終章
朝の太陽は既に東の空の半ばまで昇り、王都に鮮やかな光と長い影を投げている。
太陽は王城の高い尖塔に半分ほど掛かり、光の冠を作り上げていた。
「眩し……」
ちょうど東に向かって飛竜を飛ばしている為、日差しは一直線に眼の中に飛び込んでくる。
目をしばたたかせながら、そう言えば一睡もしていなかったと、今更ながらに思い返す。
朝の執務時間までにはまだ二刻ほど余裕がある。屋敷に戻るには時間が勿体ない、取り敢えず執務室で寝ようと、そう思った。
「ま、でも結構爽やかなもんだな」
「そうっすねー」
朝の大気はひんやりと澄み、心地良い。
クライフも頷いたが、ロットバルトは意味ありげに笑っただけだ。
「?」
何かあるのかと問い返す間もなく、王都の街並みが通り過ぎ、王城の第一層、近衛師団第一大隊の士官棟が見えてくる。
なんとなくほっとしながら、レオアリスは中庭に向かってハヤテを降下させ、その背を降りて――思わずぎょっと身を引いた。
士官棟の内側をめぐる回廊の前の、その中庭の。
中央に置かれた噴水の前に、グランスレイが腕を組み、どん、と立っている。
「うわぁ……」
おじ気付いたレオアリスを余所に、ロットバルトはくすりと笑った。
「これはこれは、まるで朝帰りの娘を一睡もしないで待つ、父親のようですねぇ」
「何だ、その現実感溢れる例えは……お前いつもそんな事やってんのか? ……じゃなくって、まあいいやそれは、頼む、ちょっと口添えしてくれ」
「私は、相手の家庭内には関わらない主義ですので」
「はぁ!?」
さらりと笑うロットバルトの横顔を、レオアリスは思わずまじまじと見つめた。
(――最低じゃないか? それは)
いや、違う、今はそんな話ではない。
そんな事を考えている間にも、ロットバルトはさっさとグランスレイの前まで行くと「任務完了致しました」などと平然と言ってのけ、そのまま執務室に姿を消した。
(ずりぃ……)
グランスレイの青筋の立っていそうな顔は、その間もじっとレオアリスに向けられている。
「――クライフ」
レオアリスの縋るような声に、クライフは非常に残念そうながらも、手にしていた甕を持ち上げた。
「分かりました! 涙を飲んで、こいつを副将に献上しましょう!」
「いやっ、そうじゃなく……」
グランスレイの青筋がピシリと音を立てた。
「――このっ、大馬鹿者がーーーっ!!!」
大音声が中庭に響き渡り、窓硝子がビリビリと震える。
「うああっ」
二人は思わず後退り、首を縮めた。
「クライフ! 貴様は戻って午前中までに始末書を提出しろ!」
「ひぇ」
「ちょっと待て、今回の件は……」
言いかけて、グランスレイの厳しい眼にじろりと睨まれ、レオアリスは語尾をもごもごと口の中に閉まった。
「――上将。ここに立ちなさい」
「は……」
おずおずとグランスレイの前に立ったレオアリスを、薄い緑の瞳が見据える。
「貴方は一体、ご自分のお立場と言うものが解っておられるのか!」
「――ハイ」
「声が小さい!」
「重々、承知してます!」
「暫くは、飛竜での外出は控えていただく。無論、異存はありませんな」
「ハイ……」
レオアリスは殊勝に頭を垂れているが、どうせ十日も保たないだろうと、グランスレイは小さく溜息をついた。
何と言っても周りが甘い。
部下に慕われるのは隊内を統括する上で不可欠だが、規律を重んじ自ら実践する事も、上に立つ者としての欠かざるべき心構えだ。
そこをこの若い大将には、しっかりと自覚してもらう必要がある。
「悪かった。今後気を付ける」
「……ご理解頂ければよろしい。どうぞ」
執務室を手で示すと、レオアリスは安堵の息を吐き、扉に向かって歩き出した。
「上将」
後から声をかけるとレオアリスが慌てて振り返る。その様子にグランスレイは僅かに苦笑を洩らした。
「今回貴方が選択された事に、特に異論はありません」
レオアリスが傍目にも分かるほど、ほっと肩を下ろす。
「……甘い」
クライフは甕を抱えたままにやりと、ロットバルトは執務室の窓に寄りかかったまま、同時に呟いた。