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虹色L!VEON!!~偶像刷新~  作者: 二階堂彩夏(§A-MY)
Chapter1.センザイリョクを引き出すのはサクラ色の息吹
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Seal56 教師役って言ったらやっぱタイトスーツ、黒パンスト、眼鏡、指示棒

 扉がノックされ、安堂が言葉を中断させる。

 ついで、『赤い狐』が顔を出した。


「お話し中失礼いたします。オーナー、いまよろしいですか?」

「急ぎの用?」

「はい、菰野シェフがお呼びです」

「スーちゃんが? 用件って聞いてる?」

「本日のディナータイムの予約の件だそうです」

「あー、そっか。うん、わかった。一応、契約とかの大事な話は終わったし、すぐに行くね。戸田さん、話はこれで終わったから、わたしはここでおしまい。あとは桜とバトンタッチするね。あ、そうそう、この後雇い入れ時の安全教育を受けてもらうけど、そこもお給料発生するから、安心してね」 

 

 安堂は、最後まで説明できなくてごめんね、といったふうに目配せして席を外した。

 彼女の言葉とは裏腹に、忍海はすぐに来ない。

 ましろと呼び出しに来た『赤い狐』だけがその場に残される。

 目が合った。

 『赤い狐』が口を開く。


「戸田さん、今から君には労働安全衛生法第59条、労働安全衛生規則第35条に基づく、雇い入れ時の安全教育を受講してもらうことになるんだ。本来であれば、僕が教育をするんだけれども、僕の浅はかな行動で君には恐怖心を植え付けてしまったから、忍海に代わりにしてもらう。安全衛生への理解がおろそかだと労災事故につながりかねないから、しっかりと聞いておくんだよ。理解できなかった点はわかるまで質問してくれていいからね」

 

 穏やかで静かな口調であった。

 先刻までの敵意むき出しの口調との温度差が激しく、ましろは気味が悪かった。

 狐面で隠されているため、表情まではわからなかったが、その面を通して、『赤い狐』が親切心とは無縁な笑みを浮かべているような、そんな気がした。


「それじゃあ、僕はこの辺で失礼するとしよう。……またね、戸田さん」

 

 意味深な言い方をした後、『赤い狐』の姿は扉の向こうに消えていった。

 

「おっまたせー、ましろん! じゃっ、やろっか!」

 

 しばらくすると、ノックもなく、ハイテンションで忍海が入ってきた。

 彼女は眉根を寄せるましろの姿を見て、首をひねる。


「どったのましろん? あっ、まさか『赤い狐』《アイツ》にまたおどかされた?」

「そうではないんです。そうではないんですけど……」

 

 ましろは返答に困った。

 実際まだ『赤い狐』から何もされておらず、勝手な自身の妄想でしかなかったからだ。

 顔を上げて、忍海を見る。


「って、忍海さんこそどうしたんですか!?」

「えっ、アタシなんか変?」

 

 自分自身に指示棒の先を向けながら、忍海が言う。


「変というか……」

 

 ましろは『赤い狐』のことを訊ねられたときより、言葉に詰まった。

 忍海は変ではなかったのだ。

 それは間違いなかった。

 ただ、おかしかった。

 格好が先刻までのフリルがあしらわれた服ではなく――


「もしかして、忍海さん、普段は眼鏡掛けてるんですか?」

 

 彼女はまず先刻と異なり、眼鏡を掛けていた。


「いや、掛けてないけど。それにこれ度が入ってない伊達だし」

「えっ、じゃあ、さっきまで掛けてなかったのになんでいきなり眼鏡掛けてるんですか」

「だって、教師役だよ。教師役って言ったらやっぱタイトスーツ、黒パンスト、眼鏡、指示棒じゃん!」

 

 加えて、タイトスーツに身を包み、黒パンストを履き指示棒を持っている。

 あまりましろの日常生活では見慣れない光景であった。

 『教師役って言ったらタイトスーツ、黒パンスト、眼鏡、指示棒じゃん!』と主張されてもましろには、ただの偏見にしか思えなかった。

 そもそも、教育をするだけで教師なのかという疑問もあった。

 そんなましろの心中などまったく察することなく、忍海が熱弁する。


「それにさぁ、眼鏡掛けてると頭よさそうに見えない?」


 問われて、たしかに先ほどまでの忍海より見た目はいくらか賢そうに見えたが、その発言が幼稚っぽくてその知的な見た目を台無しにしているようにましろには思えた。


「えっ、もしかして、アタシ似合ってない?」

「……いや、いいと思います。似合ってます」

「あれ? 千歳とのプレイだと評判いいんだけどなぁ」


 忍海がボソッとつぶやく。


「まっ、いっか。というわけで、おねーさんに任せんしゃい!」

 

