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ペシミズムを乗り越えるための魔弾シリーズ

ペシミズムを乗り越えるための魔弾

作者: 魔弾の射手

・ペシミズムとは

 ペシミズムとは日本語で厭世えんせい哲学のこと。

 この世は(精神的にも物理的にも)苦しいことや虚偽や悪徳、戦争や略奪によって構成され、常に其処に生きそれを俯瞰する立場の我々当事者を殺しにかかるこの世の地獄その物なのだと云う考え方。つまりニートのよりどころ。

 拝啓、サイバーリンク株式会社様


(前略)

 今回このようなメールをお送りいたしましたのは貴社が取り扱われているオンラインゲームサービス『アストロ・ノーツ;EXAイグザ』のログインフォーム内において、二重にサマーキャンペーンアイテムが配布されていることの確認と、当方の手違いでハイメガガチャチケットEXおよびハイメガガチャチケットEXポケット、デラックスチケット交換対応景品を交換してしまったため、交換した景品の対応及び二重配布アイテムの対応を伺いたく、このような形でのコンタクトと相成りました。


(中略)


 User ID:Samielザミエル Centaurツェンタウア

 Pass Word:■■■■

 Handle Name:ベアトリクス・アーデルハイト


(後略)




敬具




 送信のボタンをクリックすれば後は運営が動いて、勝手に入手したキャラクターを回収して、最後に置き土産のメールをくださることだろう。それまで、私は好きに彼女たちを使いたい。

 糠喜ぬかよろこびさせて、交換できてしまえて、特に警告もなく入手したキャラクターを使用できる。運営が大盤振る舞いしたと思ってもしょうがないじゃないか。だから嬉しくてついガチャガチャを回して、ついでにデラックスチケットで購入してしまった。合計で五体のキャラクターが、そのどれもが私が以前から欲しいと願ってやまないキャラクターたちだった。だから、何が悪いと云うのか。


 だが同時に、私はそれで良いのかと疑問に思った。

 それでは不正だ。ズルだ。インチキだ。イカサマだ。そうだと知ってなお、金球排出率が低確率のガチャで手に入れたキャラクターだからと言って、それを知らせずに使用し続けることはbotやチートコードを使ってゲームを利用するより罪深いと、思っている。

 欲しいキャラクターがいるのならbotやチートコード、運営の不手際を利用すれば良いと云うのも一理はあるだろう。それはそのキャラクターに対する一種の愛情の結果だと分かるから。

 けれどそうまでして手に入れる価値はあるのか?プログラムの穴を縫ったチートコードやそれを動かすbotに、運営の不手際とはいえそれを報告せずにのほほんと胡坐をかいてふんぞり返るなど、私にはできない。


 子供の頃、同級生がプロ(Pro)アクション(Action)リプレイ(Repley)と云う物を使用していて、私も促されるままにそれを使用した。その結果、欲しかったキャラクターを手に入れた。レアな武器を揃えた。レアな素材だって湧いて出た。

 快感だった。排出率を自分の意のままに操れて、レアな素材や数値を改竄しただけでは排出させることすら困難なアイテムであろうと全て、私が『出ろ』と命じれば出てくるのだから、それは麻薬のようにしみ込んで行って、ひと月もたてば飽きた。

 煩わしいと思っていたレベリングは一瞬で済ませられ、欲しかったアイテムはほんの少しの――少なくともレアなボスキャラを倒して得るよりは圧倒的に少ない手間で手に入り、そして飽きた。飽きるべくして飽きた。


 インターネットで見かけるような、チートを使って所謂『面白い動画』や『フロムマジック再現』とか、そう言った芸術的な動画を撮れるほどの技術もなければ、新しくチートコードを作るだけの頭もない。

 一瞬で終わる戦闘、甲斐のないレベリング、面白みのない通信対戦、やがてセーブデータを消去した。

 その時になってようやっと分かったのだ。苦労して手に入れるから、苦労してレベリングするから、手間を惜しまないから、ゲームは楽しめるものなのだと。好きな物を手に入れるための手段としてチートやbotを使ってでも手に入れる――理解できるし、手に入れるためだけなら十分楽しめるのだろう。でもそうやって手に入れたところで何もならない。

