ヒロインの姉とか勘弁ですよ。
流行りに乗ってみたかったのですが……何かが違う、のは、気のせいでしょうか?
てか、どうしてこうなった?
学園祭の締めの舞踏会。
その只中で始まった断罪劇。
1人の公爵令嬢を囲み、複数の青年が口々に令嬢の罪をあげ、攻め立てる。
その青年達の背に庇われて俯く少女の口元が僅かに弧を描いている事に誰も気付こうとはしない。
いや、気づいても口を噤んでいるだけのものもいるのだが。
責め立てられる令嬢は身に覚えの無い罪の数々に青ざめながらも冤罪を訴えるが、青年達は聞こうともせず口々に喚き立てるだけだった。
「罪の無い彼女を害したばかりか、往生際悪く言い訳ばかり。貴様にはほとほと愛想が尽きた。貴様との婚約は……」
中央にいた男が最後の言葉を言おうとしたその途中。
「はい、その茶番劇ストップ!」
凛とした声がその場に響き渡った。
まったく冗談じゃ無いわよ。
せっかく楽しく隣国に留学中だっていうのに。
最初に舞い込んできたのは、ろくでなしの父親がどこぞで作った子供を引き取ったとの報告でした。
なんと私と半年しか違わない女の子というから驚きです。なんでも妊娠中で構ってもらえず寂しかったとか。我が父親ながら馬鹿じゃないかと。
市井で育った少女の身内が亡くなり、捨て置く事もできず引き取ったらしいです。
まぁ、そこまではしょうがないと思います。
浮気者の父を見初め、婿に取った母のミスですから。
問題はその後。
躾も礼儀もろくに出来ていない庶民育ちを、侯爵令嬢の名の下に私も在籍する学園に入学させたらしいのです。
せめて、私がいる時にしてくれれば良いものの、なぜ、留学から戻る半年が待てなかったのかと両親揃って説教してやりたい気分です。
そして、その子はいろいろとやらかしてくださったそうで。
学園の中で人気も地位もある男子生徒にコナをかけまくり、あげく、なぜかアッサリ落ちる男子生徒達。
そして、形成されるハーレム。
馬鹿じゃないかと。本当に。
ちなみに、男子生徒のほとんどが婚約者持ちです。本当にあり得ません。
出来立ての妹がビッチとか。
あぁ、あの父親の血と思えば妥当なのかしら?
それ言ったら、自分もでしょうって?
あの父親の血が入ってることは人生最大の汚点ですが何か?
正直甘く見てましたとも。
こっちにいる友人達からヤバい事になってるって連絡は来ていたけれど、大丈夫でしょうと。
コナかけられる子たちのことも昔から知っていましたけれど、我が国の第3王子や宰相や騎士団長の子息でしたし、しっかり教育されていましたから。
少なくとも、自分の地位に見合った責任感とかしっかり持ってたっぽかったのですけどねぇ……。
結果は、見事落とされ、みんな仲良く取り巻き化。挙句の婚約者蔑ろとか。
貴族の婚約なんてほぼ家同士の約束で、本人の惚れたはれたでどうこうできるもんじゃないなんて、貴族に生まれついたからには子供だって理解してることでしょうに。
さらに第3王子まで、なにやらやらかそうとしてると情報が入って、流石に放っておけず戻ってきた、てわけです。
うちの家名を名乗っている以上、ぽっと出でもその子が何かやらかせば、こっちまで火の粉が飛んでくるんです。冗談じゃない。
留学期間、まだ残ってたのに。
急いでたから、空馬車まで使って!高いのに!!
で、ようやくたどり着いてみれば、茶番劇の真っ最中、でした。
本当に。
泣いて良いのか、笑えば良いのか。
後から友人達に聞いたら冷笑してたらしいですけれど。
「学校の行事でもある場を私物化して、何をされているのでしょうか?シャレード王子」
前に進み出た私を見て、場の空気がピンッと張り詰めました。
「帰って来られたのか。ライナス嬢」
先ほどのドヤ顔が一転、なんだか青ざめてますよ?どうしたのかな?
