3話 誓い
一方通行とは言え意思の疎通が出来る事は非常に大きい。何せジェスチャーだけで行っていた事が口で言うだけになるのだ。尤も、此方からは伝える事が出来ないのがネックだが。
兎も角、日本語で意思の疎通が出来る事が分かった少年は色々と質問を投げかけてきた。日本人なのか、普段は何処に居るのか、誰なのか。
始めこそ誰で、どの様に過ごしているかという点を気にしていた少年は別の質問を投げかける。
「貴方は……日本に帰る方法を知ってますか?」
縋るような目で此方を見る少年に薄々感じていた事に対する質問をされ、少し顔を顰めながら顔を横に振る。少年は目に見えて落ち込み「そう……ですか……」と呟いて再びベッドへ潜り込んだ。
やはり……と少年を見て思う。この身に(正確には身体は無いが)起きた余りにも不可思議な現象。仕事でも偶に読んでいた異世界転生モノの小説なんかで題材に取り上げられるが自分がソレを体験するとは思ってなかった。
ましてや目の前の少年は余りに幼い。しかも日本語を呟くという事を今まで行わなかった上に、気が緩んで思わず出たというのを見ると相当この世界に馴染んでいるのだろう。
母国語はそうそう忘れる事はない。だがソレを独り言でさえ呟かないという状況になるのは余程長い時間を此方で過ごしていたという証拠だろう。しかも恐らくもっと若い頃……下手したら年齢が一桁の頃から異世界で生活しているのではないだろうか。
見知らぬ土地で、家族や友人……ましてや文化も何もかもが違う土地で10歳にもならない子供が身一つで放り出される。考えただけでも恐ろしい。
孤独の一言では済まされない。ただでさえ物事を理解し分析して自分1人で決めるには早い、ましてや義務教育すら終わっていない子供が誘拐されたとなればこの子の両親はどれだけ心配しているだろう。
もし自分の息子がこの位の年に誘拐されたら。もし幼子の孫が突然消えたら。
考えるだけで胸が苦しくなる。
せめてこの子には出来うる限りの事をしよう。教育も必要だろう。手助けも必要だろう。
だがそれよりも、この子が家へ帰る手段を考えよう。何故この子が異世界へ来たのか、事故なのかそれとも故意に連れて来られたのか。
まずはソコからか。
そう思案していると目の前が明滅した。どうやら今日はここまでらしい。
気づけば暗闇に居た。だが変わった事がある。
例の映像が見える。しかも消える気配が無い。どうやらこの映像はあの少年を映す窓の様で、しかも今は任意に見る事が可能の様だ。
以前なら見れて1分程だったが窓を閉じる事も開く事も任意に行える。まだ子供らしさを残す少年の顔を見て自分の息子や孫を重ねてしまう。
(守らんとなぁ……)
自然とそう思う。
今は分からないが必ずこの子を家へ、家族の元へ帰そう。そう心に誓うのだった。
あれから何度か少年に呼び出されながら情報を収集している。
少年の名前が『アンバー』と呼ばれている事。異世界での生活が5年目である事。12歳という年齢で教会から祝福の儀式を受け『ギフト』と呼ばれるモノを授かった事。ギフトを使って私が呼び出された事。等々……。
兎も角、直面している問題があった。もう直ぐ今の住居から独り立ちしなければならない。住民権を取得しなければならない。税を払わなければならない。働き口を見つけなければならない。
結論から言ってしまえば金を稼がなければ生活が破綻する事。しかし金を稼ぐ方法が分からない。
少年は今まで教会の持つ土地を耕して部屋を借りていたが、12歳でギフトを授かった為、自立出来るとみなされたらしい。
事前情報も何も無しで放り出す等、正直呆れるが当人にしたら一大事。兎も角何かしらの職を見つけないと生活が困窮する。多少の蓄えがあると言われて見せられたのは銅貨の詰まった袋。
どの程度の価値があるのか分からないが正直言って余り多くは無いのだろう事は予測出来る。
状況が良くない……正直色々と聞きたい事、知りたい事はあるが何よりも金を稼がないといけない。というかこの身で何が出来るかを早急に確認しなければならない。
幸いと言っていいかは微妙だが少年……アンバーは一日に一度は私を召喚してくれる。コストがどの様になっているかは分からないが一日に一度は手助けが可能だという事。自分でそのタイミング何かを見極められるなら良かったがそれは贅沢か。
この部屋を出て行くまで残り1ヶ月程でソレまでに準備を完了させねばならないらしく、持って行けない物に関しては次にこの部屋を使う人物の物になるらしい。
非常にまずい。日本なら未だ義務教育だが、この世界では残り1ヶ月で成人扱いになる。それは即ち世間の荒波をモロに受けるという事。