 何より、しばらくもしないで飽きる。手に入れたい全てを手に入れた先にあるのはむなしさだけで、何も残らない。だからそのケジメのために、私はセーブデータを消した。


 それと同じで『これでよいのだ』とステテコと腹巻をしたい気分になりながら、私は震える手でマウスをクリックした。カーソルは送信の文字に合わせられ、数瞬の処理の後に


『不具合報告にご協力頂き、誠にありがとうございます。今後とも弊社の提供するオンラインゲームサービス“アストロ・ノーツ;EXA”をよろしくお願いします。つきましては報告内容の調査が完了し次第、報酬としてイベント専用ゲーム内通貨を規定に従い進呈いたします。調査の完了まで今しばらくお待ちください』


 のテンプレが表示されて、しばらくすれば返信が届いた。


『お問い合わせいただきました不具合内容につきまして、ユーザーID: Samiel Centaurのアカウントの調査を行わせて頂きましたところ、調査の結果、下記のアイテムが重複ちょうふくして配布されていたことを確認しました。以下重複されて配布されたアイテムの一覧となります。

・ハイメガガチャチケットEX=1枚

・ハイメガガチャチケットEXポケット=5枚

・デラックスチケット=1枚

・【SP】アークコスモス=1個

・キャンセルリムーバー=1個

・進化アイテムセット=5個

・『万能強化素材』弾丸Xα

・『万能強化素材』弾丸XΣ

・『万能強化素材』弾丸XΩ

・第34回『アストロ・ノーツ;EXA 運営評価アンケート』=1枚

・第34回『コズミックフェスタ 予選キャラクター投票券2017』=25枚

・コスモスドライヴ:ブラスト=1個

・コスモスドライヴ:ラピッド=1個

・ドライヴリムーバー=1個

 本件につきまして、お客様のアカウントを一時的にログイン仮訂正処理を行い、アイテムの回収並びに補填対応措置を取らせていただきました。

 また、本アイテムのうち、すでにご使用になられた『ハイメガガチャチケットEX』『ハイメガガチャチケットEXポケット』『デラックスチケット』を使用して入手されたキャラクターをすべて回収とさせていただき、後日プレゼントの形で上記アイテムを各2回分ずつ再配布とさせていただきます。

 つきましては、今回の不具合報告を以てゲーム内の全アカウントを緊急的に調査し、今回同様の不具合が発生していないアカウント全員に『ハイメガガチャチケットEX』『ハイメガガチャチケットEXポケット』『デラックスチケット』各1回分相当を配布とさせていただきます。ご了承ください。

 また、すでにレベルアップしている『ハンナ・クリームヒルト・フォン・デア=レーベンシュタイン』につきましては、同レベルが取得可能なレベルアップ素材『EXPブースターα』を4個お渡ししております。

 なお、今回の不具合に関してペナルティを危惧しておいでですが、botツールや不正なアクセスコードの使用が確認されなかったためペナルティはありません。ご安心ください。

 このたびはお客様に大変なご迷惑をおかけし、まことに申し訳ございません。深くお詫び申し上げます。

 今後とも弊社の提供するオンラインゲームサービス『アストロ・ノーツ;EXA』をよろしくお願いいたします』


 その文面を見たのちに、再びゲームランチャーを起動して処理の内容を確認したのちに、パソコンをシャットダウンさせた。


 部屋の電気をつけて、そこいらじゅうゴミだらけで、一部には変な色をしてしまっているペットボトルも散見できて、ゴミ袋を用意するとゴミ出しカレンダーを確認しながら分別した。


 これでよかったのだ。清々しい半面、若干の閑寂かんじゃくとした感じは払拭されず、ようやっと手に入れられた欲しかったキャラクターたちを手放しことに遅まきながらの後悔を覚え、けれどもそれで良いのだとまた開き直る。

 言い方は悪いが、運営に何も言わずにのほほんとズルしてまでそのキャラクターが欲しかったわけではない。しっかりとした正攻法で、時たま課金して、そうやって苦労して手に入れるものだ。苦労と吹っ飛ぶ金額の釣り合いが取れていなくたって、ハズレキャラクターにもハズレキャラクターなりの楽しみ方がある。

 何よりそんなやり方で手に入れたって楽しくない。いつか段々と罪悪感のような物が過ってくるだろうし、そうやってゲームを自分から苦痛に変えようだなんて思わない。


 だから、それで良いのだ。

 そう、今回のことは一時の泡沫うたかたの夢と思えばいい。邯鄲かんたんの夢枕だ。胡蝶こちょうの夢だ。


 あぁ、こんなだから涅槃寂滅ねはんじゃくめつしてるんじゃないかって心配されるんだ。そう思いながら、私は風呂上がりでろくに髪も拭かないままに家を出た。

 今日が対象のゴミを出す為に、朝日で身が溶けるんじゃないかと思いながら外に出ると、昨日は雨が降ったのか湿気った土の臭いが鼻腔びこういっぱいに広がって咽上がるようで、私は生きているんだなと実感させられた。


