2人の過去
「お邪魔します」
広い玄関。
この前はバタバタしててあんまり気がつかなかった。
「まずは案内するわね。ここが私の部屋、で隣がお母様の部屋」
部屋の間隔広!
こんなに必要ないだろ…。
「で、階段を上がって…右側の一番奥にある部屋が掃除機具が置いてある部屋」
右側って何だ、右側って。
左側にもあるってことか?
2つあるってことなのか!?
廊下が!?
この家の広さは異常だな。
「で、あとは……ーーーーー。」
という感じに説明は30分以上続いた。
半分程度は流していたわけだが……。
「はいっ!説明終わり。まずは私の部屋に入って、手伝ってもらうことがあるから」
なんだ?部屋の掃除か?
素直に入る。
その選択は間違っていたとのちに思う。
「なかなか片付いてるじゃん、何するんだ?」
コイツって意外と綺麗好きなのかな。
バサッ
今なんか変な音したよな。
雑誌とか本とか軽い物が落ちる音。
恐る恐る見てみると、そこには予想通りの風景が広がっていた……。
顔を少しも赤らめることなく。
そして堂々と俺の前に立っていた。
下着姿で。
「さ、手伝ってちょうだ」
「ギャアァァァァァ!お前なんて格好してんだよ!早く服着ろ!」
思わず叫んでしまった。
顔は赤くなってない、顔は赤くなってない。
自分に言い聞かせながら他の場所を見る。
「何赤くなってんの?」
なってんのかよ!なってても言わないでほしかった!
「お前がそんな格好してるからだろ……」
「そんなこと?」
そんなことって……。
コイツ自分の裸とほぼ同じ姿見られてんだぞ?頭おかしいのか。
「そんなに見たくなかったら、早く手伝って」
「へっ?」
全く予想外な展開に混乱していた。
「だから、早く服着るの手伝ってよ」
ジブンデフクヲキレナイノカ?
「わ、わかった。どの服だ?」
「そこにあるでしょ、それよ」
お嬢様らしい(?)服。
そうだと言えばそうだし。
そうじゃないと言われればそうじゃない服だった。
「ハァ……。自分で着れるようになってくれよ、頼むから。俺だって男なんだよ」
「前回も男だったわよ?24歳ぐらいって言ってたっけ、彼女いない歴=年齢だっていう男」
うん、まあその人ドンマイ。
これからきっといい人見つかるよ。
「その人にも着替え頼んでたのか?」
「えぇ、もちろん。着替えの時だけ鼻息が荒くて、妙に張り切ってたけれど」
それ完璧アウトだろ。
男だからしょうがないとはいえ……。
隠す気なかったのかよ。
「だから、その人とはお風呂は一緒に入っちゃいけないって言われたわ」
………………お風呂?
「えっ?風呂?」
「えぇ、風呂」
風呂ってあの風呂だよな。体洗ったり、体温めたりするあの。
して、一緒とはどういう意味だ?
一緒にお風呂入っちゃいけない?
当たり前じゃないのか?
「アナタは何も言われてないから一緒に入っても大丈夫だと思うわよ」
「いやいやいやいや!ダメでしょ!女同士ならいいだろうけど、俺男!」
「女性の人って今まで数人だったわよ?キツくてすぐ辞めちゃったし」
どんな仕事させてんだこの家…。
「前回以外はおじいちゃんって感じの人だったわ。時々腰を痛めてたけど」
こわいこわい。
腰を痛める仕事ってなんだよ。
仕事が出来るくらいのじいさんが腰痛めるってヤバくないか?
