夜
信号が赤へと変わり、郷川努は車を止めた。
深夜ということもあり、車通りは少ないためこの信号の赤は意味がないのではないかと疑問に思うのだが、郷川は一度高校生らしき人物が深夜で信号無視してたまたま通りかかった警察に取り締まりを受けたのを目にしたことがあったので、信号無視をして進もうとは思わなかった。
深くシートにもたれかかり、肩の力を抜く。腕につけた街灯に照らされ輝く腕時計の針はとっくに0時を過ぎていた。
周りは田舎ということもあって人もいなければ車も通らない。あるのは道を照らすチラツキのある街灯と、誰も入らない24時間営業のコンビニだけだった。
信号が青になりアクセルを踏み込む。地を這うような低いエキゾーストノートが郷川のお気に入りであった。
高卒で会社に入り8年。郷川は充実した日々を過ごしていると思っていた。
始めは慣れない仕事や人付き合いに戸惑いなどはあったが徐々に慣れていき、今では上司や後輩の信頼は厚い。給料もだんだん上がっていき、憧れだった車も手にすることができた。しかし時間が経つことはいいことではなかった。
郷川には少しずつ焦りができてきた。
それは恋愛だ。別にまだ焦る年齢でもないと思っているのだが、最近では同級生の結婚の葉書が大量に届いたり、両親から遠回りに結婚できるか心配なんて言われ、上司からもいい人紹介してやろうか?と言われたりしてきてうんざりしていた。
結婚はしたいと郷川は思っていた。少年時代は結婚しなくても趣味さえあればいいと思っていた時期があった。今は一人暮らしをしていて独りの孤独さを実感してからは結婚願望が生まれていた。
しかし郷川は結婚するために誰かと付き合い結婚するのは納得することができなかった。それは高校生が彼女欲しいと言うように、誰かを好きになって付き合うのではなく、付き合いお互いがあたかも本当に愛しているかのように言葉で飾ったりしているのが吐き気がするぐらい嫌いだった。
一度同期の友人である永本に話したことがあったが、笑われた。
「それはまだお前が子供だからだ」
だがその純粋さがお前のいいところだけどな、と最後に永本は付け加えた。
家に着いて車を止める。
玄関のドアを開けると冷たい闇が広がっていた。
誰もいないのにただいまといい靴を脱ぐ。着ていたスーツは几帳面にハンガーにかけ、昨日の残りのカレーを温め、それが温まるまでに風呂に湯を張る。シャワーならすぐできるが、疲れている今日は風呂に入りたい気分であった。
そして独り風呂に入っていると途方も無い寂しさを感じた。冷たい飯に、どうしようもない静寂を埋めようとして見るわけでもないのにつけているテレビ。そこから聞こえる笑い声は郷川をより一層虚しくさせた。
目頭が熱くなり雫が溢れ出し、込み上げてくる嗚咽を堪える。誰も聞いているわけでは無いのだが、泣いては負けだと思う自分がいた。寂しさに押しつぶされてしまいそうだった。誰でもいい、人の温もりが欲しかった。
散らかりお世辞にも綺麗とは言えない狭い部屋に、シンクに溜まった皿。漏れた嗚咽はテレビの空っぽの笑い声に掻き消された。