


 彼女が、香織が、なんで殴られなきゃならない。なんでこんな目に遭わないといけないんだよ!?


「黙れ」


 が、視界に銃の底が突撃してきた。

 強い衝撃。真っ暗な世界。分かったのはそれだけだった。



「う……」


 もうろうとする意識と全身の痛みに目が覚める。たしか人狩りに襲われて。あれからどうなった?


 なんだ? 体が動かない。

 見ればビルの支柱に立たされ両手両足が縛られている。それに声が聞こえる。大勢の声と気配だ。


 ぼんやりと見てみると大きなスクランブル交差点のようだ。俺はその端におり、スクランブル交差点には百人ほどの人が輪を作っている。ビルの屋上に目を向ければ悪魔たちもスクランブル交差点の中央へ目を向けていた。


 まるでちょっとした祭りみたいだ。

 中央へ目を凝らす。

 そこには風車みたいな丸い形をした装置があり、その側面にはくくりつけられた香織がいた。


「香織!」

「聖治君……」


 香織は両手を頭の上で固定された状態で背中を反っている体勢だ。


「ようやく目が覚めたのか」


 近くにいた男が俺のところにやってくる。さきほどの男だ。銃を持ったままニヤニヤと笑っている。


「彼女を下ろせ! なにをするつもりだ!?」

「見て分かるだろ、処刑だよ」

「処刑?」


 なんで? なんで香織が!?


「見せしめだよ。それと供物さ。当然だろ、殺戮王は殺しを楽しんでる」

「楽しむ? 狂ってる!」


「馬鹿が。そんなこと思ってるからおまえ等はこんな目に遭うんだ」


 処刑されるって? あんなので香織は殺されるのか? そんなの惨すぎる。肉が引き裂かれるんだぞ。どれだけ痛いのか想像もできない。


「頼む、あの子を放してくれ。お願いだ! 殺すのだけはやめてくれ!」

「するわけないだろ、そんなことしたら俺たちが殺されちまうよ。悪魔が屋上で見張ってるだろ」

「そんな……!」


 香織に目を向ける。風車の上でにも泣きそうだ。


「香織!」

「聖治君!」


 彼女の瞳から涙がこぼれ落ちる。その姿に周囲からは笑い声があがっていた。

 歯をかみしめた。悔しさに頭が下がる。


 これが、同じ人間のやることなのか? 信じられない。目の前で広がるこの狂宴が、人間のやることだって? 人はこんなにも残虐な生き物だってのかよ!


「なんで、なんでこんなことが平然とできるんだ? 同じ人間だろ? おまえ等には心がないのかよ!?」

「心? あるよ? 当たり前だろ。まったく。おまえみたいなことを言うやつには反吐が出る。いいか、世界は変わったんだ。重要なのはその世界でどう立ち回るかなんだよ」


 そんな資格もないくせに、男が偉そうに言う。


「お前らも馬鹿だよな。さっさとこっち側につけばこうはならなかったのにさ」


 はっはっはと笑っている。


「……ふざけるなよ」

「あ?」


 我慢なんて出来ない。言わずにはいられなかった。


「馬鹿だ? ふざけんなあああ! お前らなんてただ銃があるだけのクズだろうが!」

「んだとガキ!」


 男は思いっきり頬を殴りつけてくる。


「悪魔なんかにつきやがって。お前なんてその銃がなければただのクズだ、そうだろう! 人類を裏切って力に酔ってるだけの本当のクズだ! 馬鹿はお前の方だ! 良識も、良心も、人も捨てた、お前らは悪魔だ!」


 腹を殴られる。足を蹴られる。どんどん痛みが加わっていく。


「止めてぇ!」


 香織が叫ぶ声が衝撃の隙間に聞こえてくる。

 悔しい。悔しい! こんな連中が笑い、俺たちが惨めに殺される。

 怒りや、憎しみがわき上がるのにそれをぶつけることもできない。


「回せ!」

「止めろ!」


 合図の声が聞こえる。それにより風車がゆっくりと動き始めた。香織の体を引っ張っていく。


「ううう!」

「止めろぉおお!」


 香織の悲鳴が聞こえる。大勢が歓声をあげる。

 なんだよ、これ。なんで、どうして。

 こんなの間違ってる。間違ってるだろ。いいわけないだろ!


「力さえあれば、この俺があ!」


 無力な自分が悔しくて、彼女を傷つけるすべてを壊したかった。

 人も。悪魔も。世界も。

 すべて。

 力さえあれば!

 その時、うるさいほどだった音が、すべて消えていた。


「…………?」


 なんだ、どうしたんだ? なんで誰もなにも言わないんだ?

