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茄子とミナコの攻防戦

メシアよ、茄子の煮浸しは食い飽きました

作者: わだか

農家さんごめんなさい。

 真夏のビールは最高だ、更に肉があればなお良し。日差しは暑いが川岸は涼しく、冷えた缶をきゅっと煽ればひとしおである。


「ふぁ〜うまかったね! 肉も野菜も焼きそばも流しそうめんも、デザートまでついてきてさぁ。うへへ」

「ええ、確かにおいしかったわね。ミナコの頭の中が可愛くてすきよ」


 浮かれるわたしに、隣に座る由希子は生ぬるい微笑みを寄越してくる。ほんと失礼しちゃうね!けれども彼女のいうとおり、わたしの頭は現在お花畑だ。田舎の祖母からナス一箱を送りつけられてからというもの、一人暮らしのわたしは消費しきれないナスナス地獄に侵されていた。苦し紛れに近所に住む従兄弟に押し付けようとしたら、逆に素麺を置いてかれるしで、もうどうしようもない状態だったのだ。

 だが、急遽サークルの先輩によって開催されたこのバーベキュー大会に彼等を献上することにより、全ては解決済み案件となった。懸念のナスや素麺たちはいまや皆の胃の中である。いまのわたしは昨日までのわたしとは違うのだ。悩ましきナスよ、さらば!


 なぜ三日前にサークルLINEで緊急連絡という謎の突撃開催されたかというと、先輩は彼女さんに振られたせいで空いた予定が寂しかったのだそうだ。ああメシアよ、貴方はここにいたのですか。

 先輩を振ったという彼女さまに拝んでいると、名前を呼べばなんとやらで噂の先輩がやってきた。


「よお、菅原楽しんでるかー」

「ほんと楽しんでます。こんなに色々食べさせてもらえるなんて思ってもみませんでした。支倉先輩、おつかれさまです。今日はありがとうございます!」

「そりゃあよかった」


ニカっと笑うと先輩は、忙しいのだろう、雑談もそこそこに腕にあったものを差し出してきた。


「はいこれ」


よく分からないままに段ボール箱をとりあえず受け取る……幹事で忙しい先輩の代わりに仕事しろということだろうか?


「えーっと、これをどこに運ぶんですか」

「ん? あぁ、ちがうぞ。これお前の分な」


 さっきから先輩はずっと笑顔だ。なんだか妙にぞわぞわするけれども、どういうことだろうかと目をそらすように段ボール箱を開けて、わたしは驚愕した。


 夏野菜アラカルトをダン箱一つにギュッと凝縮!

 これであなたもつやつやお肌に間違いなし☆


「…って、いやいやいや!」

「菅原は料理うまいんだってな。おいしくいただいてくれ」


……朗らかに笑う先輩は狂っている!


「わわわっわたし!一人暮らしなんですってば!こんなに食べられませんって」

「ははっ、なんとかなるって。他の奴らも似たようなもんだ。おまえなら大丈夫だ」

「ムリです、ムリ! 絶対無理なんですって!」

「……なあ菅原、おまえさあ」


 喚かれる抵抗を、先輩は最初の内は笑って流していた。だが、何がなんでもダン箱を押し付け返そうとするわたしに、先輩はすっと表情を消した。


「あんだけ素麺とナス押し付けといて、ただで帰れると思うなよ」

「え」

「実家からの野菜攻撃は自分だけだと思ってたのか? 甘いな。バーベキューで幹事が買ってきたのは肉だけで、その他は全て持ち寄りだ。おまえはこの意味が分かるか」


 ……バーベキューではメインの肉以外にわたしの献上したナスは勿論、きゅうり玉ねぎトウモロコシピーマンその他諸々大量の野菜軍がいた。そのあと焼きそば食ってデザートのコーヒーゼリーを胃に収め、それから最後に流しそうめんを拝んだのだが、まさか。

自分の顔が青ざめてゆくのを感じる。それをみた先輩が片頬を持ち上げた。


「ちなみにそれ(先輩は段ボール箱の梨を指差す、)はヒフミ(*先輩の別れた彼女)が浮気相手とランデブーしてた夜、俺が帰省先で焼肉食ってた親戚から送られてきたものだ。菅原も食ってせいぜい呪われるがいい」


先輩は素晴らしく笑顔だった。


 ………んな八つ当たりな!


 わたしがせめてもの反抗を企てたそのとき、先輩に「素麺は全部食ったんだから、いいよな?」と笑顔で凄まれた。うっと詰まって何も言えない。藁人形は棚の奥だが、さすがに五寸釘はさせるまい……呪い返されそうでこわいわけでは断じてない。

 ああこれもなと更に手渡されたミニトマト一袋。箱の中では夏野菜アラカルトがきらきら輝くのと、なぜかどっかのおばあちゃんが漬けた感じの梅干しも。これ絶対めっちゃしょっぱいやつだ。


 そして舞い戻ってくる、艶やかなナス達。


 体が震える……これは、武者震いである。わたしはダン箱野菜になど負けない、いや、絶対に負けるものか!

 わたしは逆境にも当たって砕ける女なのだと自分に言い聞かせ、拳を握りしめた。


 わたしと夏野菜の戦いはまだまだ終わらない。









 おばあちゃんにお礼の電話入れたら更に一箱ナスが追加されていた。泣きたい。

次の日

朝 ナスの煮浸し、トマトととろろの味噌汁、白飯、梅干しとろろ

昼 素麺ワカメとキュウリ載せ、トマトとオクラの味噌汁 ←食べてる最中に宅急便にてナスが追加

夜 夏野菜カレー、ナスの煮浸し、ナスの味噌汁、梨


その次の日

朝 夏野菜カレー、ナスの煮浸し、ナスの味噌汁

昼 夏野菜カレー、ナスの煮浸し、ナスの味噌汁

夜 夏野菜カレー、ナスの煮浸し、ナスの味噌汁、梨


更に次の日

朝 とろろご飯、ナスの煮浸し、トマトととろろの味噌汁

昼 オクラ納豆とろろスパ、ナスの煮浸し←イマココ


一人暮らしのカレーは減らない。

明日から旅行が控えているため、大量に残る夏野菜を全てピクルスにした。しかたないので、ピクルスの一部は旅行先にも持っていく。


一泊二日の旅路のあとに、本当のピクルス地獄がはじまる……。

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