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虹色L!VEON!!~偶像刷新~  作者: 二階堂彩夏(§A-MY)
Chapter1.センザイリョクを引き出すのはサクラ色の息吹
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Seal84 かくして盤面は刷新された

 『パステル』の予言が的中し引き起こされた経済的危機に関し、対策を講じてはいたが思ったような成果は得られず、国民から日本政府への不満は高まっていくばかりであった。

 これ以上日本への不信感を国民に抱かせるのは、国家の破綻につながりかねない、と日本政府は危機感を持っていた。

 特にこれまで無責任に国債を発行し続けてきたことに矛先が向くのは避けたかった。

 

 ところで、なにか大きな被害が出た時に、物事を解決に向かわせるのは案外たやすい。

 共通の敵を仕立て上げること、つまり『犠牲(スケープ)(ゴート)』を作ればいいだけだ。

 日本政府は早急に、この『犠牲の羊』を作る必要に駆られた。

 もとをただせば、日本が大量の国債を発行していなければそんな事態にならなかったため、自業自得なのだが……


「大衆は皆ーー」

 

 針中野は、老人性認知症の意を持つ差別語を口にした。

 

 『パステル』という存在により、世間ではバーチャルキャラクターに悪い意味で注目が集まった。

 その分野に興味があるものからしてみれば、まったく別のものであることはすぐに気付くことができるが、興味がない人間からしてみれば、どれもこれも同じように見える。

 とりわけ大半の高齢者にしてみれば、2Dだろうが3Dだろうがしょせん絵がしゃべっているに過ぎない。

 

 つまり、一般人の多くは『パステル』以外のバーチャルキャラクターも不況の引き金となった張本人となんら変わりない認識だったのだ。

 

 『犠牲の羊』として、これ以上ないキャスティングであった。

 しかしながら、実際のところ、いくつかのテレビ局ではバーチャルキャラクターの運営にかかわっているケースがあった。

 なかには『エルミタージュ』を活用している者もいた。

 そのため、初めはこの方向性に難を示す者が多かった。

 

 だが、この決定に逆らうテレビ局には今後政治部のインタビューには対応しないこととすると言われてしまっては、拒否しようがなかった。

 

 一過性の娯楽と日本の政治。

 どちらが長く続き、将来的に利益を生むかは比べようもない。

 とるべき方向が定まれば、マスコミの偏向報道はお手の物である。


「マスコミュニケーションは、不況に至った経緯をあらためて丁寧に国民の前に呈示しましたわ。バーチャルキャラクターの存在がいかに悪いかを付して」


 いったん情報が歪曲し始めると、あとは水によって土が削られ水路が出来るように、不正確さは増し、事実と大きくかけ離れていく。

 マスコミのお家芸にだまされた一般人は、バーチャルキャラクターをすべての諸悪の根源であり、社会の敵だと決めつけ、正義の名のもとに排斥運動をはじめた。

 代わりにこれまでの国債の発行に対する批判まで国民の目が向くことがなかった。

 政府のもくろみは成功したのだ。

 

 一方、『犠牲の羊』にされたバーチャルキャラクターに対してはひどい対応がなされた。

 正義という大義名分があれば、人はどこまでも残酷になれる。

 

 一般人の歪んだ正義感は、企業以外のあくまでコミュニケーションツールとして利用していた者たちにまで影響を及ぼした。

 当時、一部の過激な派閥のなかでは、バーチャルキャラクターを用いている者をひとくくりに非国民、果ては海外からのテロリスト扱いし、さらには差別する思想さえ現れた。

 

 ただ、趣味としていただけであるのに、非国民扱いされた挙句、差別までされてしまってはたまったものではない。

 純粋に好きでやっていた者たちが、ひとりまたひとりといなくなっていった。

 

 個人でもそのレベルであるから、企業がどういう目を向けられたかについては、比較しようがない。

 『エルミタージュ』もテロリスト養成講習、日本の恥部などと悪意にさらされ続けていたが、運営は続けられていた。

 

 需要があるから運営が続けられるのである。

 つまり、オタクは日本が不況に陥ってるときでさえ、自分の推しである国王に貢ぎ続けたのだ。

 はっきり言って異常であるが、自分の好きなものには惜しみない金銭を費やすのがオタクという人種であるから、いまさら言ったところでしようがない。

 

 このように、『エルミタージュ』に対する国民の批判は多かったものの、なにも法律に抵触していない以上どうこうする権限は国にはない。

 『エルミタージュ』を消滅させるべく可及的速やかな法律の立案が国民から求められたが、そもそも、日本経済自体が不況に陥ってる最中、そんなものに時間も人も割く余裕はない。

 

