5話 盗賊
アンバー少年が行商の商隊に参加して10日。その殆どが移動に費やされる訳だが、この10日の間に訪れた村は2箇所。その取引の様子を窓から覗いていた訳だが。
その際に売れた物の大半は事前に持ってきて欲しいと言われていた物と薬品や生活必需品といったものが殆どで、追加で売れた物は本当に僅かだった。
所謂アイディア商品とか作ったら受けそうではあるけれど、それをやって成功すると権力持ちの商会とかに利権持っていかれる、若しくは今所属してる商会に取り上げられるか……。
そんなあくどい事をしているかどうかは分からないが、やらないとも限らないのでこの考えはアンバー少年には伝えてない。
記憶を取り戻すにも金。元に戻る方法を探すにも金。日々を過ごすにも金。……何をするにしても金、金、金。
金に変わる対価があればそれでも良いが如何せんそんなモノは何も無い為に働くしか無い。アンバー少年がお手軽少年漫画や小説に出てくる様な主人公なら秘められた力や才能等があっても良いが、そこは普通の12歳。
しかも環境は命が軽い未開拓時代仕様で下手すると死ぬ危険性が高い。何ともしがたい状況である。
(でも実際問題、農具関係は売れると思うんだけどな……)
窓から覗いていると基本的には皆、手に桑を持って畑を耕していたり、手で収穫を行っている。まあ中には恐らく祝福の効果であろうギフトを使用してソレ等を行っている人も居たが……多分特殊なケースだろう。
基本手作業で行っている農作業であるならば、その作業効率を上げる道具。更に言えば動力を必要としない……所謂人力で動かせる物が好ましい。
(手押し車は流行りそうだな。だがソレを作るにもやっぱり金が掛かる)
暗闇の中、無い身体でゴロゴロするという一種の『無駄の無い無駄な動き』をしていると窓から見える景色に動きがあった。
すれ違うと思われた馬車から数人の人が飛び出してきたかと思うと、その内の一人が何かを振り回してこちらの馬車へ向けてロープを投げる。投げられたロープには重りがあり……どこかで見た事ある武器を窓で検索するとあ『ボーラ』という名前が出てきた。
ボーラは馬の脚に絡みつきこちらの馬車は動きを止めてしまった。更には通り過ぎた馬車が止まり、幌から数人の男達が武器を持って下りてくる。
傍から見ていると成る程と妙に納得してしまう。直前まで普通に近寄り直前で数人を下ろして此方を足止め、更に馬車を進めて獲物の裏側を確保しつつ残りの人数で挟撃……しかも荷台を覆う幌によって今この場に居るのが全員かどうか分からない。
よく考えてあると思う。それに対して此方の人数は……少年に行商一行の6名と護衛の5名。
純粋な戦力は5名に対して向こうは前に4名、後ろに7名。数だけ見れば余り変わらないが行商一行で年齢的に戦えそうなのは……3……いや、4名か。
青年2、中年1、初老1+冒険者5。それに加えて少年と……例の先輩の相棒(少年)。
正直宜しく無い。早い所私を呼び出して欲しいがアンバー少年も気が動転しているのか馬車の中を右往左往している。まぁそうしながらも自分の荷物をしっかり身に着けているのは逞しいのだが。
そうこうしている間に戦闘が始まった。本気でこれはマズイかもしれない……というのも盗賊が全員で一斉に弓を射掛けてきた。勿論全部当たっている訳ではないがソレの本当の狙いはこちらの馬。
人も狙っている様だがこちらはついでで当たれば儲け物位の感覚らしい。先ずは此方の機動力を削ごうとしている辺り、後詰があると睨んだほうがいいか。
二台の馬車の内、先頭をの馬車を引いていた馬が盗賊の矢でやられた。直ぐに残りの馬を守り始めるが矢の勢いが強すぎてやられるのも時間の問題になるかもしれない。
プレッシャーに耐え切れなかったのかもう一人の青年が逃げ出した。例の先輩が呼び止めるが止まらずに駈けるが盗賊が放った矢が少年の腹へ当たる。そこからは一部の盗賊たちの狙いが変わった。
負傷した少年を的に、正確には囮なのだろう。当たらない様にギリギリを狙っている……つもりらしいが適当にやっている為、繰り返しやれば当然矢も当たりその度に少年の悲鳴が上がる。