いや、今はそれより風呂だ。
「風呂ぐらい1人で入れよ!」
「1人で洗うには限界ってあるじゃない?だから昔からお母様か、執事と一緒に入ってるの。というか、早く着させてくれない?寒くなってきたんだけど」
「あぁ、悪い」
急いで着させる。
「でも、小学校2年生になった頃。お父様が亡くなって……それからはお母様は1人で入っていたわ。時々、お風呂で泣いていたみたい」
そうか、それでこの家には入っちゃいけない部屋があるわけか。
さっきの説明の時に2、3個入るなって言われた部屋があった。
それは多分、父親の寝室や仕事部屋だろう。
「そう…なのか。それでその後は執事と?」
「えぇ、そのおじいちゃん執事とね」
おじいちゃんはあんまり性欲ないんだな。
「でも、俺は学生…しかも同年代の同級生だぞ?」
「えぇ、だから?恥ずかしがるだけ損じゃない、時間の無駄だわ」
世の中の男性にはコイツは女神に見えるだろう。
俺ばっかりこんないい思いして申し訳ないです。
「あ、あと私の事は可奈お嬢様と呼びなさい」
「ヤダ、絶対ヤダ」
勘弁してくれ。
「ダメ、これは規則なの。お風呂もね」
嫌な規則ばっかりだな。
「わかった、こうしよう。お前のお母さんに聞く。それで言われたらしょうがない、そうしてやる」
「答えは変わらないわよ」
ほんの少しでも可能性があるなら、賭けるしかないだろ。
「まあ、いいわ。じゃあ自分でお母様に聞きなさいよ」
「わかった」
さて、仕事に移るか…って何するんだか聞いてないな。
「なあ、俺は何をすればいいんだ?」
「掃除して、8時に晩ご飯を作りなさい。私とアナタの分ね。お母様のはお母様がお帰りになってから作りなさい」
上から目線がムカつくな。
「了解」
部屋から出ようとしたのに、驚いたような顔してるから聞かざるおえなかった。
「なんだよ、その顔」
「いや、今までの人は少し嫌そうな顔をしてたのにアンタはしなかったから」
そんなことかよ、聞くんじゃなかった。
「確かにこんだけ広い家の掃除で、しかも夕飯を分けて作るのなんてめんどくさい」
いっそのこと投げ捨てたいくらいに。
「でも、何かをしなければ何も得られないんだよ。それが今は仕事と給料なだけだ」
この言葉は俺の親が言ってたもの。
『天才なんていない。
人生の成功者は必ずどこかで努力している。
今出来るからなにもしないってのは後で後悔することになるんだ。
学生なら勉強と成果。
大人なら仕事と給料。
将来のために今をしっかりな』
と、よく言われた。
じゃあなんで貴方は、貴女は死んだんだ。
なぜ殺されたんだ。
いい給料じゃなくても、一生懸命働いて俺らを養ってくれていたのに…。
神は何が気に入らなかったんだ。
だめだ。今こんなことを考えている暇はない。
「へー、アンタ意外としっかりしてるのね」
「まぁな、こうでもしなきゃ今の社会捨てられるだけだ。弱肉強食、弱者は捨てられる世界だからな」
「なかなかいい事言うわね。じゃっ、頑張って」
バタン
扉を閉める。
もう…自分を責めるのはやめたんだ。
通り魔が狂っていただけだ。
深呼吸する。
「さて!始めようかね、掃除!」
まずは走って掃除機具のある部屋に向かう。
行く途中部屋を数えながら言ったのだが多くはなかった。
広いんだろう。部屋と部屋の間隔がすごく空いていたから言える結論だ。
掃除機具のある部屋の扉を開ける。
完備。
箒など古典的なモノから最新の掃除機までなんでもある。
壊れた自動掃除機も。
あの性格だから、邪魔で蹴った。
などが理由として考えられた。
掃除機を使おう。
これだけ広いんだ。
コードを1回ずつ抜くのはめんどくさいな。
コンセントにさしこみながら考えていると、説明のようなものが書いてあった。
コード15m。
「ブフォッ!」
思わず噴き出してしまった。
「長っ!…これは置いといて、早くしないと時間が足りなくなるんだった」
慌てて掃除を始める。
静かだ。
この静かさにコードの長さ。
特注品だな。
現在午後6時45分。
難しいところだな。
ギリギリ終わるか、少し残るかだな。
終わらせたいな。
急いで取りかかった。
ーーー1時間が経過。
ダメだな。終わらない。
飯の準備に入ろうか。
飯って何食うんだ?聞きに行くか。
掃除機をそこに置いて、園木の部屋に行くことにした。
「えっと、ここだよな」
少し迷っていると、目の前の視界が狭くなった。
それと同時に頭に強い衝撃。
「いったぁぁぁぁ!!」
「ん?スドー?アンタ何してんの?」
園木の開けた扉が直撃した。
「何って、晩飯何を食うのか聞きに来たんだよ」
「あー、そのことね。私も今そのことで呼ぼうと思ってたの」
絶対嘘だ。この顔は寝てた顔だ。
「うーんとね、アクアパッツァとカルパッチョ」
「は?」
アクア…なに?