今までは教会という防波堤が少なからずあったがソレすら取り払われ全てを一人で行わねばならない。多少の金銭感覚はあるだろうがその金銭感覚を私が共有出来てないのが非常にまずい。
残りの金額が分からないと口の出しようも無いしそもそも何に幾らかかるか分からないから助言のしようも無い。
一先ずはこちらの金銭感覚と残金の確認。それと平行してアンバー少年が何が出来るか、同時に私に何が出来るかの確認か……思ってた以上に大変かもしれないな。
課題がはっきりしてからは怒涛の毎日だった。
毎日の召喚と現界可能な時間の把握。これに関しては凡そだが現界可能時間は1時間から2時間……現界可能時間の幅はどうやらアンバー少年が私を召喚する際に支払うコストに依存するらしく、コストが高い程現界可能時間が伸びる。
逆にどれだけ減らしても1時間は現界出来るが、一日に複数回の召喚は出来ない。これはギフトに設定されたレベルがあり、それが上昇すれば可能になるかもしれないらしい。
金銭感覚と残高は概ね共有出来た……だが、やはりと言うか正直言ってかなり心許無かった。日本円に換算して約3万円前後。宿への宿泊で安く見積もっても3千円、まともな宿なら5000円前後を消費する事を考えると1週間も持たない。
更にそこから食費も捻出しなければならない……正直言って絶望的だ。こうなって来ると給金云々よりも食事と寝床の確保を優先させるべきか。
それが分かってからは職探しに従事……しようとして一つ忠告された。今まで自分で気が付かなかったのも変な話だが召喚される度に私は全裸だった。成る程、最初に呼び出されたときにポカンとしていたのはコレのせいか。全裸の男性が行き成り現れればそうなるのも道理だな。
それにしても羞恥心等の感情が抜けてる? 何とも不思議な感覚だ、特に何も感じなかったので気にしなかったが言われて自覚すると全裸に違和感を覚える。
どうやって服を……そもそも着れるのかすら怪しかったが何て事は無い。ただ念じるだけで服を着ている状態になった。幽霊という身も中々に便利なのかもしれない。
兎も角、私の見た目が問題なくなったのでアンバー少年の職探しに従事する。お勧めは食事所……賄い飯が出る所が良いだろう、欲を言えば住み込みで働ける所。
数日を使って色々と出向いてみたがやはり芳しくない。アンバー少年はどうにも計算等が殆ど出来ない。いや、簡単な計算は出来ているがそれも小学校の低学年程度で四則演算も満足に出来ていない。
これでは多少なりと金額を扱う場所の職は厳しいだろう。食堂などでは手が開いてる人間が会計をする為、そこそこに学がある事が前提になっている。アンバー少年の計算速度ではそれに受からなかった。
こうなって来ると残る仕事は肉体労働系か……アンバー少年は同年代の子供と比べると身体は大きい……だがソレはこの世界の基準でみればだ。地球基準で見ればそこまで大きく無い。むしろ平均か少し小さい位じゃないだろうか。
この世界の大人は小さい。身長160前後が平均で170もあれば大柄に分類される。
そんな中でアンバー少年の150cm強というのは子供にしては体が出来ている方だろう。だが肉体労働となると筋肉の積載量が少なすぎるし更に言えば体力もそこまで無いだろう。
彼がその手の仕事に従事するにはせめて後4年……出来れば6年後位が理想。18歳にもなれば身体も出来上がって筋肉量や体力も今とは比べ物にならないはず。
色々と画策してみたものの、望むような職には就けなかった。大人から見れば学の無い12歳になったばかりの子供。
多少珍しいギフトを持っているが特に何も出来ないのなら他のギフト持ちの方が魅力的だ。
私の有用性が示せれば良かったが、私自身現地の言葉が分からない上に声を出す事が出来ないので何とももどかしい。その事で落ち込んでいると逆にアンバー少年に慰める始末。
大人として手助けしたいのに逆に慰められるとは……。
そこでふっと思いついた、通訳の仕事はどうだろうか。日本語で意思疎通が可能になるまで少年はずっと喋ってた。それも色んな言葉で。となるとこの子って物凄い秀才なのか? バイリンガルなんて目じゃない程に多種多様な言葉を話していたのだからそれを活かせればあるいは……。
この考えを伝えて商店へ行ってみると……あっさりと合格。割と大きめの商店だったらしく、行商の一団へと割り振られた。
一先ず職を得られた事に対して二人でささやかな祝杯を上げる。意外にも私の分の飲み物まで用意してくれた。その事が嬉しく、見かけだけでも飲もうとすると何故かコップに触ることが出来、中に入った飲み物を飲む事が出来た。
二人してその事に驚いたが兎も角めでたいとその日は夕方まで終始笑っていた。
要約:「守らなければ!」
「就職できたー!」