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第二章(五)

 枝葉の擦れる乾いた音と共にゆっくりと茂みが口を開き、流れ込んできた外気が肌を撫でる。


 太陽は中天より西側の空に移り始め、正午を一刻ほど過ぎた頃の独特の熱を帯びた陽射しが、緑に包まれた風景を鮮やかに照らし出している。

 その中に、風を切って銀燐の飛竜が降り立った。


「ハヤテ。悪かったな」


 レオアリスの姿を認め、ハヤテは嬉しそうに一声鳴いた。

 続けて降り立った二騎の飛竜を見て、レオアリスは驚いた顔を上げた。


「お前達二人が来るとは思わなかったな」


 クライフとロットバルトはレオアリスの前に立つと、左腕を胸に当て、一礼した。


「ご無事で何より」


 ロットバルトはいつもと変わらないレオアリスの様子を見て取り、蒼い瞳に安堵の色を刷いた。クライフもにやりと笑みを浮かべる。


「ハヤテがカラで帰るモンだから、肝冷やしましたよ。一体何やって落っこちたんです?」

「はは」


 身体を起し姿勢を整えると、二人はレオアリスを促すようにハヤテの方へ身体を開いた。


「いや、ちょっと待ってくれ。――用が出来た」


 そう言いながらレオアリスは背後を振り返った。

 レオアリスの後ろから歩み出た老婆と子供達の姿に、ロットバルトが微かに眉を上げる。


「その方は?」

「えーっと、……ばあちゃん名前なんだっけ? そういや聞いてねぇな」


 呆れた表情を浮かべたロットバルトに向かって、レオアリスはあっさり笑って手を振ってみせる。


「ま、ほら、あんま重要じゃないだろ? それより、案件としては一刻を争う」


 レオアリスの声に含まれた真剣な響きに、ロットバルトとクライフが顔を見合わせた。


「――どういう事か、ご説明いただけますか」






 事情を手早く話し終えたレオアリスに、ロットバルトは冷静な瞳を向ける。


「貴方が関わるべきとは思えませんね。第三隊の管轄に断り無く手を出せば、後々いらぬ謗りを受けるのは貴方だ。三隊に通告し、速やかに討たせるのが正当な手段でしょう」

「判ってる。けど、相手に剣士がいるなら――やっぱり俺がやるべきだろう」


 漆黒の瞳は問い掛けながらも、既に自らのすべき事を決めてしまっているのが判る。

 懸念を拭いきれないロットバルトとしては、半ば諦め交じりながらも更に問いかけた。


「……その情報は確かですか」

「判らない。なんせガキどもの言う事だしなぁ」


 あまりにあっさりとレオアリスが答えたので、ロットバルトもクライフも、拍子抜けしたように肩を落とす。


 しかし、事実剣士がいるのならば、迂闊に剣を交えれば甚大な損害を被るのは目に見えている。

 それどころか剣を交える事すらまともに出来はしない、それが剣士だ。


 剣士が野盗の中にいるという情報を三隊は持っているだろうか。


「――貴方は、どうお考えです」


 ロットバルトの問いにも、レオアリスただ肩を竦めただけだ。


「さぁな。ただ、剣士がいなくても、助けは早い方がいい。そうだろう?」

「それを仰られると、反論は有りませんね」


 ロットバルトがクライフに顔を向けると、クライフがにんまり笑ってみせる。


「俺は全く問題ないね」


 クライフは少しぐらい問題があった方が、却って生き生きする性格の持ち主だ。

 その楽しそうな口調にロットバルトは軽く息を吐いた。


「西方三隊ですか……。あそこの大将は形式主義で、自己の権限を侵害される事を疎む傾向が強い。……まあだから、無難な三隊にいるようですが」


 正規軍は王都に駐留する第一大隊、王都の周辺部を管轄する第二大隊、そして辺境部の第七大隊まで七大隊に組織されている。

 王都と辺境部は重要性も高く、必然的に大隊を指揮統括する者も、高い武力、知力だけではなく、事態に臨機応変に対応できる柔軟性も求められる。