情が有ったのだろう、例の先輩は馬車から飛び出したがそれを待っていましたと言わんばかりに盗賊の矢は飛び出した先輩へ。余りにも呆気なく、彼の身体はまるで針山の様に矢が突き刺さり地面へ倒れた。
血は流れ、地面を染める。それでも少年へ手を伸ばすが盗賊の攻撃がそれで止む事も無く、盗賊の放つ矢が幾つか彼の身体を貫いた後、彼の頭部を一本の矢が生える事で彼は沈黙した。
自分と身体を重ねた者が目の前で死ぬ。血が、彼の血が地面に染み込むよりも早く溢れ、自信の身体へと届く頃。少年は現実に耐えられず、力なく笑い声を漏らし始める。
その一方で冒険者達が弓で応戦しているのだが盗賊の準備が良過ぎる。大盾を2枚も構えた人間の後ろから矢を放っている為こちらの矢は盾に阻まれて当たらない。
多分用意している奴を当てれば盾でも……いや、盾だからこそ効果は抜群という奴だろう。アレだけの大きさの物なら間違いなく木製のはず。表面は多少金属加工をしてる様だがそれでも効果はあるだろう。
問題はアンバー少年が召喚してくれない……いや、気が動転しているから召喚するという事に気が付いていないのかもしれない。12歳の子供が目の前で正に殺し合いを見せられ、さらに自分と同年代の子が……言葉を交わしていた友人が的にされ殺されかけている状況ならばああなって当然なのかもしれない。それでも他人の言葉を日本語で呟くのを止めないのは非常に有り難い……というか癖になっているのだろう。お陰で周りの情報が手に入り状況が分かりやすい。
だが、今は一刻も早く私を召喚して欲しい。冒険者達の矢も残り少なくなっているから時期に弓での応酬は終わりを告げる。そうなれば不利なのはこちら。
恐らくだが後詰があり、搭乗している人員の命を重んじていない事から荷物さえ無事ならそれで良しという事だろう。つまり盗賊達は時間をかけて後詰を待ってから悠々と此方を殺して荷物を奪う事が出来る。
何せこんな何も無い場所で他に人が来る訳が無い。
この状況を打開出来る可能性があるとすれば……冒険者のギフトが戦闘特化、又はそれに類似する戦闘に適したギフトユーザーである事が望ましい。だが遠距離攻撃を仕掛けている最中にギフトを使用した痕跡が無い為、彼等のギフトが近接系のギフト若しくは戦闘には貢献出来ないギフトの可能性が高い。
何せギフトは使用する際、作用箇所に分かりやすいエフェクトが出るから見間違う事も無い。それにこの可能性は何も冒険者だけじゃなく盗賊にも当てはまる。
今見えている奴等はギフトを使用していない事から戦闘系のギフトユーザーじゃないかもしれないが、後詰の奴等までそうだとは限らない。
そうやって考察していると遂に冒険者達の矢が尽き、冒険者の一人が商人達に対して小声で叫ぶ。
「くそっ! 挟撃されてちゃ前に出れねぇ!! あんた等後ろを守る事は出来そうか!?」
「守るだけなら出来るが攻めるのは無理だな」
それに返答したのは初老の商人。先ほど叫んだ冒険者が続けて質問を投げかける。
「何か方法があるのか? あるならやり方だけ教えておいてくれ。いざって時に動けないと困る」
「ワシのギフトで土を作り変える。土に触れて、そこから10メートル以内の半径3メートルが効果範囲。その部分を底なし……とまではいかんが深さ4メートルの沼に変えれば足止めは出来る」
「……バトルギフトユーザー?」
「あほぅ、こんなもんがバトルギフトに分類される訳がなかろう。様は使い様だわい」
「それで、そいつは何回やれる?」
「一日に3回が精一杯で2回で疲労困憊、3回目でぶっ倒れるのぅ」
「……実質2回、出来れば1回が理想か、他に使えそうなギフト持ちは居るか?」
「居たな、真っ先にやられた小僧に囮にされてる坊主がバトルギフトユーザーじゃの」
何とも言えない顔で顔を歪める冒険者達。それを見ながら私は老人のギフトに対して考えを巡らせる。
(土を作り変えるギフト、射程10メートル、最大射程が13メートル、効果範囲が直径6メートル、敵までの距離が約20メートル。行き成り敵さんをハメるのは厳しいか)
話の流れからして一方を商人達が防ぎ、もう一方を冒険者が対処するつもりだろうから足止めが出来ればいい。であるなら、私が現界して突っ込めば囮として振舞うのは有りだと思う。懸念点があるとすれば……。
(矢に対して私はすり抜けるんだろうか?)
