Mirror ---深層心理---
「おいっ! 出せよ! 俺はなにもしちゃいないんだ! 頼む、出してくれよ!」
俺の声は薄暗い部屋の中で、ただ虚しく鳴り響いた。
俺の名前は楠野和也 年齢は32歳で無職 いわゆるニートってやつだ。
20代前半はマジメに働こうとしたこと何度かあったが長続きしなかった。
学生時代は典型的ないじめられっ子だった、全部名前のせいだ。
楠野和也 くすのかずや クズのカズヤ 最終的にはただのクズ呼ばわりだった。
毎日毎日クズ呼ばわりされた俺は、高校に入る頃にはひきこもりになっていた。
ひきこもりになった俺は、メシを食ってゲームをして寝るの繰り返しだった。
メシはいつも親が仕事前にまとめて作って部屋の前に置いていく。
食うときには冷えきったマズイ飯だった。
夏場は腐らないようにクーラーボックスに入れて部屋の前に置いてある。
そんな生活を21歳まで続けた俺は、一度だけ勇気を出して社会に出た。
立ち直ろうとした俺に待っていたのは、またしてもクズ呼ばわりだった。
23歳の頃にはもとの生活に逆戻りして今に至るわけだ。
そんな俺は今、留置所にいる。 正直なんでこうなったのか全く訳がわからない。
何度も言うが俺はなにもやっちゃいない! でもな、誰も信じてくれなかったんだ。
今から約6時間前、俺はパチンコでボロ負けしてイライラしていた。
家に帰る途中、たまたま寄ったゲームショップからすべては始まった。
本当に散々な1日だった。
ひきこもりで無職の俺は、親から毎月2万ほど小遣いを貰っていた。
ひきこもりの俺も月に1、2回なパチンコに行く。
パチンコ屋を出た俺は、朝は1万円以上あった財布に残った3千円を見てため息をついていた。
まず最初の災難は店を出て裏路地に入ってすぐ起こった。
イライラして俺が蹴った石が、ガラの悪い連中にぶつかった。
「なんだテメーは、あん?」
3人がかりでボコボコにされた俺は、電柱のわきに倒れ込んだ。
更に災難は続く、倒れ込んでいる俺の横を女どもが「キモイ!」といって通り過ぎて行く。
俺が起き上がろうとすると走って逃げる始末だ。
「どいつもこいつもバカにしやがって! マジでイライラする!」
なんとか起き上がった頃には、通り過ぎるヤツを片っ端からぶっ飛ばしたい気分だった。
そのあとフラフラと歩いていた俺の目に飛び込んだのが、いつも利用しているゲームショップだった。
「閉店売り尽くしセールだと?」
近所では唯一のゲームショップだっただけに、全くついてなかった。
店内に入った俺は、そこで1本のゲームソフトに目が行った。
「なんだこのゲーム」
2世代前くらいのゲーム機のソフトで、ゲームばかりしている俺が見たこともないソフトだった。
「Mirror……鏡か?」
500円とお手頃の価格だったのもあり、しばらくはこのゲームで暇つぶしをする予定だった。
家に帰った俺は、部屋の前の飯をとって真っ暗な部屋の中に入った。
部屋の明かりをつけず、テレビをつけてゲーム機にソフトを差し込み電源を入れた。
ゲームの画面は、3Dが主流の時代に珍しい2DのRPGだった。
オープニング画面に流れるメッセージ。
「はじめまして、それではゲームをはじめよう。 ところで、君は誰だい?」
主人公の名前:カズヤ 性別:男 職業:剣士 こんなところか。
内容は至ってシンプルなゲームだ。
RPGらしく敵を倒してLVを上げてボスを倒すというもの。
少し他のゲームと違うのは、戦闘のときの選択肢だった。
「にげる」「あやまる」「ころす」
普通はゲームの選択肢には使わない内容だが、いっそ皆殺しとかあれば過激で面白いと思った。
難易度はそんなに高くない。
街の周辺で2、3LVを上げれば雑魚を軽く蹴散らせる程度だ。
しばらく進めて出会った最初のボス……どこかで見たことがあるような顔。
「こいつらあのときの!」
裏路地で俺をボコボコにした3人組にそっくりだった。
さっきのイライラが再燃した俺は、迷わず「ころす」を選んだ。
そこそこ強かったが、俺は3人組のボスをぶっ殺した。
戦闘のあとLVが上がり、ステータス画面を見ると新しいパラメーターが追加されていた。
少しバグって表示されていて、なんの数値かわからないが、「3にん」と表示されている。
俺は気にせずゲームを先に進めた。
次の街へ向かう途中、敵に襲われている女を見つける。
戦闘画面になり、出てきた選択肢は「たすける」「みすてる」だった。
「この女、さっきキモイって言ったやつに似てるな」
ムカついた俺は迷わず「みすてる」を選んだ。
当然、女は殺され、謎の数値が「4にん」になった。
現実でバカにされ続けた俺には、良いストレス解消になるゲームだった。
LVを上げてボスを殺すを繰り返し、ゲームをはじめて3時間が経つ頃にはLVもかなり高くなっていた。
「もうクリア出来そうだな」
更に俺は、LVを上げてボスを殺すを繰り返し、謎の数値も「6にん」になっていた。
このゲームにはラスボスの前にイベントが1つあった。
それは、光ルートと闇ルートを選択するものだ。
光ルートなら魔物が相手で、闇ルートなら人が相手になる。
このときの俺の気分は闇ルートだった。
闇ルートではゲートのようなものをくぐり過去へ行くらしい。
ゲートをくぐりたどり着いたのは街、というよりは集落のような場所だった。
俺は片っ端から皆殺しにし、そしてラスボスの前までたどり着いた。
戦闘画面に入るとそこに出てきたのは親そっくりのボスだった。
選択肢 「なぐる」「ける」
どうやら今回は「ころす」の選択肢がないらしい。
ボスの攻撃は少し変わっていて、ひたすら説得をしてくる。
俺はかまわず「なぐる」「ける」を続けた。
ボスが弱った頃、選択肢に「とどめをさす」が追加された。
俺は迷いなくボスにとどめをさした。
戦闘後のイベントで集落に火をつけて脱出する。
そして、もとの世界へ戻ったところでエンディングのスタッフロールが流れた。
制作者らしき名前の羅列が終わったあと、画面が暗くなりメッセージが流れる。
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やあ、楽しんで貰えたかい? このゲームは君の深層心理にある願望を映し出す鏡。
君の行動はすべて君が望んだこと、沢山の人を殺せて楽しかったかい?
でも残念ながらゲームの時間はおしまいさ、君は現実に戻らなければいけない。
そして、君の行動の結果を、現実を、すべてを受け入れなければならない。
そうそう、君が殺した人数は38人……凄い数だね。
おや? もうそろそろ時間のようだ、では……さようなら。
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エンディングを見終わった俺は気味が悪くなり部屋を出た。
そして……リビングには親の無残な姿があった。
しばらくして、俺は大量虐殺の容疑で逮捕された……。
「おいっ! 出せよ! 俺はなにもしちゃいないんだ! 頼む、出してくれよ!」
俺の声は薄暗い部屋の中で、ただ虚しく鳴り響いた。
闇ルートを選んだ俺に、未来という希望の光は……この先差し込むことはないだろう。
場所が変わり真っ暗な部屋の中にテレビの明かり。
テレビの画面に1行のメッセージが流れる。
「はじめまして、それではゲームをはじめよう。 ところで、君は誰だい?」
(了)