 ロットバルトの呟きにも、レオアリスは悪びれもせず笑みを浮かべた。


「悪いな。三隊にバレた時の言い訳はお前が考えてくれると、実は思ってる」

「……全く……」


 そうもさらりと言ってのけられては、否の言いようもない。尤も自分の役割はそこにこそあると、ロットバルト自身そう自覚していた。

 保守的な結果を諦め、ロットバルトは瞳を上げた。


「仕方ありませんね。貴方の意志が既に決まっているのなら、これ以上時間を無駄にする事もない。行動に移しましょうか。……まずは、情報が必要です」


 どうやって、とも聞かずに、レオアリスは再びカイを呼んだ。ロットバルトが言葉を続ける。


「村の状況と家屋等の配置、地形、それから三隊の現在地の把握を」


 レオアリスが眼を向けると、カイは一声鳴いて姿を消した。

 それまで口を閉ざしていた老婆が、三人の前で静かに頭を下げる。


「感謝いたします」


 老婆の言葉に漸く状況が飲み込めたのだろう、子供達が顔を輝かせ、きゃいきゃいと声を上げて彼等の周囲を嬉しそうに飛び跳ね出した。

 クライフは子供達に向き直り、腰に手を当てた。


「よっしゃ、俺にまかしとけ! 父ちゃんと母ちゃんはちゃーんと助けてやるぜ!」

「ホント?」

「だから、助けたら葡萄酒をくれるように、一言頼んでくれよな」

「うん!」

「……情けない……」


 クライフはカイの戻りを待つ間に子供達の相手をすることにしたのか、纏わりついてくる子供を持ち上げては、次々放り出している。

 一見乱暴な扱いなのだが、子供達はすっかりそれが気に入ったようだった。


 途端にのどかさを取り戻したその光景を眺めながら、レオアリスは呆れた笑みを漏らした。


「喜ぶのはまだ早いんだけどな……。俺も剣士を相手にするのは初めてだし、どうなるか」

「その割には、期待もされているようですね」


 ロットバルトの指摘に、レオアリスは確かな笑みを、その頬に浮かべた。

 それから、ふと遠くを見透かすように瞳を細める。


「悪ぃ、ちょっと身体頼む」


 漆黒の瞳から光が薄れ、瞼が閉ざされる。僅かに傾いだ身体を、ロットバルトの延ばした腕が支えた。


 頭半分程低い位置にあるその顔に視線を落とす。

 全ての意識を飛ばした訳ではなく、一部を伝令使であるカイの視点に繋いでいる。

 そうする事によって、レオアリスは遠隔地の出来事であっても、詳細な情報を得る事ができた。


「……ロットバルト! ちっとこいつらどうにかしてくれ、体力もたねぇ……」


 子供達を鈴なりにぶら下げて、クライフが閉口した顔で重そうに足を引きずってくる。


「子供の相手はおまかせしますよ。精神年齢が近いから、楽しいでしょう」

「てめぇなぁ……」


 立ったまま頭を軽くロットバルトの肩に預け、眼を伏せているレオアリスの姿に気付き、クライフは口元を押さえた。


「お兄ちゃんどうしたの?」

「寝てるのー?」

「お前等の村を見に行ってんだ。静かにしてようぜ。ほら、座ってろ」

「ホント?」

「はーい」

「おとうさんたち、元気かなぁ」


 クライフはすっかり子供達を懐かせたようで、子供達はすぐ大人しくなってレオアリスとロットバルトを囲むように座り、期待の満ちた眼でじっと見上げた。


「父さん? あなた方のご両親ですか?」


 ロットバルトはレオアリスの体を支えたまま膝を落とし、子供達を見回した。


「うん」

「心配でしょう。今どのような状況にいるか、判りますか」

「みんないっしょだよ」

「大丈夫。まだもつよ」


「保つ?」


「僕たち、すごい頑張ってるもん」

「ねー」

「がんばるよ」


 子供達はにこにこと、お互いの顔を見ては頷いている。


 先ほどレオアリスが聞いた時と同様、さっぱり要領を得ず、ロットバルトとクライフは顔を見合わせ、取り敢えずはレオアリスの確認を待つ事にした。





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