刀剣類……というかナイフは基本的にすり抜ける事を確認しているが、相手が殺すつもりで来た際の効果確認はしてないし全部の武器がすり抜ける保障も無い。まあそんなの全部確認する程の時間も資金も無いのだが。
最悪の場合、自分が死んでも少年が生きるならソレも有りという考えがある。だが出来るならアンバー少年には伝えたい事、教えたい事が山程有る。
生き残る可能性を出来るだけ上げたいんだが、今この戦場に何があり、どういう配置なのかを冷静になってもう一度確認する。
目に飛び込んできたのは盗賊達の馬車。馬車は高価で中古でも結構な値段……感覚的には発表直後の新車を買う位の値段はするので中々のお値段。
ましてや馬車の新品なんかは高級外車並みの値段がするので間違いなく守るべき物だろう……。いっその事盗賊を無視してアレを攻撃してみるか。
等と考えていると目の前が明滅してアンバー少年の目の前に現界する。
現界した私を見て皆驚いているが余り時間も無いので、直ぐ様『窓』を一つ呼び出してアンバー少年と意思疎通を開始する。
『アンバー少年、この間買ってもらった奴はあるか?』
「うん、えっと……コレだよね」
そう言って手荷物から渡してきた二つの瓶と石ころ。こちらの世界では軟膏とポーション……所謂魔法薬と呼ばれる代物だが……これらを掛け合わせる。更に混合液に石ころ、モンスターから取れた魔石を入れる。
魔石と言っても非常に小さく、そこらの雑魚からでも取れる魔石なので安価な為コレ等に掛かった費用は2000円以下。結果として粘性の高い液体が完成した。
『少年、そこの初老の方に私が出たら盗賊と此方の間に沼を出す様に伝えてくれ。出来るだけ盗賊の側で頼む』
伝えるべき事を伝えてから、作った液体を抱えて馬車から飛び出す。盗賊も又、驚いた顔でこちらを見ている。
まぁ今まで攻めていた商人の馬車から全身が薄い、見た目ゴーストの大柄な男が飛び出し空中を飛んで向かってきたら驚きもするか。
一応顔に当たる矢だけは避けていたが、身体をすり抜けたので特に問題は無さそうと判断して構わず突っ込む。接近してきた私を見て盗賊達が武器を構えたが私の狙いはその後ろ、奴等を乗せてきた馬車。
奴等の馬車に向けて先ほど作った魔石入りの液体を瓶ごと投げつける。すると荷台の床に当たり瓶が割れた瞬間、爆発して炎上。
行き成りの事に盗賊達もポカンとしていたが咄嗟に火消しにかかる。盗賊達が火消しにかかった所で少年に窓で盗賊の足止めが出来たと報告し、冒険者達に守りから攻めへ転じてもらう。
(ついでに邪魔もしておくか)
行商一行の後ろについた盗賊達は自分達の馬車についた火を消そうとしているがその火は中々消えない。何せ引火性液体類を参考にチョイスした組み合わせだ、一度火がつくと中々消えてくれない。
そんな彼等を後ろから接近し殴り、蹴りつける。武器で切りつけてくるがソレが効かないのは把握しているので、相手の手が当たらない範囲に避けてからカウンターでやり返す。
(多分ゲーム的に言えば、私の性能は武器無効、装甲貫通(対人)って感じか)
盗賊の内2人を相手にしながら商隊の様子を伺うが見ている限り変化は特に無い。冒険者が上手い事やってから此方へ加勢しに来てくれると有り難いがそういう気配は無い。
まぁこの身は飛べるし武器は当たらない時点でチートみたいなもんだけど、殴られると痛いんだよな。実際今殴ってる手もちょっと痛い。
暫くそうやって盗賊達とやりあっていると、火消しに回っていた盗賊が一人加勢しに来た……チラリと盗賊の馬車を見ると幌が焼け落ち、馬が取り外されている最中で荷台自体を諦めたようだ。
(もう1人位引き込みたいがタイミングは今が良いだろう)
それぞれの顔に1発ずつ入れてから挑発しつつ後ろへ下がる。挑発が効いたのか、それとも一方的にやられたのが悔しかったのか、三人は一斉に此方へ踏み込み仕掛けてきた。
間近でそれを見ていた私はまるでコントの様だった。
三人共武器をそれぞれに構えて私に切りかかるが、それを当たるか当たらない程度の微妙な位置で受けてから一気に後ろへ。そして三人は逃がす物かと顔を赤くしながら全力で此方へ駆け寄るも、地面は既に沼へと変わっていた。
まぁ変わっていたのは三人がそこに沈んで初めて分かった……というのも地面の見た目が一切変わってない。
あの初老のギフトは土の『性質を変える』だけで『見た目』は変わらないっぽい……初見殺しの罠とか作り放題なんじゃないだろうか?
ギフトは使い様によっては恐ろしい物に変わると思案しながら馬車へと戻る。沼に嵌った三人を助けようと盗賊二人が駆け寄り、内一人が更に沼へ嵌る。
これで無事な盗賊は残り3名。前方はどうなっているやら。