1話 命のバトン
(長い人生だった……)
そう一人思考するのはベッドに横たわり、何本ものチューブが身体に繋がれている老人だった。
彼の名前は中真有香、御年83歳。
医学の進んだ昨今、長寿大国日本では寿命が150とも言われている中ではまだまだ若い部類に入る彼だが色々と事情があり、その命は尽きようとしていた。
唯一自由な首から上を少しだけ動かし窓を見ると、そこには雲一つ無く、カラッとした空気に何処までも青い空が広がっている。
季節は夏、何時もなら家族と山へ出かけたり、海へ旅行等と毎年騒がしい季節だが今年の夏は乗り切れそうも無い。そう思うと少しだけ残念に思う。
(まあ、順番通りなんだから良かろう……)
そもそも彼がこんな事になったのは何故か。それは自宅で階段から落ちた孫と息子嫁を受け止めたからだ。
偶々二階へ上がろうとしていた所、息子嫁が孫を抱えたまま足を滑らせ転落。直ぐ様二人を受け止めたが老体には少々厳しく、しっかりと受け止めきれずに二人の下敷きになった。
それが原因で背中を打ちつけ、年齢で弱っていた事もあり頚椎に圧がかかり首から下が麻痺する事になった。
不幸と言えば確かに不幸だろう、だが彼はそこまで悲観していなかった。
自分の嫁は既に他界している。息子は嫁を娶り孫まで設けている。そして今回の息子嫁と孫の不幸を防ぎ、対価として自身の身を支払った。
どうせ老い先短い人生、ここで自分の人生が終わっても最後に意味があるのならそれは十分だと思えた。
(婆さんには孫が独り立ちするまで見届けろと言われたが……まあ許してくれるじゃろ)
病院へ運び込まれてからは大変だった。
幸い孫には怪我が無く、息子嫁も少し怪我をしただけで命に別状は無い。ただ養父が自分の代わりに大怪我を負った事をとても悔やんでる。
息子には出来過ぎな嫁かもしれないと内心笑いながら「気にしなくても良い」と口にして笑って見せたが負い目に感じるんだろう。それだけは心残りになってしまう。
孫や息子嫁の事を考えていたら呼んでいた息子と弁護士が入ってきた。
「有香さん、起きてますか?」
弁護士に呼びかけられ顔を向ける。
「ええ、起きてます。雄介、来たか」
「親父、大丈夫なのか?」
「っは! ある意味平気だわい。そんな事よりちゃんと嫁さんのフォローしとるか? ありゃ庇われた事を今でも悔やんどるぞ」
「ああ、アレは事故だからお前が気にする事は無いし、親父も気にするなって言ってるとは伝えてるけど……」
「アホウ、言葉だけで足らんなら色々手を尽くさんかい。 外に連れ出して気分転換させるとか色々あるじゃろ」
自分の息子の機転の悪さに悪態を付いてみせる。
暫しの間、息子との世間話をした所で今日呼び出した本題に入る。
「それじゃあ、弁護士先生。 お願い出来ますか?」
「はい、では今からの会話を録音します。 有香さんから雄介さんへ当てた遺言になりますので雄介さんはしっかり受け止めてください」
「……っ」
雄介が息を呑む。ある程度は予想していたんだろうが、いざその時が目の前に来ると否が応にでも緊張するのだろう。自分にも覚えがあり、それが随分前の事なので懐かしくもある。
思考を切り替え真剣に息子を見て言葉を選ぶ。話していた時間はとても短いが柄にも無い事でとても消耗してしまった。一旦眠りたい。
遺言を伝え、息子と幾つかの言葉を交わした後で退室してもらって一人になる。
再び窓から外を眺める。
「まあ、こういう幕引きも悪くは無いかのぅ」
やけに眠い、だが遺言は間に合った。
孫の成長を見れないのは心残りだが……最後に命のバトンを繋げれたという安心感から眠りに落ちた。
こうして中真有香としての人生を終える。
次に目が覚めた時、彼は見知らぬ人の手の中に納まっていた。
初めましての方は初めまして。
過去作品から続けて拝読いただけている方はお久しぶりです。
リアルの方が漸く落ち着いたので新しいモノを書いていきたいと思います。
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