「えぇ、とんだ茶番が繰り広げられてると報告がございまして、飛んで帰ってまいりましたの」
優雅に淑女の礼をとってから、真っ直ぐに王子以下4名を見据える。
あらら、同じ学年のリンレイ君までいるじゃない。本当に、何やってるんでしょう。
冷たい視線に気まずそうに目が逸らされました。
「茶番とは。不敬だぞ、ライナス!」
仮にも最上学年の先輩を呼び捨てにしましたわね。マイナス1。
ムッとしたように睨みつけてくる王子に肩をすくめてから、崩れ落ちたまま見上げてくる公爵令嬢、レイナを立たせます。
安心したのかハラハラと涙をこぼすレイナは同じクラスの友人でもあるのです
よくも、私の友人を泣かしてくれましたわね。マイナス2でしてよ。
ハンカチを渡し、背に庇う様にして改めて王子と対峙いたします。
どうもただでさえよろしくない目つきが更に鋭くなっていた様で、前面にいた人々の顔が強張りました。
「これを茶番と呼ばずしてなんと表現すれば良いのでしょうか?
こんな公の場所でたった1人の令嬢を囲んで、冤罪をかけて鬼の首を取ったかの様に」
「冤罪などではない。その女がマリアに酷い嫌がらせをしていたことは事実だ」
あら、我ながら冷え切った声が出たものだと思ったけれど、反論されるなんてまだまだですわね。お祖父様なら何も言えずに皆さん黙り込むのですけれど。
そして、女性に対してその女だの貴様だの。マイナス3、ですね。
「では、彼女が嫌がらせを行ったという証拠は?当然、しっかりと調べていらっしゃるのでしょうね?」
唇に笑みを刻んだまま、ゆっくりとといただせば、王子が黙り込まれました。
調べてる訳、無いですわよね。調べていたら、すぐに分かることですもの。
レイナが何もしていない事なんて。
「だが、マリアが。彼女が酷い目にあったと。持ち物を壊されたり、怪我をしたり……」
「そうだ。マリアは可哀想に、酷く怯えていたんだ」
口々に訴えられる言葉に、王子たちの後ろに庇われている少女に目をむけてみたす。
ビクリ、と細い肩が揺れました。
大きな青い瞳に柔らかなブロンドの髪。
まるでお人形さんの様に可愛らしい女の子。
これが私の妹、ねぇ。
確かに全体の雰囲気は父親に似ているでしょうか?
純情そうな瞳の奥に計算高さが見え隠れしているところなんてまさにソックリ。
つまり、私が1番嫌いなタイプですわね。
「貴女、レイナが何かしている所を見られましたの?」
「あ……あの、……わたし……怖くて、よくは……」
視線をやって問いただせば、震える声で返事が返ってきました。
青い瞳には今にもこぼれ落ちそうに涙が揺れています。
凄いですわ。さっきまで一雫の涙も無かったですわよ?いくら女の涙は蛇口管理といっても、ここまで自由に流せるなんて、立派な特技だと思いますわ。
まぁ、見習いたくは無いですけど。
「そう。つまり貴女は確認もせず、憶測だけで人を陥れる様な情報を他者に流した、と、そういう訳ですわね?」
「その様な言い方っ!まるでマリアに悪意があったかのように。優しい彼女は今回の事も、どうにか内々に終わらせようとずっと耐えてきたんだ」
バカ王子、うるさい。
ちっとも話が進まないし、そろそろこの見世物状態も飽きてきたわね。
私は大きくため息をついてから、大きな声で宣告した。
「各自、主張したい事もあるでしょうが、ここが、その行為に最適な場所とも思えません。これ以上この場で風紀を乱すのは、パーティーを楽しみにしてきた他の生徒にもご迷惑でしょう。
よって、学生監査委員会の名において、シャレード王子、以下4名を監査委員室に招集致します。
速やかに移動下さいませ」
響き渡った声に周囲からざわめきが広がります。
それに比例して王子と愉快な仲間達の顔色が目に見えて悪くなっていきました。
いや、若干1名状況が良く分かっていない子がいらっしゃるわね。
キョトンとした表情で周りを見回しています。
………涙はどこに消えたのでしょう?