 近くに立つ男を見る。その顔は中央の処刑を楽しそうに見つめている。そのまま固まったように動かない。


 他の連中もそうだ。まるで金縛りにあったようにぴたりと動きを止めている。まるで写真のようだ。すべてが止まってる。


「なんだよ……いったいなんなんだよ……」


 薄暗い世界はさらに灰色となり、白黒の世界のようだ。

 その時、足音が聞こえてきた。


 道の向こうから、それは黒のロングコートを着て、フードを被っていた。

 なんとも言えない不思議な印象を覚える。時間が止まった世界、そうでなくても処刑という異様な場面だというのにその人は悠然と歩いている。殺人を楽しむというこの場所ですら平然と。その静けさはまるで亡霊かと見紛うほどだ。


 そのまま俺の前に近づいた。背は大きい。それにこうして近くで見て分かるけど体格もそれなりにしっかりしているのが分かる。見上げているが、顔は影になっていてよく見えない。


『君は、この世界をどう思う?』

「ッ」


 なんだろう、声じゃない。頭の中から聞こえてくる、奇妙な感じだ。


『この世界を変えるために戦えるか?』


 声は男だ。その男の声が再度聞いてくる。


 聞きたいことはたくさんあった。これはいったいなんなのか、あんたは何者なのか。知りたいことはいくらでもある。


 だけど、それよりもなお先に口にした。


「……戦う」


 こんな惨劇を変えられるなら、俺はなんだってする。戦える力があるなら俺は戦うさ。そこにいる銃があるだけの屑じゃない、この世界を変えられるだけの力が欲しい。


 それさえあれば、香織を救える。こいつらを全員倒せる。


 そして、今度こそこの世界から香織を守ってやれる。


『なぜ欲する?』

「決まってるだろ、香織を、そこにいる彼女を救うためだ!」


 俺一人ならいい。俺一人の命ならここまで怒ることもなかった。でも、彼女は別だ。


「俺だけならよかった。俺だけが馬鹿だと罵られようが、殺されようが、それでよかった。でも彼女は違う。彼女がいたから俺は生きてこれた。こんな場所でも笑うことができたんだ。彼女が俺のすべてなんだ!」


 人生の十分の一ほどの時間だけど、彼女と一緒にいられた時間はなによりも素晴らしいものだった。


「世界よりも、大切な人なんだ!」


 彼女を守れるなら、俺はなんでもする。なにをされてもいい。


『では、君に与えよう』

「え?」


 男は片手を胸元まで持ち上げると手のひらの上に五つの光の球が浮かび上がった。ゆっくりと回っている。それぞれ緑、水色、黄色、白、赤。五色の光が宙に浮いたまま旋回している。


『これから、君は力を得る。しかし、それは長い旅の始まりでもある。それでも君は力を望むか?』


 男からの確認に、俺は迷わず答える。


「彼女を救える力が手に入るなら。……望むさ」

『いいだろう』


 男の手の平で回っていた光が次々と俺の体に入ってくる。抵抗もなく俺の体の中に入りその光は全身に広がると消えていった。

 今のは? これが力なのか?


