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第二章(六)

 レオアリスはカイの視界に繋いでいた自分の意識を、ゆっくりと引き戻した。


 閉じていた瞼を開くと、ほんの数瞬視界は霞んだが、すぐに明瞭な焦点を取り戻す。

 村の位置、配置、地形、必要な情報は揃った。


 手近な小枝を拾い上げ、足元の土の上に村の地形を描き出す。

 村はヤンサール丘陵の中心部からやや東寄りに位置し、三方を谷に囲まれている。北に面した残りの一方も幅は広くはなく、細長い道で丘陵と繋がっているといった印象だ。

 谷はそれ程深くはないが、基本的に道はその北面の一角だけだ。


 村はそこそこ広い土地の中に、十軒ばかりの民家が中央に寄り集まるようにして建っている。周辺部には葡萄酒を造る為の作業場らしき建物が数棟あった。


 レオアリスは書き出した図面に、幾つかの丸をつけて行く。


「門に二人。ここは中から打ち付けてあるな。東、西、南、それぞれの見張り台に一人ずつ。

問題は民家の中だが……見張りに二人立てられないって事は、そう多くもないか、指揮命令系統がなってないかだろうな。それから――」


 木の枝が指したのは、西の端にある建物だ。レオアリスはどこか困惑した表情を浮かべた。


「こいつが村人の逃げ込んでる貯蔵庫だ。

窓が無いから中の様子が判らないんだが、確かにこいつらの言うとおり、蔦が全体を覆うみたいに巻いてる。切ろうとした跡があったが、諦めたみたいだな」


 蔦はまるで、中の村人達を守るように戸口を隠していた。

 レオアリスは、興味深々といった様子で地面に描かれた絵を眺めている子供達に瞳を向けた。


「お前等、何をやったんだ?」

「おとうさんやおかあさんたちを守ってるの」

「まだ切れてないでしょ?」

「頑張ったもんねー」


「……はぁ」


 ひとまず理解する努力を放棄して、レオアリスは二人の中将に視線を戻した。


「心配なのは、食料ですね。貯蔵庫ならば全く口にするものが無い訳ではないでしょうが、既に三日ともなれば疲労の蓄積も軽くない」

「いやー? 多分水の代わりに酒飲んでるだろうから、助け出したらぐでんぐでんかもしれないぜぇ?」


 ちょっと羨ましい、などと一人想像するクライフをまるっきり無視した上で、ロットバルトは貯蔵庫を指差した。


「まずはここの安全確保を。三方の見張りが一人ずつなら、綿密な策を講じる必要もない。一つずつ潰しましょう。門は放っておいても構いません。問題はこの中に――」


 残りの野盗達が何人いて、剣士が、どこにいるのか。


「民家じゃ、炙り出す訳にもいかねぇしなぁ。

ま、一箇所で騒ぎを起しゃ、すぐ出てきますよ。幸い随分空き地がある。火を焚いても延焼はしないでしょう」


 クライフは自分の得意分野である「破城」に近い状況に、にやりと不敵な笑みをみせた。

 気を付ける必要があるのは、ロットバルトの言葉通り、村人の安全と村への被害を最小限にする事だけだ。

 レオアリスは頷くと図面に注いでいた視点を、南西の方角へとずらした。少し離れた所に一本の線を引き、西の街道を描き出す。


「ざっと見たところ、三隊の兵は街道添いに中隊が一個、陣を張ってる位だな」


 正規軍の中隊は一隊千名で構成される。

 当初の規模か左中右の一隊のみを残して他は引き上げたのかは判らないが、馬であれば、二刻かからず到達する距離だ。


「では、深夜に火の手が上がれば、明け方には到着するでしょうね。速やかに制圧し、夜が明ける前に撤収しましょう」

「よっしゃ、せっかくだ、派手に行こうぜ」

「何を聞いていたんです。我々の立場は、もちろん西方第三大隊にも、可能な限り野盗達にも知れない方がいい。それから」


 少し可笑しそうな色を口元に刷いて、ロットバルトはレオアリスを見つめた。


「副将にご連絡を。心配していらっしゃるでしょうからね。まあ戻ってから小言を覚悟して戴く事になるでしょうが、それはまた後の話です」







「呆れて物も言えん。一体何の為にロットバルトまで行かせたと思っているのだ」


 カイの口からレオアリスの伝言が流れ終わると、グランスレイは体格のいい身体を揺らして盛大な溜息をついた。


 右軍中将ヴィルトールは執務室の壁に寄り掛かり腕を組んだまま、瞳だけを上げて、グランスレイの隣に立つ左軍中将フレイザーと目を合わせる。

 二人は可笑しそうな表情を堪え、グランスレイに視線を戻した。

 フレイザーが美しい翡翠の瞳を、からかうように閃かせる。


「今回は貴男の人選違いと、諦めて戴くしかありませんわ」

「クライフは何にでも首を突っ込む性格だし、ロットバルトはあれで上将に甘いからね。第一、上将ご自身、助けを求められて放っておける性格ではないでしょう」


 その事は常に傍らに立つグランスレイ自身が一番良く判っているだろう、と二人は言葉の端々に漂わせている。

 グランスレイは自分の息子というよりもまだ年の若い上官の顔を思い浮べ、もう一度大きな溜息をついた。


「……戻られたら、しっかり話をさせていただく」


 ふとグランスレイは窓の外に視線を注いだ。三日目の月が細い光を王都の夜に掲げている。


 野盗の中にいる剣士が、どれほどの相手か……。剣士が野盗に交じっているなど、聞いた事は無い。


 全くの騙りか、或いは名を秘しているのか。


 その事が、グランスレイの意識に警鐘を鳴らしていた。





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