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曙光  作者: 小倉あんこ
3/4

旧友

 郷川は街中で愛車をゆったりと走らせていた。それも走りを楽しんでいたワインディングロードの真反対の方向で。


 その理由は単純明快、高校時の男友達が相談があると言って俺を呼び出したからだった。


 そいつとは高校を卒業して約10年近く会っていないし、連絡を取っているわけでもない。ただ、相手の使っていた携帯電話に俺の番号が残っていただけの関係だ。確かに高校時代は一緒に遊んだり食事に行ったりしたことはあった。だが特別仲が良かったわけでもないし、そんな相談されたりするような関係でもなかった。


 初め、電話のスピーカから流れる声に不審がっていたのだが、名前や一緒にしたことなどを聞かされているうちにそいつの存在を思い出した。だが、そんな奴のために俺の有意義な時間を奪われるのだと思うと行きたくはなくなるのだが、今回はなんだか懐かしい気持ちになったのため、珍しく足を運ぶことにした。


 昔のことでも話せれたらいいやぐらいの気持ちで。まあきっとマルチ商法なのだろうが。


 郷川が呼び出されたのは、自宅から少し離れた町にある流行りのコーヒーチェーン店だった。

そのカフェまでは郷川の自宅からなかなか距離があり、よっぽどのイベントなどがなければ郷川が近づこうともしないような場所だ。久しぶりやってきた懐かしの街の様子を見ながら車を走らせる。


 古ぼけた街並みが長い間見ないうちに新しいデパートやアパレルショップ、人気チェーン店などが立ち並び開拓されていることに驚嘆する。昔は遊びたくても近くで遊べるような場所がなかった為、限りあるお小遣いを泣く泣く使ってここまで来ていたのだが、あの頃のモノクロの記憶に眠っている街の風景は今ではかけらも残っていない。


 目の前にはそんな灰色を塗りつぶしたかのようなカラフルな街並みが睨みつけていた。


 まるでお前の居場所なんてここにないんだと突きつけられているようで嫌な気分にもあった。



 信号が赤になり、ブレーキを踏み込み車を止める。

 郷川は車の窓を開けて、タバコに火をつけた。

 煙は窓の外に吸い込まれるようにして車内から出て行き、頭上に頭上に広がる蒼に飲み込まれていく。そんな煙を郷川は目を細めながら見ていた。いつかこの煙は雲になるのだろうか、なんて小学生みたいな思考をさせながら。


 タバコの煙を吸っている時だけ、嫌なことを忘れられる。いわば郷川にとってタバコとは生きていく上で必要不可欠な心のブレーキであった。


 自分を追い込んでしまいそうになった時、怒りで自我を忘れそうになった時、自分の哀れな姿に惨めになった時……

そんな自分をいつも平常にしてくれたのがタバコだった。


 信号が赤になっているのをぼんやり見つめ、ただ煙で体内を満たしていく。


 息を吸い、吐き出す。普段は無意識にしている生命活動だが、タバコの煙を吸っている時だけ、呼吸に意味が宿る。それは快楽を得る為、嫌なことを忘れる為。


 普段は生きるためと曖昧模糊とした活動が、こうしてはっきりとくっきりとした意味を持つ、なんて素晴らしいことだろうか。



 そんなどうでもいい思考は信号が青になって道端に捨てられた。



 パーキングに愛車を止め、歩いて目的地へ向かう。


 あった、待ち合わせの場所だ。

 まだ新しく、ノブにはサビひとつないキラキラと光るドアノブを押し中に入るが、そこには友人の姿はなかった。


(何だ、呼び出しておいて)


 心の中でため息をついていると、目の端でこちらに向かって手を振る人の姿が見えた。

 「お〜い、郷川。こっちだ」

 そのこちらに向かって振る人の姿は、昔の友人の姿と似ても似つかないものであったため、驚愕してしまう。

 

 昔では、丸い形の肉体に、短い手足からドラえもんなんて呼ばれていたのだが、そこにいたのはすらっと伸びた手足、きりっとした精悍な顔つき。


 (人は時間が経つにつれてここまで変化するのか……)



 心でつぶやきながら、手を振られる方へと歩いて行った。


 

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