学生監査委員会。
これを説明するために、まず軽く我が学園の成り立ちを説明いたします。
ここは私立ランドバーグ学園。
国内の有力貴族が有志で立ち上げた学校で12歳から18歳の子供達が通っています。
特徴は貴族だけでなく一般市民にも広く門戸が開かれている事。優秀であれば資金的援助も受ける事が出来るのです。
そして、学園の自治がかなりの割合で学生に任されています。
生徒会をトップに各委員が学園生活が円滑に
回る様に切磋琢磨しているのです。
しかし、このシステムだと、生徒会にかなりの権限が渡ってしまうんです。
つまり、学園の独裁者が出来上がってしまう危険性があるのです。
実際、何代か前の生徒会長が馬鹿な事をしようとした過去がありました。
その際に、新たに設けられたのが生徒監査委員会です。
主に各委員会の不正防止が活動内容で、学園の自治は生徒会が、学園の事に権限は無いが、生徒会を裁く事ができるのが監査委員会と思ってください。
で、ここまできたらもう察して頂けたと思うのですけれど、王子と愉快な仲間達が生徒会で、私はというと監査委員の長なんでものをしてたりします。
ちなみに、留学中は副委員長にお任せしてたんですけどね。どうも、仕事は早いけど対人関係の押しに弱いのがダメだったみたいですね。
と、いうか、人と関わるのが面倒で放置した結果だと思われます。
どうせ、そのうち私がなんとかするだろうと思ってるんですよ、あの男ときたら。
だったら、ここまで悪化する前にキッチリ報告義務を果たしてくれてもいいと思うんですけどね………。
腹が立ってきました。
あの男も後で説教です。
そんな事をつらつらと考えているうちに、委員室へ到着です。
「おかえり。資料は揃ってるよ」
扉を開ければ、さっき説教グループに分類したあの男ことイオンがファイル片手にニッコリと微笑んでいました。
うわぁ、胡散臭い笑顔。
今度は何を企んでいるのかしら?
まぁ、今ここでそれを追求してもしょうがないのてスルーです。
渡された資料を流し読みしましたが、読めば読むほど溜め息しか出無いですわね、コレは。
仮にも王子様御一行と椅子を勧めていたけれど、蹴りのひとつも入れて、立たせたくなるひどさです。
さて、どうしましょう。
チラリと御一行を眺めれば、だいぶ落ち着いたのか、皆様顔色が戻ってきてますね。
優雅に紅茶を傾けてますが、余裕ですね?
本当に自分達の立場を分かっているのかしら?
結構な厚みのある資料という名の断罪報告書を読み終え、トントンと机に叩いて揃えるとニッコリと笑ってみた。
「お待たせいたしました。大体のところは把握いたしましたわ。その上で、改めて問いますが、シャレード王子………ではないですね、シャレード生徒会会長様。何か申し開きしたい事はございますか?」
時間をおいて少しは冷静になって……無いみたいですね。ムッとしたお顔をしていらっしゃいます。
「何故私が申し開きする様な事があるのだ。断罪されるべきは、罪もないマリアを害したレイナ達であろう」
…………まだ、言いやがりますか、この馬鹿坊ちゃん王子。
キツくなりそうな目を意識して緩めるとため息をひとつ。
イラっとしてるみたいだけど、これ位見逃してくださいな。じゃないと、コッチが切れそうなので。
「罪は無いとおっしゃいますが、婚約者のいる殿方をたぶらかそうとする行為はどうなのでしょうね?場合によっては、十分に問題になる行為ですが?」
「たぶらかすなんて、私、そんな事」
「貴女がどういうつもりで行ったかなんて今は問題では無いのですよ?現にこの状況ですし「マリアが悪いのでは無い!」
……人が話してるのぶった切りましたよ、この馬鹿王子。
「彼女の優しさにふれ、私は真実の愛に気づいてしまったのだ。確かに仮とはいえ婚約者のいる身で些か軽率だったかもしれ無いが、相手とて私にふさわしくない行動をとったのだから相殺だろう。いや、私の愛する人に手を出したのだから、罪はそちらの方が重いはずだ」
いやいやいや、意味わかりません。
そして、この言葉を聞いて感激したかのように潤んだ目で馬鹿王子を見つめる馬鹿女も訳わかりませんから。
イオン、書類の陰で笑い噛み殺して無いでこのカオスをどうにかしてください。
私はそろそろ放り投げたくなってきてるんですけど。
突っ込みどころが多すぎて、どこから手をつけていいのやら分かりません。
取り敢えず。
「1つ、生徒会の立場を職権乱用し、公共の場での馬鹿騒ぎ。2つ、授業の無意味なボイコット。3つ、その任にないものを勝手に同様の権利を与え生徒達に混乱を招いた事。取り敢えず、これだけでも充分リコールの理由にはなります。分かっておられますか?」
愛しのマリアちゃんの名をあえて排除した状態で、淡々と上げていけば、漸く自分の立場が分かってきたのか再び顔色が悪くなりました。
良かったですわ。
コレで通じなければ、手にしている書類を逐一読み上げなくてはならないところだったんですもの。
食堂では先に席についていた生徒を無理やりどかし、窓辺の席でイチャイチャ。
授業中に生徒会室でお茶会。
そもそも、生徒会室は一般生徒は原則立ち入り禁止です。
他にも、少女を取り合い結果授業妨害だの、花園を私物化し荒らしただの、読んでて情けなさに涙が出そうになりましたから。
これ、さっきの婚約破棄騒動、割って入らなくてもどうにでもなったんじゃないでしょうか……。
ていうか、もう、陛下の御耳に入っていらっしゃる頃なんじゃ……。
私、慌てて帰ってこなくても良かったんじゃなくて?