 勢いよく言った忍海から香水が匂い立つ。

 それは不安を感じていたましろの心に風を吹き込ませた。



「あ、もしかして、ましろんが不安な顔してたのってアタシが教えるから? とりあえず、『赤い狐』《アイツ》からテキスト借りたし、一応アタシも雇い入れ時教育自体はきちんと受講してるから、そんなに絶望的な感じじゃない!」

 

 指示棒をましろにビシッと向ける。


「……と思いたい」

 

 あくまでも希望的観測であった。

 それはましろを不安にさせるのに、充分であった。

 先刻の『赤い狐』の「またね」という言葉が耳に自然とよみがえる。

 ましろの胸中とは真逆の明るい口調で忍海が教育を始めた。


「はい、じゃあ、まず1ページ目からね。はじめに、安全第一セイフティーファーストとはUSスチール社の社長エルバート……。はい、1ページはまた自分で読んでおいて。それで、2ページ、3ページ、4ページ……、ええと、27ページ、4Sとは」

「えっ?」

「ん、ましろん、どったの?」

「えーっと、いまって何ページ目でしたっけ?」

「もう、ましろん! 寝てちゃだめだよ、しっかり聞いててね! えーっと、27ページ、4Sとはからだよ」

「それはわかるんですけど……」

「ん? じゃあ、なにがわかんないの」

「1ページ目から26ページの説明っていうのはどうなったんですか」

 

 素朴な声で、飾り気のない質問をましろは飛ばす。


「えっ、ふつーにとばした」

 

 対して、忍海は違うものをとばしていた。


「いやいやいや、エルバートさん、冷静に考えて、職務に関係ある? とりあえず、安全第一が重要ってことだけ覚えといたらいいでしょ。その他も、結構前半は理論とかいってるだけだから、そこまでましろん覚える必要ないでしょ、たぶん」

 

 忍海が、むらなくマニキュアを塗った爪先で鼻をかく。

 ましろはかなり心配になった。

 忍海からきちんと教えてもらうことができるか定かでないことと、頭を掠めたある事項が現実のものになってしまう可能性があることについて。

 

 それから、忍海はページを飛ばしながら教えてくれていたものの、要領を得ておらず、彼女には失礼であるが、ましろはわかったつもりにさえなれなかった。

 そもそも、耳が意思を持っており、ましろの頭の中に単語が入るのを拒否しているかのようであった。

 それほどまでに意味が分からなかった。

 おそらく、話している本人もわかっていなのだろう。

 それが忍海の表情からも見て取れた。

 そんなことをましろが考えていると、


「えーっと、ちょっと待ってね。えーっと、あ、そうか。いや、たしか、んー、けど、ん、たしかにそんなこと聞いた覚えもあるけど、んー……あぁあ」

 

 言葉が途切れた。頭から湯気が出ているのか、とましろが錯覚してしまうほどオーバーヒートした様子で、机に突っ伏すと、次の瞬間にはバッと上体を起こし、お手上げとばかりに両手を宙にあげた。


「あのー、忍海さん?」

「ましろん、ごめん。限界、アタシにはこれ以上無理だ」

「えっ? それってどういう」

 

 ぽつり、言葉を残し、忍海は部屋から出ていった。

 ましろが呼び止める隙も与えないほど早く。

 嫌な予感がした。

 ややああって、ガチャリ、と扉が開き、静かに入ってきた人物を見て、ましろの拍動はそれまでとは違うペースで刻み始めた。


「さて」

 

 整髪料の香りが鼻腔をくすぐる。

 ましろは、自分の身を守るように、身体を引いた。

 まさかという思いで呆然としていると、その人物は笑った。

 獲物をとらえた獣のような、残忍な笑いだった。

 視界の端に徐々に閉まっていく扉が映る。

 ひょっこりと顔をのぞかせている者がいた。

 ましろと目が合う。

 忍海だった。

 彼女は、ましろに向かって、サムズアップしている。

 ましろは下唇をかみ締める。


「忍海は自分の手には負えないということで、僕を頼ってきたよ。正直、テキストを渡したときからこうなることはわかっていたけれどね。安全教育を実施はしたけれども、彼女はKYの時点で理解が怪しかったからね。どこに危険が潜んでいるかを理解できていなければ、そもそもリスクが特定できない。そうなってくるとリスクアセスメントはできないからな」

 

 そう言われて、テキストが目の端に映り、忍海がギブアップをしたのはリスクアセスメントに関連するページであることに気付いた。

 胸元を伝い流れ落ちはじめた汗の感触。

 ましろの頭の片隅に常にあった心配事が徐々に現実に形を成していく。

 

「ようこそ、『Brasserie et Dessert Pieuvre』へ。歓迎するよ」

 

 不敵に笑いながら、歩みよってくると、その人物は、ましろに手を差し出してくる。


「忍海に代わり、君の教育を担当することになった安全衛生推進者の『赤い狐』だ。以後お見知りおきを」

 

 『赤い狐』の処刑宣告にも似た言葉がましろの頭上に吹きすぎた。

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