「あら、アーデルハイトさん?」

「――はい?」


 相変わらず、偽名を使うのにはなれない。とっさに呼ばれても反応が鈍くなるし、デメリットばかりと分かっていても、止められない。

 私の本当の名前はただ父と母、そしていつか出会うかもしれない伴侶さえ知っていればそれで良い。だから、ベアトリス・アーデルハイトと名乗っているのに。


「最近お家に籠りがちだったけど、ついに吹っ切れたのね。心配してたけど、よかったわ」

「――心配……ですか?」

「それはそうよ。私の数少ないお話し相手ですもの、心配の一つや二つするわ」


 上品に笑うご高齢のマダムは、けれど高齢者にありがちな汚らしさが無くて、いっそ浮世離れして見えるほどに美しい。『こういう歳の取り方もあるのか』と毎度毎度目を見開くほどには。

 憶測と偏見ではなく、確かな知性と確かな理性を伴う、世の男性から見れば理想的ともいえる女性で、若いころは大層モテただろうと下世話な想像をしてしまうくらい。

 そう、もともとはどこかの深層の令嬢とか言われても納得できてしまう、神秘的で俗世とは少し離れた場所から物事を俯瞰しているような、そんな不思議な女性。若々しく、瑞々しく、けれど真っ当に、多くを経験して正しく大人になれたこの人は年相応のどこまでも見通しているかのような、そんな思慮深さとを内包している。それこそ本当に、まるで少女のように。


「一人で抱え込んじゃだめよ。私にはあまりお仕事とかは分からないけど、あまり年寄りを舐めちゃだめよ。私でよければいくらでも相談に乗るし、力になるわ」

「――いつも思っていたんです。なんであなたは――」

「干渉するのか、でしょう?答えは、Noblesseノブリス Oblige・オブリージエ.――私の先祖の故郷、フランスの言葉よ。力、つまり権力や財力を持つ者は、往々にして務めを果たす義務が課せられると云う意味。そして私は歳を取った婆で、進むべきを見失った親しい貴女を導く義務があり、そして私本人がそうしたいから。それでは、言葉が足りないかしら?」


 特に何もやっていない。されるに足ることをやったこともない。

 基本的に、人間と人間の付き合いとはギブアンドテイクだ。何もやっていない、するかどうかも分からない相手を助けるような奇特な奴は、人生と云うふるい落としゲームに勝てるはずがない。

 なのに、この妙齢の嫗は進んでそれをやろうとする。考えが分からないし、何より何か企みがあるのではないかと邪推したくなる。

 それとは反対に、この嫗はそれでも背筋の伸びた、少なくとも全うそうな人で、だからつい安心してしまうのだ。反発したくなるくらい。


「――私は特に何か、そうして貰うに足ることをした覚えはありませんけど」

「いいえ、貴女のおかげで私の孫は正しい道に戻れたし、貴女のお父様とお母様が居てくれたから、私は今もここに居られるのだから、感謝してもしきれないわ。これは、そのお礼も兼ねているの。職の斡旋だって、住むところの確保だって、なんだってやってあげるし、婆の気まぐれと思って貰ってくれないかしら?」


 朗らかと云うよりは落ち着いた笑顔は、きっとこの歳でも年配のおじさまたちが夢中になるのではと思う魔力が秘められていて、断れなかった。

 圧力なんかでもなく、そうしたいと思わせる何かを秘めているのだ。


 何かに気がついたように口元に手をやって、けれどその所作すら美しい。育ちの良さそうで、けど同時に清濁両方を知っているかのようで、だからこの人は他人とは何かが違うと思わされるのだ。


「あら、いけないわ――これだから、無駄に歳を取るとよくないのよね。何でもかんでも説教臭くなってしまうもの」

「いいえ……すごく、楽になれたような気がします」

「そうかしら?なら私としても嬉しいわ」


 説教的ではあっても、どこか憎めない。どこか冷たい感触を持ちながらも、同時に温かい何かでくるまれているような、そんな安心感は変えがたい。

 まるで子供の頃のような、周りに敵が居なかった頃のような、そんな包まれたい安心感があるのだ。まるで実の親のような、そんな感触だ。真綿を詰め込んだ毛布で包まれているような、斯くも柔らかく斯くも温かく、だから、謝らなければならなかった。

