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第三章(一)

 日中とは打って変わって、冷えた風が体温を奪いながら、連なる丘陵の上を駆け抜けていく。

 西側の見張り台の上で、男はぶるっと身体を震わせた。


 見張り台と言っても名ばかりで、屋根もなく丸太を組んだちょっと高い台程度のものだ。

 もともとこの村も普段見張り台を使う意識など無かったのだろう、男達が村を襲った時も、誰も見張りになど立っていなかった。

 第一日が暮れてしまった後は、辺りは見張りなど意味も無いほどの闇の中で、脇に置かれた篝火も、ほんの僅か辺りを照らし出す事しか出来ない。


 全く、ここはろくなモンじゃない。

 一人ごちて丸太の柵に寄りかかりしゃがみ込む。


 西方軍の包囲を逃れて漸く逃げ込んだはいいものの、村人が逃げ出した後の家の中には、僅かな食料と酒しか残っていなかった。

 ヤンサールの葡萄酒でたっぷりと財を蓄えていると期待していたが、古びた家の中にはどれも大した値打ち物もない。

 それらは全部、あの蔦が巻きついた酒蔵の中にあるのだろう。


「ありゃ、何なんだ」


 男は見張り台のすぐ横にある酒蔵に視線を投げた。


 村人達が逃げ込んだ直後、男達の目の前であの蔦は建物ごと何重にも扉を巻き込んだのだ。

 剣だろうが斧だろうが、蔦は全く切れる気配がなかった。


「くそっ、面白くもねぇ。いっそ火でも放っちまえばいいんだ」


 女なら犯すし、男は殺す。確かガキ共も何人かいた。

 逃げ惑う子供を追いかけて斬るのは、いい退屈凌ぎになる。こんなしけた村、それぐらいのお楽しみがあってもいい筈だ。

 だがそれらが全くない上に、いつ西方軍が来るか気が気ではない。正直、男はさっさとここから移りたかった。


 三日前の包囲から運よく逃げられたのはあの男のお陰だが、それでまるで首領のようにふんぞり返っているのも気に食わない。


「あの野郎、何が剣士だ……」

「その剣士について、教えてもらいましょうか」


 ふいにかけられた声に、男は咄嗟に腰を浮かした。

 声のした方を確認する間もなく、空気を切る音と共に、正面に黒い影が降り立つ。


 反射的に剣の柄に掛けた手が、動きを止めた。

 喉元に冷えた刃が当たっている。

 白刃は影の手元から伸びていた。


 抜き放った剣を男の喉元に当てたまま、影――ロットバルトは身を起した。口を開き、大声を上げかけた男を、冷えた声が制する。


「騒いでも構わないが、その前に首を落とす」


 首筋に僅かに食い込む冷たい感覚に、男は頷く事も出来ずに、ただ両手を挙げた。


「……さて、ではここに何人いるのか、明確に答えてもらいましょう」

「ふざけ……」


 喉に当てられた切っ先が質感を増し、男は言葉を唾と共に飲み込んだ。

 金の髪の奥で、蒼い瞳が細められる。


「ぜ、全部で……十五だ」

「位置は」

「見張りに五人立ってて……、他は、中央の一番でけぇ家に、皆いる」

「なるほど。――剣士も、その中に?」


 剣士と聞いて、男は漸く我に返った。引き攣った笑いをその顔に浮かべる。


「そうだ、剣士だ。……テメェが何者か知らねぇが、剣士相手に何が出来る?」

「同感ですね」


 薄く笑うとロットバルトは手の中で剣を反し、峰で男の首筋を打った。

 声も無くその場に崩れ落ちる身体に一度視線を落としてから、上空を振り仰ぐ。


「一箇所に固まっているのは、少々面倒ですね」


 夜の中に浮かんだ飛竜の上から、クライフが顔を覗かせた。


「お前ひとりで十分そうじゃね?」

「私の役割はここの確保です。乱戦は貴方の得意分野でしょう。予定通り、貴方は東の見張り台まで、剣士の誘導を」

「はいはい、判ってるって」


 鞘走りを利用して抜き打たれるロットバルトの剣は、一瞬にして相手を制する。

 こういう時に、特に有効だ。そしてクライフはこの次の段階を得意としている。


「んじゃま、俺は適当に暴れてきますか」


 飛竜の背からひょいと飛び降り、見張り台のすぐ脇の地面に降り立つ。

 手にした長槍を一度軽く振ると、肩に担ぎ上げた。





 レオアリスは東の見張り台の上に立ち、村の中央に寄り集まるように建っている家屋の影を眺めた。

 南、東の見張り台、そして今ロットバルトが向かった西。ここまでは特に問題はない。クライフもすぐに動くだろう。


 鳩尾に右手を当てる。静かに、そこから鼓動が響くのが、当てた右手に感じられる。


(――剣士か)


 レオアリスは小さく笑みを刷いた。





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