「アクアパッツァとカルパッチョをメインと前菜。あとは適当でいいわ」
…………わかんねぇーーー!
俺としたことが…わからん!
「お、おっけー」
その一言を言って、猛スピードで自分の部屋まで走った。
バタン!
パソコン、パソコン…あった!
配備されててよかった。
使ったことはあまりないが、使い方程度はわかる。
急いで調べ、レシピを覚えた。
そして、今。
作っている。
「まだぁ〜?」
「くっ、すまない!もうちょっと待ってくれ!」
作るのに手間取ってしまった。
もうちょっと否、完成だ!
運び届けた。
「アンタも食べなさいよ」
「え?俺も?」
「そうよ。どうせ、ろくに食事してないんでしょ?」
まあ、昼以外は食ってないからな。
にしてもよくわかったなコイツ。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」
椅子に座り食事を摂る。
食事と言っても、軽いものですぐ終わった。
「じゃあ俺は洗い物するから、終わったら置いといてくれ」
「……………」
返事がない。
「園……木?」
園木の目から水がこぼれた。
いわゆる、涙。
「おい、大丈夫か?どっか怪我でも」
「してない、どこも痛くないのに…涙がとまらなくて」
どうしていいかわからない。
「お父様が亡くなってからはお母様が会社を継がれて、それからというものご飯は家で食べるって執事が多くて」
家で飯食う執事ってなんだよ。
聞いたことねぇぞ。
普通のことが徹底されてないんだな、この家は。
「今日はアンタと一緒で、誰かと食べるご飯がこんなに温かくて、こんなに美味しいって思えたのが久しぶりで……」
いつもはニコニコしていてもやっぱり耐えきれないものもあるんだな。
「私何話してんだろ。相手はスドーなのに」
「俺もその気持ちはわかるよ」
「へっ?」
「寂しかったんだよな。ずっと1人で、取り残されたみたいで」
俺も親が死んだ時はそうだった。
なんで止めなかったんだって自分を責めて、
自分に怒って、1番近くにいた人を救えないで何が出来るんだって。
でも、俺には裕太がいた。
俺が生きてる理由。
生きなければいけない理由があった。
「なあ、可奈。人ってのは1人じゃ生きていけないんだ。誰もが苦しみを分かち合って、喜びを分かち合って、それでこそ人なんだ。背負い込むのは良くないことなんだ。背負い込んでもいつかは崩れる。その崩れた心を治す人が必要なんだ」
裕太は俺まで居なくなったら、何もできない。園児なのに1人で出来ることなんかあるはずがなかった。だから俺は生きるって決めた。強く生きるって。
「お前は今そういう人を見つけていない、でも分かち合える人間はここにいる。俺がいる。だから、今日は全部俺にぶつけろ。俺も全部受け止める」
「ス、スドーのくせに生意気よ……」
その後、1時間以上泣き続けて。
冷めた飯も「温かい」って言い続けて食い終わっていた。
「これからは俺が一緒に食ってやるから」
部屋まで送ったときに俺はその一言を残した。
この言葉はこれから起こる出来事の火種だったのかもしれない。
でも、俺はその言葉を言ったことを後悔することは絶対にないだろう。




