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第二章(四)

 近衛師団、大将。


 子供達はそれがどんなものなのか、さっぱり見当も付かないようで、老婆の下げた顔と表情を引き締めたレオアリスとを、交互に見つめている。


 レオアリスは暫く考え込むように黙っていたが、ややあって口を開いた。


「――取り敢えず話を聞かせてくれ。でも、どうするかは聞くまで判らない。貴方も判っている通り、俺も立場上、そうやりたい放題は出来ないからさ」


 老婆が呼んだ通り、レオアリスは近衛師団第一大隊を預かる立場にある。

 近衛師団は王を守護する為の部隊で、王の勅旨の下に動く。

 従って、問題が大きければ大きい程、個人の意志のみで勝手な行動を取る事は出来ないと、レオアリスの言っているのはそういう事だ。


 老婆はそれを心得ているのか、小さく頷いて事の次第を話し始めた。


「この子等は、お判りの通りわしの孫ではなく、この近隣の村に住んでおる。ここらの村は、たいてい葡萄を栽培しておっての。葡萄酒や砂糖煮などを作って暮しておるな」

「ああ、そう言えば……」


 酒の弱いレオアリスはあまり興味がなく、言われて漸く思い出した位だが、ヤンサールは葡萄酒の産地で有名だ。

 ヤンサール種という葡萄酒に適した上質な葡萄が採れるが、収穫量は多くはなく、その分値も張り、王都でも扱う商人は少ない。

 クライフがたまに手に入れてきては大喜びしていたのを思い出す。


 目をやれば、子供達は膝を抱えて座ったまま、とろとろと微睡み始めている。

 老婆は年経た顔にいっとき柔らかな皺を刻んだが、すぐに厳しい色を取り戻した瞳をレオアリスに向けた。


「……三日ばかり前、この子等の村が襲われた。この子等の言葉はたどたどしくて明確な事は判らぬが、どうやら西方軍に追われてこの丘陵に逃げ込んだ、野盗の一団らしいの」


 西方軍はその名の通り、正規軍の中で西方域を管轄する軍だ。街道を荒らす野盗の討伐も、その任務の一つにある。





 この辺りを管轄する西方軍第三大隊が、ここ最近被害が多発していた野盗討伐に動いたのは、数日前の事だった。


 野盗達の大方は兵によって斬られ、或いは捕縛されたが、その内の十数名は包囲を逃れて落ちた。


 夜陰に紛れて軍の追っ手を振り切った野盗達は、丘陵にある小さな村を見つけ、そこを襲った。

 村は周囲を谷に囲まれた小高い位置にあり、村へ通じる道は一つしかない。


 野盗達はそこに身を潜め、軍の追撃をやり過ごす事に決めた――。





 レオアリスは老婆の話を聞きながら、村で起きたであろう事に、眉を顰めた。

 子供達は、運良く逃れてくる事が出来たのだろう。


 だが、村人達は――。


「だいじょうぶ。皆お酒の部屋にいるから」


 幼い声に顔を向けると、子供達はいつの間にか目をしっかりと開いていて、レオアリスの顔を見つめている。


「無事なのか? お前等の両親とか、他の村人達も?」

「僕たち、頑張ったもんね」

「ねー」

「部屋は地面の下なの」

「扉は、ぐるぐる巻いてきたの」

「まだ切れてないよ」

「?」


 何の事を言っているのか、さっぱり判らない。ただ、村人達は、おそらく……無事のようだ。

 何故かは判らないが、子供達の言葉には、妙に信じさせる何かがあった。


 レオアリスはその事に一旦の安堵を覚えながら、老婆に視線を戻した。


「軍は? ここらは正規西方の第三大隊の管轄だろう。野盗を叩いたなら三隊が最後まで追うと思うけどな。知らせたのか?」


 レオアリスの問いに老婆は首を振った。


「村からの道を閉ざされていて、知らせようもない。この子等もわしも、街道までは行かれぬ」


 足の悪い老人と幼い子供達では、確かにそれも仕方がない。


「それに、どうしても、お前さんの助けが必要なのだよ」


 何故自分なのかと問おうとして、次に老婆の告げた言葉に、レオアリスの表情が厳しさを増した。


「――剣士が、おるようでの」


 瞳にどこか信じ難い色を浮かべ、レオアリスは老婆の顔を見返す。


 剣士とは、自らの体の一部、主に腕などを剣に変化させ戦う種族の事だ。

 剣士たるその由縁の剣は、通常左右いずれかの腕に宿り、剣士一人で百の兵を抑えると言われるほど、高い戦闘能力を持つ。


 種としてそれほど数が多くなく、また剣を身に宿すという特性と戦場における風聞のみが聞こえてくる事から、一般的に剣士は殺戮者として恐れられる事が多い。



『殺戮者』 『切り裂く者』 



 彼等は戦う為だけに存在するのだ、と――


 その剣士が、野盗の中に?


「どうすべきか思案しておった時、ちょうどお前さんが飛ぶのが見えたのだよ」

「――なるほど、渡りに船って訳か」


 それで、術を用してまで、この老婆は自分を呼んだのだ。


 レオアリスはその時、まるで何かを期待するような、どこか楽しそうな笑みを浮かべ、老婆の顔を眺めた。


 老婆が頷いて口を開きかけたとき、ふとレオアリスの漆黒の瞳が蔦の這う天井に向けられる。意識の外を回るような気配と、鳥の声が微かに耳に響く。


 レオアリスは片手を上げて会話を遮ると椅子から立ち上がった。


「……悪い、一旦出してくれ。カイが戻った」






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