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虹色L!VEON!!~偶像刷新~  作者: 二階堂彩夏(§A-MY)
Chapter1.センザイリョクを引き出すのはサクラ色の息吹
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Seal54 正義か悪か

 『赤い狐』が部屋から出ていくと、無意識にましろの唇の小さな隙間から、体内にあふれていた空気がもれた。


「んー」

 

 両手を天井に突き上げて、忍海がゆっくりと伸びをする。

 そうして、彼女は首を鳴らしながら、突然立ち上がった。


「そっれじゃあ、アタシも準備があるので、しばらくの間退席しまーす」

 

 重たい空気をかき消すかのようにわざとらしい明るい声をだして、自分の頭をぺしっとたたく忍海。


「じゃあね、まーしろん! またあとでね」

 

 それだけ言って、忍海はそよ風のように出ていった。

 二人が出ていくと、ゆったりとした静黙が部屋を包んでいた。

 残されたましろと安堂はお互い石のように黙りあっている。

 安堂が紅茶を口に運び、唇を湿らせる。

 

「頭はもう痛くない? ここに来てからのこと大丈夫、覚えてる? あれだったらすぐ言ってね。真菅ちゃん呼んで診てもらうから」


 果たして安堂は、頃合いを見計らっていたように申し訳なくてたまらないといった風に、そう切り出した。

 『真菅』という言葉にどこかで聞いたことのある名だと感じながら、ましろは返答する。 

 

「起きたときは少し記憶があいまいでしたけど、今は大丈夫です」


「よかったぁ。でも、無理しちゃだめだよ。頭っていうのは精密機械みたいなものだから」

「はい」 

 

 短く返すと、またもや会話が途絶えた。


「ごめんね、戸田さん」


 安堂が空白に言葉を落とした。


「何がですか?」

「『赤い狐』《あのこ》のこと」

「あぁ」

「怖かったでしょ?」

「はい、こわ――」

 

 ついばか正直にこたえかけ、ましろはハッと口を覆う。

 安堂は、あはは、と笑った。


「正直だね、戸田さんは」

「このことは、『赤い狐』さんには……」

「安心して、初めから言うつもりはないから。それに結果として、暴力をふるって戸田さんにけがをさせちゃったのは事実だからね。本当に申し訳ございませんでした」

 

 安堂は立ち上がり、深々と頭を下げた。

 そして頭を上げると問い掛ける。


「どうして、『赤い狐』《あのこ》にストーカー呼ばわりされてるの?」

「聞いてないんですか?」

「あ、もちろん『赤い狐』《あのこ》からは既に話は聞いてるよ。でも、戸田さんからはまだ聞いてないからね」


 ましろが話し始めると、口を挟まず、「うん、うん」と言葉少なに安堂は耳を傾けた。

 彼女の目には、ましろを優しく見守るような温かみがあった。

 大人の包容力ともいうべきものか、言葉がすぅと引き出され、知らぬ間にましろは経緯をすべて話してしまっていた。


「それで、ストーカー、か」


 ましろは安堂の目を見る。


「どうかした?」

 

 にこにこした表情で彼女が見返してくる。

 色の異なる双眸は優しく慈愛に満ちていた。

 そんな人がオーナーなだけに、ましろの胸中に急に後ろめたさが押し寄せてきた。

 ストーカーではないにしろ、純粋な労働意欲からこの店に来ているわけではないのは言い逃れのできない事実だった。

 薄紙を重ねるように一枚、また一枚と、罪の色が重ねられていく。

 そんな気分にさせられる。

 胸のリボンをいじりながら、ましろはうつむく。


「もし、私がストーカーみたいに、このお店を志望したのがここで働きたいからっていう純粋な理由じゃなかったら、どうしますか?」

「ストーカーなの?」

「違いますけど、もしもの話です。それにストーカーに限った話じゃありません」

「んー、どうもしないかな」

「えっ」

 

 ましろは声を裏返した。


「志望動機が理由で不採用にはしないよ。まぁ、うちで働きたいって気持ちがあったら嬉しいのは、嬉しいんだけどね」

「でも、ストーカーですよ!」

「そもそも、一概にストーカーが悪だとはわたしには判断できないしね」

「ストーカーは悪じゃないんですか?」

「じゃあ、ひとつ聞くけど、戸田さんはなにをもってストーカーは悪だって決めてるのかな? もっと言うと、正義と悪ってどうやって大別してるのかな?」

「えっ?」

 

