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第二章(二)

 外からは単なる茂みにしか見えないものだったが、内部は驚く程広がりがあった。


 それは住居として造られているようで、壁や天井には青々とした葉が生い茂り、老婆が歩くたびにさわさわと揺れる。

 ところどころ葉の層が薄くなっている箇所からは、陽の光が注いで室内を柔らかい光で満たしていた。

 卓も椅子も棚も、床や壁から生え出すようにしつらえられ、何もかも葉と枝で造られている。


 部屋の中央には、先程の大樹のものだろう、大人二人が腕を伸ばしても抱えきれない程の樹の幹が、床から蔦の這う天井に抜けるように生えていた。

 節くれだった表皮から、かなり年経た樹なのだと判る。


「すごいな」


 どんなふうに創られたのだろう。

 レオアリスは幼い頃祖父達のもとで少しばかり術を学んでいたが、植物をこうして利用する術を目の当たりにするのは初めてだった。


 レオアリスが感心して室内を見渡していると、子供達が得意そうな顔で彼を見上げる。


「すごいだろ」

「おばばが造ったんだ」

「おばばが杖で触るとできるの」


 そう言いながら何が気に入ったのか、レオアリスの足元にまとわり付いてくる。

 歩きにくい事この上ないが、いつも年上にばかり囲まれているレオアリスとしては新鮮で、早くも「こいつらも結構かわいいかもな」などと考えていた。


「痛かった?」

「ごめんね」

「おばばを怒らないでね」


 一生懸命に見上げてくる子供達の顔に、レオアリスは堪え切れず吹き出した。


 さっきまでは役立たずとか言っていたくせに、この変わりようはどうだろう。一番小生意気そうな少年でさえ、既に態度が違う。

 レオアリスが老婆の目的の相手だと分かったからのようだ。

 相当『おばば』を信頼している、というか、とにかく好きなのだろう。


「大して痛くなかったし、怒ってないって」


 この子等と『おばば』はどういう関わりなのだろうと、前を歩く老婆に視線を向けた。

 祖母と孫、というようにも見えない。子供達も似通ってはいるが、どうやら兄弟という訳では無さそうだ。

 正体の見えない相手ではあるが、そこに対しての不安は無い。

 相手がどんな者だろうと、切り裂く自信がレオアリスにはある。


(そういう相手でも無さそうだけどな)


 彼の参謀官であるロットバルトなどがそれを聞いたら、相手の情報もろくに得ずに断じる事に呆れ、かつ耳の痛い苦言を呈するだろうが、レオアリスはどちらかというと理論より直感を重んじる方だ。

 それに――。


 自分の中にふわりと温かいものが広がるのを感じて、レオアリスは瞳を細めた。

 幼い頃、自分もこうして祖父達に纏わりついていた。


 取り敢えず、この老婆や子供達に害意や悪意は感じられない。

 自分の事をどこまで知っているのか、それは気に掛かるところだが――。


 とくんと一つ、体内で別の鼓動が鳴る。


「お呼びしたのは傷つける為ではない。ここで剣を抜かないでおくれ」


 ふいに老婆が口を開き、レオアリスは立ち止まったままその顔を見下ろして、笑った。

 自分が何者なのか、それはこの老婆には見えているらしい。その自分に用があると言う。


「そうは思ってない。けど、疑問はいくつかあるな」

「何から解決しようかの」


 それに答えるように笑みを浮かべ、老婆は右手を延べてレオアリスに葉の茂った椅子を示した。

 素直に腰掛けて、それが予想に反して柔らかい絹のように身体を受け止めるのに驚きを覚えながら、卓を挟んだ老婆に視線を向けた。


「……まず、どうやって落としたのか。あんなふうに落っことされたのは初めてだぜ」


 レオアリスの閉口した口調に、老婆は空気を擦るような笑い声を立て、けれどもゆっくりと頭を下げた。周りに子供達が集まって座る。


「もっと丁寧にお呼びするつもりじゃったのだが、思いの外お前さんの飛竜が反応しての。悪い事をした」

「ごめんねー」

「ごめんねー」

「分かった分かった」


 口々に声を上げる子供達を宥める為に片手を振りながら、レオアリスはなるほどと頷いた。


 老婆の術に反応し、それを避けようとしてハヤテが急旋回したのだ。暢気に伸びなどしていたから、うっかり振り落とされたという訳だ。


 迂闊だな、と溜息を落とす。

 法術については祖父達に付いて十年も勉強してきているのに、気付けなかったのは少々悔しかった。

 立場に慢って術の勉強を怠るからだと、祖父の声が聞こえる気がする。


「飛竜も暫らくはお前さんを探しておったが、見つからぬよう目隠しをさせてもらった」


 老婆の物言いたげな深い色の瞳は、レオアリスの反応を見定めようとするかのようだ。


「わしはこの通り足が悪くての。それでこの子等に迎えに行かせたという訳じゃ」


 今はおとなしく座っている子供達の最初の様子を思い出し、レオアリスは苦笑した。


「何て言って寄越したんだ? まったく信用されて無かったぜ」

「この子等を助けてくれる、強いお人じゃとな」


 レオアリスは小さく口元に笑みを刷く。


「――貴方は判ってるんだな。……俺の、立場もか?」


 老婆は頷いて立ち上がった。レオアリスと正面に向かい合い、静かに頭を下げる。


「子供等の窮状を救ってはくれぬか。――近衛師団の大将どの」




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