チラリと後方に控えているイオンに目をやれば、シラっとそっぽを向かれたけど……目が笑ってますよ?
「監査委員の権限にて、現生徒会役員の皆様の役職を一時停止させていただきます。追って今後の事は通達致しますので……」
と、窓の外からコンコンとノックの音。
緊急連絡用の鳥さんが来てますね。
1羽2羽………。
複数の書状をイオンから受け取り目を通します。
あ、終了のお知らせですね。分かります。
何事かと警戒している馬鹿王子と愉快な仲間たちをぐるりと見廻し、私はニッコリと笑顔を浮かべました。
「寮に、と思ったのですが、皆様ご自宅よりお迎えがいらしているようなのでお帰りになって下さい。各自、ご当主様よりお話があるそうです」
「「「「「……つっっ!?」」」」」
それからどうなったかと申しますと。
各自、親御さんからキツイお灸を据えられ、憑き物が落ちたように正気に戻りました。
その後、蔑ろにした婚約者様達への謝罪祭りだったようですが、今後の立場は推して然るべきという所でしょうね。
家同士の繋がりのことなので滅多なことでは破棄になったりしないのですよ?
で、元凶の令嬢ですが。
この方、家に帰るまで私の事を異母姉と気づいていなかったようで、大変でした。
えぇ、責任持って再教育中ですが、多分、このままなら修道院に幽閉コースでしょうね。
「あんた誰よ」だの「ゲームには居なかった」だの「私がヒロイン」だの、訳わからない事を喚き散らしているようですから。
私の異母妹は頭が残念な方だったようです。
母もさすがに今回の騒動で100年の恋も冷めたみたいで無事父と離縁しました。
この騒ぎで唯一私の利益になった事柄でした。
何しろ、まだまだ残ってた留学期間という名の自由時間が強制終了してしまいましたからね。
かなり辛いです。
監査委員室で愚痴りながら今回の後始末をしていると、イオンが笑顔で紅茶を淹れてきてくださいました。良い香りです。
きりが良かったので休憩しましょう。
「そもそも、この程度なら騒ぎになる前に抑える事も出きたでしょうに。怠慢ですよ、イオン?」
「これ位の騒ぎにならなければ、帰ってこなかったでしょう?」
………嬉しそうな笑顔で何言っているんでしょう、この人。
「…………イオン?」
「優秀で自由な貴女を呼び戻すのは、大変なんですよ?出来れば、目の届く範囲で遊んでてくださいね?」
背中に流していた髪を一房掬い取って口づけされるにあたり、踊らされてたのは私もだった事にようく気づきました。
「もどる!私は隣国に戻ります!!離しなさい!イ〜オ〜ン〜!!」
平和の戻った学院に私の悲鳴が響きわたったのは、また、別のお話。
イオン君最強説。
どこまでが手のひらの上、だったでしょう。
今後は被ってた猫はバイバイしてガンガン行く予定……っていうか、既に外堀埋められてそうですね。
留学してる場合じゃない。かんばれ姉ちゃん。
て、訳で
駄話にお付き合いくださりありがとうございました。