 こんな人にまで嘘をついて生きていけるほど、神経図太くない。いっそ罪悪感すら覚える。本人が気づいていなければいいじゃないかと云う考えすら起こらず、私はその罪悪感に負けて、軽蔑されることを覚悟して告げなければならなかった。


亜笠アガサさんには謝らなければいけません」

「あら、何かしら?」

「私の姓、アーデルハイトじゃないんです」


 クォーターで、ずっとこの名前が嫌いだった。この名前を呼ばれる度に何も知らない輩が、ただ自尊心を満たす為に私を憐れむようで、ずっと日本育ちだと云うのに意味もなく嫌われて、ここ最近になってようやっと日本国籍を手に入れたのだ。

 少しでも名前の由来に詳しい人間は私のことを金持ちだと云うし、職に就くのだって難しい。だから本名を隠すことを覚えた。戸籍や公文書、学校とかではどうしても呼ばれるけど、それ以外のほとんど関係もない他人を騙すのは簡単だったからだ。

 だから外ではベアトリス・アーデルハイトと名乗っていたし、本名を口に出すことはなかった。男性と付き合うことがあっても、よほどのことがなければ偽名を名乗っていた。それが当然だったから。


 だから知っていて・・・・・貰いたい・・・・人にだけ・・・・伝わればいい・・・・・・と云うのに嘘も偽りもないし変わらない。

 知っていて・・・・・貰いたいから・・・・・・名乗るんだ。


「私の名前は、ベアトリス・クレスケンス・フォン・ウィトゲンシュタインなんです――今まで、嘘をついていてごめんなさい」

「――貴女が必要以上に他人を気にしていたのは知っているわ。でも、いいのかしら?私に言ってしまって。周りの奥様方に吹聴するかも知れないのよ?」

「――亜笠さんがそういうことしないのは知ってますから」


 そういう一切が嫌いなのも知っていて、だから私は“いっそ周り中にばれても良い”と思いながら亜笠さんに伝えられた。

 少なくとも私が高校生のときにはすでにここに居た、一番長い付き合いだから、よく気にかけてくれたから、そして今も気にかけてもらえている。子供のころに両親を亡くして以降、ずっと嘘をついてきたと云うのに、微笑んで受け入れてくれている。


 とても稀有で、だから私もこんな素晴らしい歳の取り方をしたいと思った。

 更年期でキレやすくなったり、嫌味ばかり言って嫌われるようなそんな老後は、絶対に寂しいと分かるからだ。


 この人の近くに居れば、そういう幸福な歳の取り方とか、分かるかもしれない。そう思えるほどに、この人は美しい。この人のようになりたかった。


「あの――お母さんって、呼んでいいですか?」

「――えぇ、構わないわよ。うちの子たちはなんでか男の子ばっかりだったから、とても……嬉しいわ」




 世間話を少々したのちに、私はゴミを捨てて青々と晴れ渡る空を見上げながら、決意するように呟いた。

 この一言から、新しい明日がスタートすると信じて――祈りと願いと目標と、色々な物を一緒くたに混ぜ込んで、そうして出来上がった到底飲みたくもないような宣言ジュースを飲み込んだ。







「――働こう」








 脱ニート宣言しましたねぇ。

 ついでにこれ、自分の実体験ですww Twitterを見て下さった方は知っていると思いますが、自分がプレイしているゲームで重複されてアイテムが配布されたんです。不具合だと知らなくてそのままガチャ三回回して、特別な交換素材を二つ交換してしまって、個人的に欲しかったキャラクターが全て当たった状態だったのですが、全員回収となりました。ですが、それでよかったのかも名と。

 またまたついでに、お婆さんのあたりは完全な創作です。うちの近所にはスピーカーの付く人しかおりません。

 『三秒何とかを投稿するって言っていたじゃないか』と云う方は、もうしばらくお待ちください。ただいま執筆中でございます。少なくともこっちよりは感動できる話に仕上がるかと。

 これからも魔弾の射手をよろしくお願いいたします。

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[良い点] 簡単な気分で読み始めたのですが 想像以上にハイレベルな文体と見識に驚きました。 [一言] ストーリーが面白い--かどうかはともかくとして 文章力、表現力、語彙力は群を抜いていて素晴らしいで…
[良い点] 文章に斬新さを感じました。言い回しは個人的に好みです。 [一言] Twitterのリツイート募集投稿から来ました。ありがとうございました。
2017/08/01 02:11 退会済み
管理
[良い点] どうすればこんな描写ができるのか。 [気になる点] 明らかに改善の余地がある文章。 [一言] なんか良いこと言ってるような。
2017/07/27 19:37 退会済み
管理
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