 また、仮に、マスコミを使って評判を下げようと画策したとしても、もともとオタク以外からは忌避されていたため、それ以上評判を下げようもない。

 結局、日本政府はなにもしていないように一般人の目には映ってしまった。

 

 これにしびれを切らした正義感の強い者たちは結託し、当該バーチャルキャラクターを運営する企業に対する不買運動を起こし、ひどい者では、国会議事堂の前で嘆願書を残し自害し、抗議を行った。

 そこまでされては、もう商売どころではなかった。

 結果、『エルミタージュ』は最終的に消滅。

 それだけでなく、資金決済法の対象業者に該当していたため、暗号資産Themisを所有していた国民に対し、法に基づき、莫大な前払式支払手段の払い戻し責務を負うことになった。

 

 だが、SEXY NOVA関連企業だけは『パステル』登場のおおよそ1か月前に発生したとある事件がきっかけでグループから脱退しており、払い戻し義務を逃れていた。

 そして、その判断に針中野が大きくかかわっており、彼女はそのおかげで子会社の副社長から本社の取締役にまで出世した。


「かくして盤面は刷新された」

 

 そのまっさらな状態で、これまでアイドル産業のことごとくがリスクを選ばず、あぐらをかき、金太郎飴の生産に励んできた中、MR技術を駆使し、革新的なインパクトを残したVOTが人気になっていったのは当然のことだった。

 

 黄金は針中野の表情をうかがう。

 部下だったとき、針中野のその伝説を他人から伝え聞き、ただ尊敬の情しか湧かなかったが、いまは違った。

 

 盤面を刷新するために、グループを救うきっかけとなったその事件さえ、彼女が意図して起こしてたものだとしたら?

 

 そういうふうに考えれば、少なくとも辻褄だけは合う。

 針中野の面差しが妖しくきらめく。


「それで、回答は出揃いましたの?」

 

 急に言われて、黄金は面食らった。

 思考を戻す。

 ヒントがまったく金策につながらない。

 これまでの話を聞いている限り、針中野がやるとするならば、限りなく黒に近いグレーだというイメージが黄金にはあった。

 そもそも、三番目と四番目のヒントの意味するところが分からない時点で、わかるはずもなかった。

 

 言い淀んでいる間に、大方のことを答えているようなものだった。

 唇をかみ締める。

 手が自然とポケットの中に入れているガラパゴス携帯へと向かう。


「これだけヒントを与えれば、あなたのお父様なら、きっとわかりますの」

 

 針中野が黄金の回答を待つより前に口を開いた。


「がっかりですわ」

 

 自分へ向けられた他人の瞳が失望で濁っていくのを久しぶりに見た気がした。

 指先にガラパゴス携帯が触れた。


「そういえば、あなたの顔をそうした方は刑期を終えたそうですの」

 

 耳がおかしくなったかと思った。


「……今なんつった」

「それにしても、失明はしなくてよかったですわね」

 

 黄金は針中野の顔を、あぜんとして見つめていた。


「神様も残酷ですわね。同じ舞台に立っていたふたりに劇物がかかったにもかかわらず、ココちゃんは顔の半分に大火傷を負い役者を引退、片や薫さんの方軽症で済み、いまやCMにドラマにと押しも押されもせぬ大女優になった。人生の敗者と勝者にはっきりと分けられましたの」

 

 いやな名前を久しぶりに聞いた。

 

 思い切り吸い込んだ息が、これほど喉に痛いものだとは知らなかった。

 同時に屈辱というものが、四肢が裂けそうな痛みを伴うものだとも。

 

 万端に準備されたかのような言葉だった。

 アキレス腱を切りに来る気が満々だったのだ。

 

 胸の底にはっきりと残っている屈辱感がよみがえる。

 自他共にライバルと認め、悩みを共有してくれた友人は、火傷の後、あいつは終わりだと言いたげに、去っていった。

 なぜそんな話をいまさらするのか、と思った瞬間、身体の奥をうすら寒い風が吹き抜けた。

 

 もし、自分の傷害も針中野が描くシナリオの一部だったとしたら?

 

 感情が急速にしぼんでいったのは、怒りがなくなったからではない。

 薄気味悪くなったのだ。

 ある程度、理解しているつもりだった。

 だが、皮膚で針中野千草という人間との相違を感得したのだ。

 

 身じろぎすることもできず、息をつめるばかりの黄金の耳元で、


「どうなさいましたの?」

 

 針中野がささやく。

 黄金はポケットのなかで、グッと携帯を握り締めた。

 壊れるほど、強く、強く。


「結局、何も変わってませんわ」

 

 蜂の羽音が耳をなじる。


「その様子では、わたくしがあなたに会うとき、いつも白檀の香水をつけていた理由も理解していないのでしょう」

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