『今、君は五つの力を手に入れた』


 感じる。男の言うとおり、体の中に五つの力がある。


『確かめるがいい』


 男の言葉のあと世界に色が戻った。同時に音も聞こえてくる。世界が動き出したんだ。連中が動き出し騒ぎ声が聞こえてくる。


「なんだ大人しくなって。諦めたか?」


 近くにいる男がからかう。

 俺の隣にはフードの男がいるのだが見えていないのか気づいていない。

 やつらの狂騒、そこに混じる香織の悲鳴。

 その中で、


「来い」


 俺はつぶやいていた。

 怒りを。憎しみを。祈りを込めて。

 俺は、力を解放する。

 それは反撃であり超常の始まりだった。

 五つの力、それは五つの剣だった。それぞれに能力があり俺は戦った。力を叩きつけ、光を放ち、闇を広げ、時すら操った。


 結果、銃を持つ百人近い人狩り、さらに屋上で見張っていた悪魔の群れ。普通なら勝てるはずがないその大部隊をたった一人で戦い、すべてを倒していた。


 ここに立っているのは俺とフードの男だけ。周辺には俺を囲うように人狩りと悪魔の死体が広がっている。

 俺が、倒したんだ。


 今更だが現実感のなさに呆気にとられる。横たわる百人近い光景が夢のようだ。

 だがすぐに大切なことを思い出す。


「香織!」


 俺は剣を消し急いで香織のもとに駆けつける。香織は広場から離れた場所に横にしてあった。


「香織、大丈夫か?」


 膝を着き彼女の体を優しく抱き上げる。


「聖治、君……。終わったの?」

「ああ、終わったよ。もう大丈夫だ」


 敵は倒した。香織を救えたんだ。そのことに俺の方が泣きそうだ。


「よかった」

「ああ」

「聖治君が無事で」

「え?」


 ああ、そうか。俺の心配をしてくれたのか。


「……香織もな」


 やっぱり、優しいな。


「寝てていいよ。見守っているから」

「うん。ごめんね」


 ずっと緊張してたはずだ。救出された安心感に香織は目を瞑り眠りに落ちていく。

 その安らかな寝顔を優しく撫でる。よかった。本当によかった。嬉しくて視界が滲む。俺は涙を拭いた。そして近くにいるフード男を見上げる。


「ありがとうございます。おかげで助かりました。あなたはいったい」


 フード男は幽霊のように立ったまま見下ろしている。今見ても不気味だとは思う。だけど彼のおかげで俺も香織も窮地を脱せられたんだ。感謝してもしたりない。


魔境騎士団まきょうきしだん

「魔卿騎士団?」


 男は感情の起伏がない声を響かせる。


『かつて、世界の秩序に務め、そして敗れ去った者たち』


 魔卿騎士団というものに聞き覚えはなかったし彼がなにを話しているのか俺には分からなかったけど、きっと嘘ではないはずだ。彼が起こした奇跡を目撃した以上、嘘だなんて思わない。それ以前に悪魔がいる世界だ、なにがあってもおかしくない。


『君の力はまだ完全ではない。本来、その力は七つある』

「七? まだ二つあるんですか?」


 これだけでも十分すごいのにさらに二本もあるのか。


『かつて、魔卿騎士団を率いる者を創造するため、ある儀式が行われた。それが錬成七剣神せぶんすそーど

「セブンス、ソード」


 初めて聞かされる話と単語にただ唖然と繰り返す。


『そこで七人がそれぞれスパーダと呼ばれる剣を持ち戦った。君が得たものだ』 


 俺が持つこの剣、スパーダ。それを使って七人が戦ったのか。この剣同士がぶつかったなんて想像するだけで凄まじい。


『しかし、その儀式で二本のスパーダは失われてしまい、儀式は失敗に終わった』

 頭の中で響く声は依然として平淡としている。けれどなんとなく、失敗に終わったことを残念がっている、そんな風に思えた。

『最後の剣を出すがいい』


 俺は五つの剣を得たが戦闘中は四つの剣しか使っていなかった。

 最後の一つを呼び出す。それは黄色の光だ。


 そこから現れたのは西洋の両手剣。刀身は黄色く力強く輝くその剣は黄金にも見える。まるで栄光を授かるように宙に浮いた剣を手に取った。


『選択。神剣、カリス。その剣は君のしるべとなり旅を進めるだろう。だが、忘れてはならない。羅針盤の行き先は、君の心が決めるのだと』


 カリス。これが、俺の持つ最後の剣。


『君は失われた二本の剣、スパーダを手に入れるため過去へと行かなければならない。そこでスパーダを集め七つの剣が揃った時、この世界は変わる』

「変えられるんですか?」


 男は答えなかった。答えるまでもない。彼は言った。変えられるのだと。

 この狂った世界を、俺が変えるんだ。

 絶望しかなかった世界に、一つの希望が下りてきた。


「変えられる……」


 男が言った言葉を反芻はんすうし、その意味を噛みしめる。

 視線を下げて香織を見つめる。安らかな寝息を立てて彼女は横になっている。なんとか救い出すことはできた。でもまだ脅威は残ってる。またいつ襲われるか。


 救うだけじゃ駄目だ。変えるしかない。


 この世界を。そして今度こそ彼女を本当の意味で救うんだ。

 人が人らしく生きる、優しい世界に連れていく!

 俺はフード男を見上げ、力強く頷いた。

 俺の意思を受け取り男は両手を小さく広げる。


くがいい。君は力を得て旅人となった。幾たびの困難と、幾夜を越えて、探すのだ。世界の答えを』

「ちょっと!」


 そう言うと男の体は透明になっていき消えていく。後には影もなく、最初から幻覚だったのではないかと疑いたくなる。


 でもそれは違う。俺の手には神剣、カリスが握られている。


 俺は力を望み、そして託されたんだ。この世界の希望を。


 そのためには残りの剣、失われた二本のスパーダを見つけ出さなければならない。過去へと行きセブンスソードで失われた二本のスパーダを手に入れる。


 見ればカリスは仄かに輝いており向きを変えれば輝きを増減させている。きっと光が強い方向へ行けば過去へと行く手がかりがあるはずだ。


 俺は今一度カリスを握りしめる手に力を入れる。絶対に成し遂げる。胸の中で決意を固め、曇天の空を睨み上げる。この暗黒を必ずや切り裂いてみせる。


 空は暗く、果てしなく、どこまでも続いていた。


 探求の旅は、こうして始まった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] どんな世界でも、平静さはそこにいる人々が生み出そうとするか否かであって、それは今という変わらない価値にまっさらにして向き合えるか否かなのだと感じました。私は、どんな世界でもスマホを見てワイ…
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