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虹色L!VEON!!~偶像刷新~  作者: 二階堂彩夏(§A-MY)
Chapter1.センザイリョクを引き出すのはサクラ色の息吹
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Seal99 わたし、何歳ぐらいに見える?

 突然、膝ががくがく震え始めた。

 忍海に指摘されたことはすべて事実だった。


(私、忍海さんのことなんにも知らないや……)


 震えを止めようとしても、情けないがどうにもならない。

 ガチャリ、と扉が開き、ディナーのシフトに入ってる者たちが更衣室に入ってくる。

 怪訝な視線をぶつけられ、ましろはハッとして、着かけていた服を頭からすっぽりと被った。

 

 たったいま、身に着けたにもかかわらず、ジョーゼットのブラウスが冷や汗で濡れた。

 相変わらず、震えは止まらない。

 言葉ばかりのお疲れさまですという言葉を残し、心にしこりのようなものを抱えたまま、どんよりと重たい足取りで更衣室を出る。

 そのまま、帰ろうとしたその時、


「そこいくお嬢さん」

「ひゃあっっ!」

 

 耳に言葉が入ってくるとともに、ましろは背中に温かみを感じた。

 いきなり誰かがぎゅっと抱きついてきたのだ。

 思わず顔を動かして、相手を見る。


「あっ、ごめんね、驚かしちゃったかな」

「オ、オーナーさん」

 

 抱きついてきたのが誰かわかり、ましろはホッと、胸をなでおろした。


「戸田さん、そのまま帰っちゃおうとしてた?」

「あっ」


 ましろは安堂が訊きたいことがあったと言っていたことをいまさらながら、思い出す。


「もしかして、予想当たっちゃった?」

「すみません」

「いいよ、いいよー。帰ってないからセーフ。あっ、いつまでも抱き着いてたままじゃ、暑苦しいよね」


 言葉とともに温もりがはがれていく。


「あっ」

「んー、どうかした?」


 安堂の唇の脇で、象牙色の長い指がゆらりと揺れる。

 ましろはいつの間にかおこりのように揺れていた身体が、静かになっていたのを知覚した。


「ありがとうございます」


 ましろの感謝の意に一瞬、安堂はポカンとしたがすぐに、


「どういたしまして」


と言って優しくほほ笑んだ。


 そのまま、ふたりで事務室に向かう。

 ましろが初めて忍海と出会った場所だ。


「適当に座ってて、なにか飲み物淹れるから」


 そう言い残し、安堂が立ち去る。


「お待たせ」


 ましろが座りながら待っていると数分もしないうちに、安堂が盆で二杯のコーヒーを持ち、入ってきた。

 彼女は一杯をましろの前に置き、次いでもう一杯を自分の方に置くと、また部屋から出て行った。

 そして、またすぐに戻ってきた。

 今度はその両手に角砂糖が入った容器とミルクピッチャーが握られている。


「戸田さんはお砂糖とミルクは使うタイプかなぁ?」

「私はブラックで大丈夫です」

「そっかぁ、大人だねぇ。あっ、冷めないうちにどうぞどうぞ」


 勧めながら安堂がコーヒーの中に角砂糖をトングで何個も投入し、ミルクピッチャーからこれでもかとミルクを注いだ。

 砂糖もミルクも増量した見るからに甘ったるそうな液体が、唇に吸い込まれていく。


「わたし、甘いの好きなんだぁ。意外かなぁ?」


 安堂は口の中にあめ玉でも含んでいるような笑いを漏らす。


「それでねぇ」

 

 無邪気な少女のそぶりを見せたかと思うと、次の瞬間には安堂は母親のような表情をのぞかせた。


「真菅ちゃんに意見聴取してもらう前に訊いておきたいことがあってね。戸田さん、いまもお医者さんにはかかっているんだよね? お薬はどう?」

「一応、一年に一回は検査を受けるために病院には行ってます。それで、いま服用してるのは免疫抑制剤だけですね。まぁ、一生服まないといけないってだけで、いまはなんともありません。運動も問題ないです」

「そうみたいだねぇ、今日の桜とのパフォーマンスでも結構激しく踊ってたし」

「み、見てたんですか」

「もちろん、オーナーだもん。労働者がきちんと働いているかは確認してるよぉ。若いなぁって思いながら見てたよ」

「なにをおっしゃるんですか。オーナーさんだってまだまだお若いですよ」

「えー、そうかなぁ。わたし、何歳くらいに見える?」


 難しい質問だった。


「二十代前半ぐらいですかね」

「もぅ、そんなに若いわけないよぉ。わたし、アラフォーだよぉ」

 

 言葉とは裏腹に若さを称揚された安堂は満悦の表情である。

 ましろは回答が間違っていなかったことにひとまず安心した。


「んー」


 ひといき入れるように安堂が、座りながら背筋を伸ばす。


「ひとつ気になってたんだけどね。戸田さん、今日なにかあった」


 テーブルの上に頬づえをつき、ましろの目をのぞきこむ安堂。

 ましろは言葉に詰まった。

 

