Seal82 盤面を刷新する方法ー第1、第2のヒントー
張りつめた空気が痛いほど肌をかむ。
安寧と不安をかき立てる匂い。
白檀の香りが鼻をつく。
黄金は大きく目を見開き、じっと針中野の瞳の奥をにらみつけた。
「とはいうものの、ヒントぐらいは差し上げますの」
ふふ、と楽しそうに針中野が笑う。
「ヒントだと」
「そうですわ。現状のままではこのゲーム、わたくしの一方的な攻撃にしかなりませんの。弱いものいじめは嫌いですわ」
口調を優しいものに切り替えてから続けた。
「第一に、外務省、大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」
人差指を立てる。
「第二に、国土交通省、明日の日本を支える観光ビジョン」
次いで、中指を起き上がらせた。
「第三に、財務省、Common Reporting Standard」
三本目の指が立った。
「そして、内閣府、詫び石ですわ」
すべてを言い切ったとき、針中野の親指だけが折り曲げられたままだった。
最後ので、黄金はますますわからなくなった。
一番目と二番目はなんとなく理解できた。
だが、金策にどうつながるのかが皆目見当がつかない。
ただひとつ明確にわかるのは、針中野が国の政策さえ自分の計画のために利用したのだろう、ということぐらいだった。
「サービスして、もうひとつヒントを差し上げますわ。VOT以前の盤面を刷新するためにはどうすればいいか。これを考えれば、自ずと答えは見えてきますの」
上品な笑みだった。
四つのヒントといまの言葉を手掛かりに、黄金は思考を巡らす。
VOT以前のすべてという言葉が示すのは針中野が言うところの旧世代のアイドル、バーチャルキャラクターアイドル、最後にアイドル声優だろう。
アイドルと一番目のヒントはすぐに黄金の中でつながった。
『大阪ブルー・オーシャン・ビジョン』。
とある事件に関連して、テレビで連呼された言葉だった。
これはG20大阪サミットで共有された、2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的汚染をゼロにしましょうというものだ。
決定するより少し前には導入されていたが、レジ袋の有料化義務化もこのビジョンが背景にある。
この国の取り決めとアイドルとの関連性は一見ないように思えたが、思わぬ事件をきっかけとしてつながってしまった。
それが、とあるアイドルのCDを大量に不法投棄した者が、廃棄物処理法違反容疑で逮捕されたものだ。
廃棄物処理法違反容疑での逮捕自体は世の中にありふれており、大抵は略式起訴で処分が終わる。
なんなら、事故発生以前に九州でも同様に逮捕された事件が発生している。
そのため、CDに関する事件であれば、団地や民家に不法投棄ならぬ、不法投函されたものの方がインパクトがあり、また、CDに限らないものであればとある菓子の特典ともいえるものだけが抜かれ、大量に廃棄された事件の方が話題性も高い。
けれど、このどこにでもある事件は略式起訴で終わらず、裁判にまで進んだ。
それはなぜか。
大量のCDが破棄されていたのが、海の近くだったからだ。
以前に発生した不法投棄は山中であった。
山中は山中で問題があったため、略式起訴で罰金判決が下ったものの、あくまでその程度であった。
だからか、事件以降CDに握手券のたぐいが制限されたことはなく、そのまま商売が続いた。
けれど、今回はまったくもって勝手が違った。場所が悪かった。
日本国内だけの問題でとどまらず、G20加盟国がこの事件を問題視し、CDを大量に買う理由について苦言を呈し始めた。
日本はただでさえ、例年プラスチック消費量が世界のトップ3に入っている。
大阪ブルー・オーシャン・ビジョンで、2050年までにプラスチックごみを減らす活動をしているにもかかわらず、そのCDがすべて必要ならまだしも、不要なものまで握手券等という餌で購入させるビジネス体系はおかしいのではないか。
また、今回は海にも近い。すぐに発見されたからよかったものの、海にまで流されてしまったならば、大問題ではないか。
日本は商売を優先し、環境のことは考慮しないのかという批判が集中した。
各国から注目が集まるこの事件の裁判で、被告人は法廷において、「CDは一枚あれば十分ですし、特典を抜いた後のCDに価値はありません。私は処分方法に困り、今回不法投棄をしてしまいました」という発言を繰り返しさせられることになった。
当該裁判が背景にあったのかどうかの真相はいまとなっては闇の中である。
が、この少し後、内閣府の外局である消費者庁は、過去に消費者委員会本会議の場において、『アイドルと握手をする権利をあなたにあげますといったような形で資金を集めるというものに関し、有価証券などとして位置付けることは困難である』旨の発言があったにもかかわらず、それを翻し、CDに付属する握手券のたぐいを有価証券と認め、景品表示法に違反するという判断を下した。
消費者委員会本会議の場での発言であったものの、同じ内閣府の外局団体である金融庁が勝手に発言したものだ、とお茶を濁して。
これがアイドル氷河期に突入した理由かどうかはさておき、徐々に徐々にとCD売り上げが低迷するのと同じように純粋なCDだけの勝負という土俵に立たされたアイドルの人気はなくなっていった。
概要はこういったところだった。
もし、この事件が意図的に引き起こされたものだとしたら、犯罪者になるのもいとわない人間が針中野サイドにいたことになる。
他人のために犯罪者になってもいいというお人よしは異常だ。
けれど、そうでないと針中野がヒントで出すわけがなかった。
黄金の背筋に悪寒が走る。
自分はいったい、なにを相手にしているのか
黄金は黒い巨大な影が自身をすっぽりと覆いこんでいる気がした。
心臓のざわめきを必死に抑えながらただす。
「……気に入らないアイドルを消すために、アンタが事件を仕組んだのか?」
「現段階での解答は差し控えますの。解答が出そろいましたら、お答えしますわ。さて、これで紛い物のアイドルが盤面から消えましたわ。次に消えますのはなんですの」
針中野がいたずらを仕掛けるような顔を向けてきた。
下手になにか言うと、術中にはまりそうな気がした。
だから、黄金は何も言わなかった。
思考をヒントに戻す。
次に盤面から消えるのは、おそらく、バーチャルキャラクターアイドルかアイドル声優なのだろうが、二番目につながらない。
正確にはまったくつながらないわけではなかった。
とりあえず、黄金はいま自身が持っている情報の範囲で、二番目のヒントを考えることにした。
『明日の日本を支える観光ビジョン』。
国土交通省、正確に言えば、外局団体である観光庁が進めていた観光ビジョンだ。
このビジョンと関連して、日本ではバーチャルキャラクターを訪日促進アンバサダーに起用し、日本観光の魅力を学ぶ動画を公開した。
また、『パステル』が現れるまで、日本の各地でご当地のバーチャルキャラクターが誕生し、各地域の宣伝に一役買っていた。
その程度の知識しかない。
むしろ、終盤にはバーチャルキャラクターの存在が、観光を阻害していたような気さえしていた。
なぜなら、彼女、彼女らは、バーチャルな世界で国を興していたからだ。




