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(6)vuddy



 ヴァイプはヨトラプシカという人物を内に住まわせたまま日常の生活に戻れる気がしなかった。いや、そもそも産婆のクレアを亡き者にした時点で、彼はもうこの村にはいられない。それに加え、たとえどんな理由であろうと彼がディンプを喰らい殺したと知れれば、村人たちは彼を罰するに違いない。それが死罪であるならまだいいが、幽閉や隔離といった拘束であるなら活動的な彼にとってそれほど辛いことはないだろう。

 自らの行く末を隣接する鮮烈なイメージとして直感したヴァイプは、既に村の涯にある巨岩にいた。背後を振り返ればぽつぽつと村の灯りが見える。あの温もりの一つひとつに家族や友人、村人がいる。しかしディンプは、あの明かりのどこにもいないのだ。

 彼は一匙の未練も感じさせない動きで生命線を走り出す。

 行く道に明かりはない。あるのは深い闇だけだ。その闇を引き裂くようにして駈ける。全身の筋肉を収縮させ、脚が大地を蹴り上げる瞬間に膨張させる。節々で生じた爆発を推進力へと転じさせ、夜の奥を目指して切り進む。ときとして流氷のように冷たい夜気が露出した彼の肌に鋭敏に突き刺さる。しかし内で燃え立つ血潮によってそれは生温い風となり、彼の肌を滑らかに過ぎてゆく。呼吸は無意識に行われる。周囲の空気を我が物にしようと息を吸っているときは生を、そして、蓄えた空気を吐き出すときは死を連想させる。人は呼吸をしながら生と死を順繰りに行き交う。どちらか片方ではだめなのだ。両者を順序良く繰り返すことが、生きるということなのだ。

「おい、ディンプはどこにいるんだ」

 呼吸と呼吸の僅かな間を射抜くように、ヴァイプはヨトラプシカにそう投げかけた。

「ふふっ、どこだろうね」

 相変わらずはぐらかす物言いのヨトラプシカに苛立ちをあらわにしながらヴァイプは「さっさと答えろ」と寸時に言い返す。

「何をそんなに怒っているんだよ。ほら、あの星だよ。あの星に、きみの大好きな大好きなディンプくんがいるよ」

 そう言われ、暗闇から夜空へと視軸を上げる。

 すると瞳を星の群生が一斉に埋め尽くす。

 そこにいるすべての光が絶え間なく己を主張している。

 誰よりも、誰よりも一際目を引き付けようと輝いている、輝いている。

 それはうるさいほど、わずらわしいほど、しかし羨ましいと思ってしまうほどに、自己を雄弁に語る光。痛々しいほどに光る光。

 その圧倒的な数の暴力に吸い込まれそうになった彼は、自分がどこへ向かっているのかを明確にする必要があった。自分がどの光を目指しているのか、明らかにする必要があった。


 水滴のように淡い、

  稲妻のように厳格に、

   深緑のように長閑で、

    突風のように衝動的な光の数々を瞳が渡る。


 そのどれもが個性的な魅力にあふれていたが、

 向かうべきはそこではないと鼓動が教えてくれる。

 鼓動が高鳴らないのならそこに答えはない。

 だから、真の進路は鼓動にゆだねればいい。


 星を見る。

 星を見る。

 星を見る。

 そして、その星を見付ける。


 数多の煌めきのなかに一つだけ異様な光を放つ、その星を見付ける。

 それはまるで小さな太陽だった。

 しかし、線香花火の最後の火花を掻き集めたかのような薄弱とした光だった。

 周辺の星の光力に負け、押し潰されて何度も視界から消えかかる。もうだめだ。もうだめだ。そんな弱音のようなか細い燃焼音が夜空の果てから聴こえてくる。視認できなくなるほど小さくなり、もう消えてしまったと諦めた瞬間にまたほのかに灯る。まるで呼吸のように常に繰り返される揺動。生きたいのか死にたいのか分からないその不安定さこそが、生きようとしている証なのだ。

 知りもしない寿命の上にのんびりと胡坐をかいて笑っていることも、いつ来るともしれない寿命の下に震えながら縮こまって泣くことも、生きているとは言えなかった。息が切れても無茶苦茶に走り、唐突に立ち止まって背伸びをして空に掴み掛ろうとし、失敗して大地に転び落ち、泣き、笑い、立ち上がり、背後へと後戻りする。そしてまた、切欠をもなく無闇やたらに前進する。

 その変則的な生き方がどんなに苛酷であれ、そうすることでしか生を実感できなかった。そうすることこそが、僕にとって生きている証だった。

「あそこにディンプがいるのか?」

 その問い掛けにヨトラプシカは答えなかった。

「おい、返事をしろよ」

 ヴァイプが何度も呼びかけても、まるで遠い星に書いた手紙のように返答はなかった。

 答えがないのなら、自分で行って確かめるまでだ。

 ヴァイプはそう意気込んで速度を上げ、見取り図のない暗闇を突き進む。

 先は一向に見えない。

 何があるかも分からない。

 しかし、それこそが目指している場所なのかもしれない。

 

 炎に焼かれながら僕はそこまで想像する。

 毛髪は燃え去り、皮膚も焼き爛れ、喉も渇き、悪臭を漂わせていようとも、想像さえできれば僕は永遠に生き続けることができる。もう僕には、ペンも紙も、パソコンもキーボードも必要ない。

 必要なものは、生まれ落ちたときから揃っていた。

 ただ僕があればいい。

 僕が僕でありさえすれば、物語はそこにあるのだ。

 僕は燃え立つ。

 背に翼などない。

 飛ぶためにそんな見せ掛けのものはいらない。

 ただ僕を燃え立たせるには、僕が僕であればいい。

 ただ、僕が僕であればいい。


 僕が僕であろうとするならば、

 僕から生まれる言葉の数々は疑うことなく僕の言葉であり、

 その言葉が連なれば、

 それはもう間違いなく僕の物語なのだ。


 これが小説を完結させる条件だ。

 不安定で頼りない僕の小説を完結させる条件だ。


 ノンフィクションフィクション小説みたいな感じですかね。


 感想、意見、アドバイス等ありましたら是非お願いします。

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