「なにがあったのか細かいところまではわからないけど、仕事中は笑顔でね」


 結局のところ、仮面を付けるため、見えないのでは、とましろが思っていると、安堂が付け足した。


「仮面をかぶっていても、そういうのは外に漏れちゃうものなんだよ」

「はい、わかりました」

「素直でよろしい。って、戸田さんコーヒー冷めちゃうから飲んで飲んで」

「あっ、すみません」


 ましろはコーヒーに口をつけた。

 すり減った神経を熱くて苦いカフェインが、心地よく刺激する。


「あの、私も訊いていいですか」

「なに?」

「オーナーさんは、忍海さんたちがriwegを休止した理由って知ってるんですか?」

 

 安堂の顔が愁いを帯びた。


「知ってはいるけど、本人たちは教えてくれなかった?」

「はい」

「んー、本人が言いたくないのにわたしが話すのはできないかな」

「そうですか……」

「そもそも、戸田さんは桜と千歳がriwegっていうアイドルグループだったってことはなんで知ったんだっけ」

「それは黄金さーー」


 ましろはまた余計なことを言いかけて、あわてて自身の口をふさいだ。

 安堂がほほ笑みながら、コーヒーカップをソーサーに置く。


「戸田さんは、ほんとうに正直ものだね。まだ、心が染まってないや」

「染まってない?」

「うん、名前のとおり、心が真っ白」

「そうですかね……」


 ましろなりの隠された事情があると察しをつけたのか、安堂は黙りこんだ。

 凛とした静けさ。

 あれだけ湯気を立てていたコーヒーは見る影もない。

 ましろは飲まずとも温くなっていることがわかった。


「あの、オーナーさんーー」

 

 ましろが言おうとするのを、安堂が指を立てて押し止める。


「前にも言ったよね、言いにくいことや言いたくないことは無理に言う必要はないって」


 安堂は特に詮索もせず、あっさりとそう言った。

 そのまなざしには人を元気づけ、幸福な気分にさせる力がこめられていた。

 だからこそ、ましろはうそをつき続けるのが苦しかった。

 安堂の瞳をじっと見つめる。


「どうかした?」


 ましろは両手を膝に置いて呼吸を整えた。


「実はーー」

 

 ましろは、自身が『Pieuvre』に来ることになった理由をかい摘まんで正直に話した。


「なるほどー。そういった事情かぁ。んー、黄金ちゃんは桜と千歳がここにいるのを初めから知ってたと思うけどなぁ」

「えっ。でも、黄金さんはたしかにここにいるって確信はないって言ってましたよ。信頼できる筋からの情報はあるにはあるみたいなこと言ってましたけど」

「それがうそだとしたら」

「それじゃあ、オーナーさんは黄金さんの目的がなんだったと思うんですか?」

「桜がいまだに活動を再開しない理由を知る、じゃないかな」

「へっ?」

「いまの話を聞いたうえで結論を出すと、黄金ちゃんが考えるならそれが一番自然かなぁ」

「ちょっと待ってください。オーナーさんと黄金さんは面識があるんですか?」

「うん、あるよ。戸田さんが出会う、ずっーと、ずっーと昔からね」 

「そうだったんですか」


 安堂がコーヒをまた口に運んだ。


「オーナーさんは忍海さんが活動を再開しない理由を知っているんですか?」


 ましろの質問に安堂はただ淋しそうにほほ笑むのみだった。

 終止符を打つように、彼女は腰をあげた。


「要件も終わっちゃったし、わたしもお仕事にそろそろ戻らなきゃ。スーちゃんに怒られちゃうや。オーナー、何してるんですかって」


 安堂がふんわりと笑う。


「わたしから戸田さんにお話できることは、ひとつだけ。仮面は素顔を隠すためだけのものだけじゃない。時には真実を隠すためのものにもなりうるってことかな」 

「仮面は素顔を隠すためだけのものじゃない?」


 安堂に目をやる。

 彼女はにっこりと笑っていた。


「それじゃあ、気を付けて帰ってね」


 言い残し、安堂が出て行った。

 ひとり残されたましろは考える。


(とりあえず、黄金さんに訊いてみたら、わかるよね)


 ましろは温くなったコーヒーを一気にあおると椅子から立ち上がった。


 

 

 ましろがアイドル事業部に到着するも、黄金はいない。

 紫歩と目が合う。


『あれ? 今日休みなはず』

「ちょっと、お訊きしたいことがあって来ちゃいました。えーっと、黄金さんは外出中ですかね?」

『そう』

「タイミングが悪かったみたいですね」 


 ましろは苦笑を漏らす。


『なにを訊きたかったの?』

「riwegが活動休止中の理由なんですけど、紫歩さん知ってますか?」

『知ってるけど、いきなりどうして?』

「私、純粋に気になったんです。それがわかれば黄金さんの真意もわかるような気がして……」

『……そう。それなら、感音性難聴』


 小首をかしげる。

 ましろには聞きなれない言葉だった。

 紫歩がスケッチブックのページを繰り、また書き込んだ。

 

『突発性難聴』

「難聴ってことは、耳の病気ですか?」


 こくん、と紫歩がうなずく。


『桜はファーストライブの後、突然片方の耳が聴こえにくくなった』


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