 ましろは絶句した。

 哲学のような問答をまさか面接でやるとは思わなかったからだ。

 もっとも、そうなった原因はましろ自身の言葉にあるのは自明の理だった。


「人に不愉快な思いをさせているから、悪だと私は思います」

「そう戸田さんは思うんだね」

「はい、思います」

「先に話すけど、正義だとか悪だとかは置いといて、わたしはストーカーはダメなものだと思ってるの」

「はい」

「ただ、そのうえでずるい質問をさせてもらうね。ストーカーが戸田さんの言うとおり悪だとすると、ストーカー本人は好きな人をストーキングできないことによって、不愉快な気持ちになるよね。それは悪じゃないのかな?」

「それは……」 

 

 単純なようで難しい話でなんだか先ほどのLGBTの話に似ているようにましろには思えてくる。

 誰かの正義は誰かの悪で、ただ果たして、その両者が抱く不愉快という感情は一緒なのか、と。


「ごめんね、こんな質問して。難しいよね」


 安堂がぎこちなく笑う。

 それを見て、おそらく彼女自身もこんな話をするつもりはなかったのだろうと、ましろは自分の発言を悔いた。


「結局ね、わたしは正義っていうのは、人を傲慢で自分本位にさせる魔法の言葉だって思うの」

「魔法の言葉ですか?」

「あ、でもこれも私が思っているだけだから、正解ってわけじゃないんだけどね」

 

 安堂は言葉を続ける。


「自分自身がただ気に入らないことを、人として守らなければいけない道義ってすり替える魔法の言葉」


 処置に困る虚ろさのようなものを抱えこんだような言い方だった。


「正義があるから悪がある。悪があるから正義がある。よく言うけど、本当にそうだとわたしは思うなぁ」

 

 ましろは催眠術にかけられたように、安堂の瞳を見つめていた。

 

「正義って言葉がわたし自身あまり好きじゃないから、ほかの言い方をするけど、--」


 --誰かの喜劇は、誰かの悲劇でもあるってことかな。


 その言葉はましろの胸をまっすぐに貫く力を持っていた。

 呆気にとられていた。

 どこにでもあるありふれた言葉ではあったが、安堂のは本質をとらえて言っているような気がしてならなかった。

 彼女は心の底を覗きこむような表情を浮かべ、しげしげとましろを見つめていた。

 

 

「まぁ、仮にこの店をストーカーが志望してきたとしても、やっぱり私は採用するかな」


 安堂が紅茶の残りを飲んで、カップの縁を親指の腹でそっとぬぐう。


「どうしてですか」

「だって、--」


 --わたしの目の届く範囲にいる方がその子を守れるでしょ。

 

 ぺろり、と自身の親指をなめた安堂の唇の片端に、一瞬淡い笑みが浮かんだ。

 彼女のまなざしは全くあたらしい別の生き物のものともわからぬ、それでいて先刻と変わらず、いや先刻よりもより目を離せない強い吸引力をもっていた。

 ましろの中でいったん角ばった気持ちが気付かぬ間に和らいでいた。


「だから、……」

「だから?」

「わたしからは戸田さんにひとつだけ忠告」

「忠告ですか?」

 

 ましろは、忠告と言われて身構えた。


「そう。でも、忠告っていうよりかは助言って言葉の方がふさわしいかな?」


「なんですか」


 ましろは唾を呑み込む。

 ふぅ、と息をはき、安堂が口を開いた。

 

「桜と千歳に再びアイドルになってもらうのは、無理だと思うよ」

 

 頭の片隅でちらついていたことをすばり言われて、ましろは動揺した。

 その瞬間、安堂に心の内面を全部のぞかれてしまったと感じた。

 感じただけで、実際にはそうでないのかもしれないが、そうなってくると、余計なことをいうことは避けたい。

 かつ、余計な言い訳めいたことは口にしたくなかった。

 そう思ったからこそ、ましろは安堂からあえて視線を外さなかった。

 押し黙っているましろに安堂が言う。

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