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虹色L!VEON!!~偶像刷新~  作者: 二階堂彩夏(§A-MY)
Chapter1.センザイリョクを引き出すのはサクラ色の息吹
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Seal93 一番の理解者

「先程から気になっていたのですが、そちらは針中野さんのご家族の方でしょうか?」

「家族ではありませんの」


 ライトが絞られるように平端の顔から笑みが消えていく。

 まつ毛が、音を立てずに打ち合わさった。


「でしたらどちら様ですか?」

「紹介が遅れましたわね、今度わたくしの秘書になる方ですわ」

「秘書……ですか」

「そうですの」


 そこでようやっと、秘書が再び口を開いた。


「亀井洞です。秘書を務めております」

「平端銀杏です。本社で係長をしています。率直に申し上げて、同じ会社の人間だというのに、あなたの存在を知りませんでした。それはそうと秘書というのは自宅にまで押しかけるものなのでしょうか?」

「必要があれば。プライベート管理も秘書の重要なお仕事ですので」

「そういうものが含まれるのであれば、私の方が秘書に向いていると思います。少なくとも、あなたより針中野さんを知っていますし」


 胸を張って平端が言う。

 直後、針中野は自分の背後から漏れ出る空気が確実に変わったのを感じ取った。

 嫌な予感がした。


「あなたの方がご存じだと?」

「ええ、そうですよ。私はVOT時代から針中野さんのお側にずーっといましたから。海外にいらっしゃるときも、欠かさず近況報告を行っていましたし。それにーー」

「それに?」

「……なんでもありません。とにかく、針中野さんのことを誰よりも一番知っているのはこの私です」


 針中野の知らないところで、話が変な方向に転がり始めていた。


「おっしゃりたいことはそれだけですか?」

「ですね」


 秘書が長嘆息しながら、歩き出す。

 そして、針中野の右斜め前で止まった。


「針中野さんのことを一番理解しているのは、あなたではありませんよ」

「それは誰のことを指しているんでしょうか? まさか、明星ーー」

「かく言う、この私です」


 平端は黙したまま、なかばにらむように秘書を見ていた。

 秘書も黙って、彼女の目を見返していた。

 平端が唇に薄笑いを浮かべる。


「最近の秘書は、お笑いの技能も必要なんですかね。あなたよく面白いと言われませんか」

「面白いことを言ったつもりはありませんが、お褒めていただいているのなら、素直に感謝しておきます」

「はい、心の底から褒め称えていますよ。あなたは秘書よりもお笑い芸人を目指した方がいいと思うぐらい面白いです」

「そうですか。私自身は人を笑顔にする才能が最もないと思っていたので、あなたの言葉は意外です。他者の才能を発掘するのがあなたの天職なのではないでしょうか」

 

 ほんの一瞬、秘書は皮肉の色を目に溶かした。

 両者ともに一歩も譲らない。

 お互い石のように黙りあっている。

 巻き込まれた当事者としてではなく、まったくの傍観者として針中野は果たして誰が自分のことを一番理解しているか、と思考していた。

 平端がわざとらしい笑顔を作る。


「亀井さん、考えた上でのご発言だというのなら、針中野さんがアイドルグループ、テオドラに所属されていたころの芸名は当然ご存じですよね?」

「もちろん。鴇留ときどめくいなですね。この『ときどめ』という名前がVOTのユニット名の由来にもなったと言われています。この程度の知識なら、一般常識だと思いますが。そもそも、至福者之島とエリンギを間違える時点で、あなたが一番だという結論には決してなりえないはずですよ」


 図星をつかれて平端がぐっとうなる。


「それは少しド忘れしていただけです。そこまでおっしゃるのならーー」


 すぅ、と息を吸い込むと、平端は次から次へと針中野にまつわるクイズを繰り出し始めた。

 それをテンポよく秘書は答えていく。

 若かりし頃であれば、自分の話を目の前でされるとなんだか恥ずかしい気持ちになっていたが、もう五十代にもなるとそんな感情は芽生えなかった。


「ーー正解です。では、針中野さんが弊社に入社し、初めに所属した部署は?」

 

 安易に言葉を挟めない。

 針中野は思わず苦笑を漏らす。


「ーーでしたら、でしたら……針中野さんのお子さんはどなたかご存じですか?」


 平端が発したその単語にドキリ、とする。


「……子供?」


 今まで軽快に答えていた秘書が言葉に詰まった。


「そうです。さすがに秘書と言えども、ご存じないようですね。当然ながら針中野さんは高貴なお方なので、男とかいうおぞましい生物と契りを交わしておりませんし、当然のことながらそれらとのまぐわいをもってませんので、法律上の母親にはなりえません。ですが、生物学上の母親としてはーー」

「銀杏さん」

「はっ、はい」

 

 針中野のそのひと言で平端は言葉を止め、身体を硬直させた。

 

「そろそろお座りになられたら、どうですの? 立ったままはきつくありませんか? 秘書さん、三人分のお紅茶をお願いできますか」

「拝承いたしました」

「さぁ、銀杏さんもソファに座ってほしいんですの」


 どうぞどうぞ、と針中野が手で勧める。

 が、平端は座ろうとせず、秘書の前に歩み出た。

 部屋に緊張感が走る。

 ズイ、と平端は秘書の前に手に持っていた袋を突き出した。


「お口に合うかわかりませんが、召し上がってください」

「ありがとうございます」


 秘書は仏頂面でそれを受け取ると、部屋から出ていこうとした。


「失礼いたします」


 ひと言断って平端がソファに腰を下ろす。

 自身の左隣に持っていた鞄を置くと、開口一番こうのたまった。


「それで、話をぶり返して悪いのですが、針中野さんから見て、誰が一番あなたのことを理解していますか?」


 出口に向かっていた秘書が足を止めた。

 平端は結論が出ないのを不満に思っているようだった。


「お二方ではありませんの」


 自然と口から出た言葉だった。

 そのことに針中野自身、わずかにハッとする。

 言うつもりはなかった。

 適当に無難な回答をするつもりだった。

 しかし、言ってしまった。

 ばら蒔いた言葉を回収することはできない。

 青白い沈黙が、部屋に広がる。

 平端は暗い目をして、ペディキュアを施した足の指をじっと見つめていた。

 平坦な口調で付け足す。


「わたくしのことを一番知っているのは、このわたくし自身ですわ」

 

 平端が安堵のため息をもらす。

 

「そ、そうですよね! 自分が一番自分のことを知っていますよね。おっしゃるとおりだと思います」

 

 秘書の遠ざかっていく足音が、針中野の耳朶を震わせた。

 平端とふたり残される。

 うその錆び臭さが口腔に広がった。

 

 自分が一番自分のことを知っている。

 そんなわけはない。

 自分が一番自分から目を逸らしている。

 だとすると、誰か。

 それは当然のことながら、黄金でもない。

 それはきっとーー

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