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君の墓前にブーケを捧ぐ  作者: 海崎 涼
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第一話 愛する人


『久しぶり、宗』


 不意に懐かしい声が聞こえて慌てて辺りを見回す。

 ゆっくり目を閉じ、今はただ記憶の中にある彼女の姿を浮かべる。

 鮮明に映し出されたのは白のワンピースを着た黒髪を肩まで垂らした少女だ。今は亡きその少女とまるで昔のように会話を始める。

「久しぶりすみれ、と言ってもまだ二か月だけどな」

 口元を緩めながら話す俺に、すみれが笑いながら返してきた。

『私にとって二か月君に会えないなんて辛すぎるんだからね、一途に君だけを健気に想い続けた愛しの彼女の身にもなってみてよね』

 笑いが、徐々に陰ってくる、彼女の瞳には、どこか郷愁にも似た色が浮かんでいた。

『会えないってこんなにつらいんだね、もう一年たつのか………』

 郷愁が目から零れ落ちていく、零れ落ちた涙は彼女の太ももを通り抜け、墓石に当たって弾けた。

 彼女は一年前、飛行機事故で死んだ。墜落事故だった。不運にも彼女はひとり旅で東北を回っていて、仙台から羽田へ帰る途中山に墜落してそのまま帰らぬ人となった、そしてこうして、千葉県館山市にある墓で俺と話している。

「今もこうして会えているじゃないか、それだけでも十分だよ」

 彼女を慰める発言をしていながら自分の目から静かに涙が出てくる。

 台風二号の通過と同時に俺の夏休みは幕を開けた、七月二十日の今日、一学期が終わると同時に一直線にこの場所に駆けてきた。彼女の命日は八月十五日、俺の誕生日の三日前だ、そして、彼女の誕生日の前日、そして、俺と彼女が付き合い始めたのが二年前の今日だった。

『さて、忘れん坊のそう君にクイズです!今日は何の日でしょう!!』

 先ほどの涙が嘘のような笑顔でいかにも嬉しそうに問いかけてくるのでこちらも思わず笑ってしまう。だが、ここで正解を即答しても彼女は面白くないと思うので適当におもしろ珍回答を考える。

「うーん、そうだな、遠くの人とトークができる電話が発明された日!!」

 遠くとトークをかけるという我ながらによくできた答えをニッと笑いながら言う。

『ブッブー、面白いけど不正かーい、残念でしたー』

 笑い顔のままそう言う彼女の姿が、あまりにも可愛らしく、思わずどきっ、としてしまう。

「そ、そうだなー、俺たちの結婚記念日!!」

 仕返しのつもりで言い放った言葉が、あまりに恥ずかしいものだったので、思わず自らも顔を真っ赤にしてしまう。彼女も墓石の上で足をぶーらぶらさせながら嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような顔をしながら同じく真っ赤にさせている。

—―ああ、かわええなぁ、俺の彼女。いい嫁さん捕まえたなあ。

 などと心の中でベタ惚れ発言をしていたら、彼女がどこか寂しさを隠したように話題を変えてきた。

『あ!!そうだ!!三ツ矢サイダー買ってきてくれた!?』

「おー、あるぞー、駄菓子屋のおばちゃんがキンキンに冷やしてくれたやつ!!」

『やたーっ』

 両手を挙げて喜ぶ彼女の足元に、よく冷えたサイダーを置く。二人分の缶を開け、俺の分を積乱雲が一人寂しそうに浮かぶ空に掲げる。

「二人の将来を祝って乾杯!!」

『カンパーイ!!』

 今度はノってくれた彼女と、空中で缶を触れ合わせる。が、触れ合ったはずの缶が音を出すことはなかった。


 

 時は過ぎ、遥か彼方の西に、夕日が沈み始め、大きく発達した積乱雲が赤く染め上げられた時、彼女が薄くなり始めた。

『そろそろ……時間だね……』

「そうだな…………」

 悲しそうにうつむく彼女に、俺は、何かを隠すように笑い、言った。

「また来るよ、もう夏休みだしな……愛してるよ」

「私も……っ…………っあい……し……て……っうっあ……ああ……」

 彼女の両目からはとめどない涙があふれていた、二人の距離、目の前にいるはずの愛する人に届かない距離、決して、触れ合うことすら許されない一メートル。

 俺は、両目からあふれる涙をぬぐうことすらやめ、彼女を、消えていく彼女を眺め続けた。



 辺りはすでに、夕日の残光が残るばかりとなった、水のなくなったバケツとひしゃくを持ち、帰ろうとする俺を、女性の声が呼び止めた。

「あら、宗君、いらしてたの、あの子も喜ぶわあ、あ、そうそう、これ、すみれの遺書、二千十九年七月二十日に渡せって書いてあったのよ……ありがとうね、宗君、もう一年か……」

 最後のほうは聞き取れなかったが、差し出された二つ折りの黄色い紙を受け取る。

 少し焦げた紙をひろげると、懐かしくも儚い、花の香りが漂ってきた。


『  谷川 宗様へ


     これを書くのは、君に、大好きって伝えるためでも、愛してるって伝えるためでもありません。

     これを君が読むときには、私は君とは会えません、だから、一番言いたいことを最後に書くからよく読んで、一瞬でいいから、私のことを思い出してくれると嬉しいです。

     初めてのデートで行った、花畑、きれいな花がいっぱいあったね、あの黄色い花が私のお気に入りです。

     告白してくれた帰り道の土手に咲いていた赤い花が、今でも浮かんできます。

     初めて手をつないだ公園で、咲き誇っていた青い花、名前は知らないけど、きれいだったね。

     不器用なのに、花冠を作って、プレゼントしてくれたよね、すみれの冠は、今も部屋に飾ってあります。

     そして、私が行った東北でも、きれいな花があったんだよ。たくさんたくさん、君にも見せたかったな。

      そろそろです。

      私が君に一番伝えたいことは                           』







                                                                                                                                                   


 文はそこで終わっていた、きっと、最後の、本当に最後の刹那まで俺のことを想ってくれていたのだろう。俺はただ、地面に崩れ、泣いた、蝉時雨すらも止むほどに。

「すみれ……すみれ……っうう………ああっ」

 ただ彼女の名を呼んだ、俺を愛してくれた、愛し合った最愛の人の名前を、ひたすらに。



 やっとの思いで立ち上がると、俺は、すみれの両親に「ありがとうございます」とだけ言って帰路を全力で駆け抜けた。




—―君の見たものを見てくるよ、すみれ、帰ったら、君を抱きしめさせてくれ。



  

 俺は、瞼に浮かんだ彼女にささやきかけ、玄関の戸を開いた。

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