Seal71 四面楚歌
「『AMAMO』」
「……えっ?」
思わず情けない声がましろの喉から漏れた。
「アタシなんか変なこと言った?」
「えーっと、2冊って『Dragon』と『こくえりこっと』じゃないんですか?」
「こくえりこっと? なにそれ、その本全然知らないけど。アタシが隠したのは間違いなく、アマモちゃんの漫画、『AMAMO』。あと、たぶんだけど、『こくえりこっと』って『コクリコ』のことだと思う」
「コクリコですか」
「聞いてる限りだとね。ちな、スペルどうだった?」
「たしか、しーおーきゅーゆーいーえるあいしーおーてぃーだったはずです」
記憶を呼び起こしながら、ましろは答えた。
「うん、それなら、コクリコで合ってるわー」
「そうなんですね。これって英語じゃないですよね?」
「フランス語だよん。花の種類でひなげしってあるじゃん。それのフランス語読みがコクリコ」
「なるほど」
タイトルの意味がわかっても、なぜ忍海が隠していないはずの本が隠されていたのか、誰が隠したのか、隠した意図はあるのか、という複数の新たな疑問が生まれただけだった。
「それも同じ作者?」
「ですね。望月項子さんです」
「そっか、それはアタシも読んだことがなかったなー。それにしても、『Dragon』に『Coquelicot』か。なるほどねー」
「なにかわかったんですか?」
「うん。たぶんだけど、作者は『史記』が好きなんだろうなぁって」
「四季? 季節がなにか関係あるんですか」
「違う、違う。春夏秋冬のことじゃなくて、司馬遷が編纂した歴史書」
てのひらを口にあてて、さもおかしいという仕草で忍海が言う。
「しばせん? 歴史書?」
中学生か高校生のときに聞いたことがあるような気がするだけで、ましろにはその程度の知識しかなかった。
「あー、たしかに司馬遷って名前だけだとピンとこないか」
忍海が脚を組みながら、右手で自身のあごをつまんだ。
「『Dragon』単体だとただの龍って意味じゃん。でも、あれに納められてる短篇って龍がでてくる話なんてひとつもないの。その代わりある共通点があるんだけどね」
「共通点?」
「そっ、目次だけだとわかんないだろうけど、あれの中身って殴殺、自殺、殺虫、絞殺、刺殺、射殺、屠殺、薬殺と続いてて、全部、生物をころす話なの」
そうした言葉を、忍海は虫も殺さないようなあどけない表情で言ってのける。
ましろは無意識に息を吸い込んだ。
細い笛の音のような音が空気をふるわせた。
「でね、りゅうって読み方自体は一緒なんだけど、ころすって意味を持つ漢字があるの、それがーー」
忍海が地面に転がっていた木の枝で、地面に字を書いた。
「『劉』」
手を動かしながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「そんで、コクリコってひなげし以外にも別の言い方があるの。それが虞美人草」
忍海がまた地面に字を書いた。
三つの単語が並んだ。
望月項子
劉
虞美人草
それだけ書かれてもましろにはまったく共通点というものが、見えてこなかった。
そもそも、本当に共通点などあるのか、という猜疑すら芽生えたほどだ。
「これでもまだわかんない? それならこれとこれを消してっと」
忍海が望、月、子、草という字にばつ印をつけはじめる。
残されたのは三つの漢字だけだった。
「あっ」
ましろも忍海が言わんとしてることが、ようやくわかった。
頭に三人の人物の名が自然と浮かびあがる。
項羽、劉邦、虞美人。
導かれる解答は――
「……項羽と劉邦」
「ぴんぽん、ぴんぽーん。だいせいかーい」
納得自体はしたことにはしたが、いささか無理なこじつけのように思えてならない。
そんなましろの考えを読み取ってか、忍海が綿菓子のようなまろやかな微笑をこぼす。
「たしかに、『龍』を『劉』にするっていうのは、無理やりかもしれないけど、実はもう一つ根拠があるんだよん」
「その根拠って何なんですか」
「えーっと、望月項子が元アイドルってことは、ましろんも知ってるよね」
「はい、帯に書いてたの見ました」
「だよね。で、その望月項子がアイドル時代にやってたのが、二人組仮面アイドルユニット『Babiole』だったってことは知ってる?」
聞いたことがなかった。
そもそも、ましろ自身望月項子を知ったきっかけが小説であるため、知っていたのはかろうじてアイドルをしていて、後に女優に転向したという情報ぐらいであった。
「仮面アイドルユニットってなんですか?」
「うちって仮面装着けてパフォーマンスしてるでしょ。あれと一緒で、仮面装着けながらアイドル活動してたから仮面アイドルユニット」
「そのまんまなんですね。でも、顔が見えなくて、人気は出たんですか」
「それが不思議な話で出たみたいなんだよねー。当時って、いまみたいなアイドルが全然売れない時代じゃなくて、むしろ雨後の筍のようにぽこぽこ次から次へと出てきてたから、そんなかでは逆に顔隠してるのが異質で目立ったのかもね。アイドル時代はマジで一切、顔出しNGだったみたいだし。ただ、歌はその当時の一般的なアイドルの水準ははるかに超えてて、抜群にうまかったらしいし、声もかなりかわいかったみたいだよん」
「すごかったんですね」
「うん、すごかったみたいだよ。でも、うそかほんとかわからないけど、望月項子じゃないほうが海外留学するってことで、ほんといきなり、活動休止しちゃったんだよね。で、これまた理由はわかんないけど、いつの間にか解散しちゃった。その数年後に、望月項子の方が一般人男性と婚約発表したし、色恋沙汰とかがあったのかもねー。まー、そこらへんはアタシより詳しい人が近くにいるだろうし、その人に聞いたほうがいいかな」
ましろはよく意味がわからなかったが、生返事をした。
「話それちゃったけど、アタシがさっき言った根拠っていうのが、彼女たちって仮面装着けてるってさっき言ったけど、それとは別にお約束みたいなものがあってセトリの最後の曲で、絶対に歌いながら仮面を客席に投げるの。もちろん、自分たちが装着けてるのんじゃないんだけどね。でね、装着けてる仮面と投げてる仮面合わした数って四になるの。これって『史記』の四面楚歌ともつながってこない?」
本のタイトルと作者名との間に存在する、ある種の関連性を知ったいま、ましろにとってその偶然は無視できなかった。
忍海が素早く脚を組み替える。
「ねぇ、アタシがこんなに彼女たちのこと知ってるの、不思議に思う?」
唐突に忍海が問い掛けた。
ファンであるならば、知っていても当然なのではないか、とましろは純粋に思う。
「別にファンだからってわけじゃないよん」
ましろの思考がすべて筒抜けであるかのように忍海が言った。
だったら、どういう理由からなのか、と目で彼女に問う。
「答えはめちゃくちゃ単純だよ。だって、『Babiole』はSEXY NOVAグループの大先輩だもん」
「そうなんですか!?」
まったく見たことも聞いたこともなく、縁もゆかりもないだろうと思っていたアイドルユニットに関し、意外な接点があることを知らされ、ましろは目を丸くした。
「もーだめだぞー、ましろん。いくら本社とはいえ自分が所属している事務所の大先輩のことは知っとかないと」
「たしかに知らないのはだめですね、不勉強でした。きちんと確認しておきます。……って、えっ?」




