第四章(一)
青白い閃光が北東の夜空を切り裂き、消えた。
「何事だ!?」
雷光のように走って眼の奥に残像を残したそれは、既に影も形もない。
宿営地を見回っていた西方軍第三大隊右軍少将は、近くにいた兵士を振り返った。
「中将に報告せよ! 騎馬の準備は可能か?」
「はっ、いつでも動けるよう整えてあります!」
「では、一個小隊を用意させておけ」
慌ただしく駆け出した兵を見送った後、少将は自らも出る準備を整えるために、天幕へと足を向けた。
「火ぃ焚く必要あるかー?」
クライフが松明を手にしたまま、夜空を眺める。
「剣光が走った。必要無いでしょうね。退けますか?」
「了解」
ちょうどレオアリスが西の見張り台に向かって歩いてくるのに気付き、二人は左腕を胸に当てる。
問い掛ける視線に、レオアリスは笑って首を振った。既にその手に剣は無い。
「残念ながらか幸いにか判らないが、剣士じゃなかったな」
「幸いですよ」
「――確かに」
苦笑して頷くと、改めて辺りを見渡す。疎らな草地の上には、野盗達が点々と倒れていた。
「これどうします? 縛って一箇所に置いときますか。あ、ちなみにやったの、全部俺っス。ロットバルトは見てただけで何もしてません」
「酒蔵に近づかない限りは、私の仕事ではありませんので」
澄まして当然のように返すロットバルトの言葉に、クライフはやり場の無い怒りを地面にぶつけた。
レオアリスがそれを眺めて、苦笑交じりに吹き出す。
「まあ朝まで目は覚まさないだろうが、取り敢えず縛っとけ。それより早いとこ戻って、あいつ等に伝えてやらなきゃ……」
子供達の心配そうな顔を思い出し顔を上げた瞬間、駆けて来る幾つもの小さい姿が視界に飛び込んできて、レオアリスはぽかんと口を開けた。
「――はぁ!?」
思わず声が裏返る。
いつの間にここまで来たのか、子供達は嬉しそうにきゃいきゃいとレオアリス達の周りを取り囲んだ。
「ありがとー!」
「お兄ちゃんたち、すごいよねー」
「ありがとー」
「……いや、お前等、どこから来たんだ? じゃねぇ、何でここに……、ああ? それも違うか?」
レオアリスは混乱したまま、足元に纏わり付く子供達を眺めた。
三人が飛竜で老婆の元を立つ時まで、彼等は確かにそこにいたのだ。
それから制圧完了まで、半刻と経っていない。子供の足で歩いて来れる距離ではない筈だ。
「だって僕らずっとここにいるんだもん」
「ねー」
得意そうに顔を見合わせて、ころころと笑う。
「ねーって、ほんっと訳わからねぇ……」
「上将」
ロットバルトの声に、レオアリスはその指差した方に視線を向けた。
酒蔵を覆っていた蔦が、微かな音を立てながら、ゆっくりとほどけていく。
呆然と見守る中、蔦はやがて完全にほどけ、最後は地面の下に潜り込むように姿を消した。
「――」
「疲れたねー」
「頑張ったもんねー」
「もう寝よう」
「寝よー」
振り返ったレオアリス達の前で、子供達の姿が次々と薄れ、消えていく。
一番年長の少年が、にっこりと笑った。
「兄ちゃん達、皆を助けてくれて、ありがとな」
返す言葉を思いつかない内に、その姿も溶けるように消えた。
「……えーっと……」
呆然としたままのレオアリスとクライフを余所に、ロットバルトは酒蔵に歩み寄ると、扉を開いた。
幾つかの悲鳴が上がり、漸く我に返って、レオアリスも扉に近寄る。
覗き込むと、中にいた村人達が、疲れ切った顔を恐る恐る上げた。
「怪我をしている方はいますか?」
ロットバルトの向けた穏やかな声と、三人の身を包む黒い軍服に、野盗では無いことに気付いたのだろう、村人達の顔に安堵の色が広がった。
扉の奥に男ばかり十人ほど固まっていた。そして声を聞きつけたのか、地下への階段から女性達と子供達、それから年寄り達が顔を覗かせる。
母親らしき女性が、腕の中の我が子を抱きしめ、溜息にも似た声を上げる。
壮年の男がその肩を抱きながら、顔を上げた。
「怪我人はいない。皆無事に逃げ込めたから――。あいつ等が、何で入ってこなかったのか、判らんが」
それでは村人達は、ここを蔦が覆っていた事に、まるで気付いていなかったらしい。
「あなた方は? 西方軍の?」
「いや……ただ、この村の子供達に頼まれて……」
レオアリスの言葉に、村人達は不思議そうに顔を見合わせた。
「子供?」
「小さいのが、九人ぐらい」
呟くように答えたが、村の男が口を開く前に、その答えは既に判っていた。
何せ、自分達の目の前で、溶けるように姿を消したのだ。
「この村の子供達は、ここにいる子等で全部です」